黒猫の日々

獄寺隼人




確かにツナは、成長を始めている。強く、なろうとしている。周りに認められ始めているのは、私でも分かった。けれども。



「私にツナを守るなっていうのは、どういうこと」
「お前がいちいち手を出してたんじゃ修行にならねえだろ」

そう言われると依都にも流石に思い当たる節があるのかぐっと喉を詰まらせる。
リボーンはボルサリーノの縁を指先で握って跳ねて、校舎の開かれた窓に座った。

「今日は転校生が来る。イタリアからのな」
「マフィア」
「ボンゴレのな。手出しはするな。自分のボスに沢田綱吉を選んだのなら、それがお前の義務だぞ。それがお前の修行でもある」

そう言われればもう、依都は頷くしかない。自分のボスは一人だけで、綱吉をボスとして選んだのは他でもない自身だった。他のボスはいらない、全ては綱吉のために、綱吉がマフィアにならないとしても、降りかかる火の粉を払うのは自分の役目だと我儘を通してきた。それは、自分だけのボスだったから、それでよかったのだ。表向きは9代目、ボンゴレの人間だったから。だが、その綱吉がボンゴレ10代目の唯一の候補になったのならば、綱吉がそれにふさわしいことを証明しなくてはならない。ただ、過保護にする時期は終わりを告げたのだ。

ちりん。

傘につけた鈴の音がなる。机に立て掛けるようにして置いた黒い骨をした赤の傘。
教室の扉が開いたから、風が吹いたのだろう。憂鬱そうに、教卓の方へと視線を向ける。教室にいる生徒たちがみんな、そちらを向いていた。もちろん、綱吉もだ。

「イタリアに留学していた、転入生の獄寺隼人くんだ」

銀色の髪に目つきの悪い少年。これが、ボンゴレからやってきたマフィア。ボンゴレといっても巨大組織であるから、会ったことのない人間は多い、依都は会ったことのない奴だ、と判断をつけながらじとりと眺めたあと、息を吐いた。ーーが、

「でっ!」

ガッと大きな音を立てて綱吉の机が揺れる。
反射的に依都は立ち上がって、ギロリと獄寺を睨みあげれば必然的に睨み合いが始まった。しまった、と依都は内心リボーンの言いつけを思い出しながらも、睨み合いくらいなら手を出したことにはならないだろうと言い訳を考えてより、眼光が強まる。バチバチと音のしそうなそれに綱吉が慌てて依都の手を引いた。

「依都!いっ、いいから!」

やめて、と声のしそうな弱々しい声に従うように依都は自身の席の椅子に再度腰を下ろす。それを見てほっとしたような様子を見せた綱吉と、舌打ちをした獄寺の対照的な様子がありつつも、クラスメイト達は一波乱ありそうな予感を持ちながら1限目が始まったのだった。

がしかし。

「10代目!昼一緒に行きましょう!」
「う、うん…、獄寺くん弁当なの?」
「購買で買ってきます!」
「ツナ!ツナは私と食べるよね?ね?」
「あ?」

獄寺の綱吉に対する対応が180度変わっている光景に数人のクラスメイトは顔を青くする。何をしたんだツナ……そんな声が聞こえてきそうな空間で綱吉は怖いと内心叫んでいるとは誰も知らない。

「みんなで食べたらいいんじゃないかな……」
「10代目がおっしゃるなら…」
「ツナが言うなら…」

びくびくとしながらも、怖い獄寺と幼馴染の依都に挟まれてどうにも出来ずに綱吉は穏便に済ませようと二人に声を掛ければ、渋々と二人とも従って頷く。もしかしてダメツナって猛獣使いなのでは?とヒソヒソ周りが話すのも、綱吉は聞こえないほどに二人に困っていたのだ。
それもそのはず、先ほどまで敵対して綱吉にダイナマイトを向けた獄寺を、そうやすやすと依都が信用するわけがない。

「ねえツナ、私屋上で食べたいな」
「わかったよ。…獄寺くん、いいかな」
「大丈夫です!校内の配置は覚えてますから!」
「あはは…」

綱吉の片腕に腕を組むように抱き着く依都の視線は獄寺を睨んでいる。それに返して睨み返す獄寺の顔も綱吉には怖い。
ひええ、と怯えた声が出そうになるなか、とりあえず教室を出て購買に行く獄寺と一度分かれて屋上へと足を運ぶ。通常、屋上は未開放だが、依都は屋上の鍵を持っていることを綱吉は知っていた。なんでも貰ったのだという。

「依都は獄寺くん嫌い…?」
「ツナを攻撃したのは嫌」
「でもほら、もう、攻撃しないみたいだし……なんか怖いけど」
「ツナ、依都は不貞腐れてるだけだぞ」
「リボーン!」

屋上に座ったところで急に現れたリボーンに、綱吉はどこからきたんだよ!?なんてツッコミながらリボーンを見る。リボーンはにやりと笑うばかりだ。

「だっ、だって、私がツナの最初のファミリーなのに、リボーンは私がツナを守っちゃダメっていうし」
「ファミリーって……いや、ダイナマイトは依都でもどうにもならないだろ。依都が爆発に巻き込まれる方が嫌だし…」
「つ、つなぁ…!」
「あ〜、もう、ほら、獄寺くんすぐ戻ってくるだろうからしっかりしてよ依都、……大体ファミリーとか急にどうしたんだよ」

綱吉にとって、依都は幼馴染であり、家族同然の付き合いだったためか、姉のような妹のような関係だと思っている。綱吉のことになると何故か恥ずかしいくらい過保護で、でも小さな頃は手を繋いで一緒に遊んだり、転んで泣いた綱吉を見て何故か自分も泣き出したりしていた、普通の、女の子だった。だから、まさかマフィア関係者だなんて思ってもいなかったのだ。

「だって、ツナはボンゴレ10代目なんだから、ツナを守る私はツナのファミリーでしょ」
「そんな物騒なものなりたくないよ。それより獄寺くんと仲良くしてほしいよ、怖いし…」
「……でも、アイツツナを攻撃した」
「もういいんだって。なんか、獄寺くんは怖いけど、悪い人じゃないしさ」
「……わかった」

不承不承としつつもなんとか頷いた依都に綱吉はホッと息を吐く。獄寺はなんだかんだと怖いものの依都には付き合いが長い分まだ、頼み事としていいやすい。

「10代目!獄寺隼人ただいま戻りました!」
「お、おかえり獄寺くん。ほら、依都」
「……おかえり、獄寺」
「……おお」

二人のまだ微妙に緊迫する空気に綱吉は困りながら眉を下げる。どうにか会話を続けさせようと二人の顔を見比べてあっ、と思いついたように声を上げた。

「そっ、そういえば!まだ依都と獄寺くん自己紹介できてなかったよね!ほら、折角だからしてほしいな」
「相馬依都、ツナの一人目のファミリーよ」
「獄寺隼人、10代目の右腕になるのはオレだ」

そう言ってふいっと二人揃って顔を背けあうものだから、うまくいかねー!!と綱吉は心の中で叫ぶしかないのであった。

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