舟橋が海堂を好きになるまで

きっかけは何だったか正直覚えていない。
気がついたら好きになっていた。だからきっと、これを「恋」と呼ぶのだろう。
今まで恋に落ちたことは無かったが、ベッドに入っても彼のことばかりが頭を過って眠れぬ日が続いたから、「これが恋か」と思うのにさほど時間はかからなかった。

「あなたが好きです」
口に出すのは一瞬だが、覚悟を決めるのに悠久の時を経た言葉は、
「…悪い、無理だ」
彼のたった六文字に打ち消されてしまった。

さようなら私の初恋…
と、健気に涙を流すほど私の肝は柔くできていない。
昔から真面目さとしつこさには定評のある私だ。ここで諦めるようでは女が廃る。 
とはいえ、彼がテニスに懸命に打ち込んでいるところへ割って入るほど、分別のない人間ではない。
そこで私は、彼と距離を縮めることができる、唯一の時間を有効活用することにした。

「というわけで、今日からお昼一緒に食べよ。友達として」
「……」
桃城が「蛇みたい」と揶揄していた彼特有のため息を聞き、この作戦は失敗だと思った。パーソナルスペースを大切にしたい派か?それとも私は友達ですらないということだろうか。
「別に構わねぇけど……」
「え?」
一瞬、体感でいうと5秒くらい私の中の時が止まった。
今彼は何と言ったか。構わないと言ったのか。構わないって何だ。新種の虫か?
「おい、早く食わねぇと昼休み終わるぞ」
未だに何を言われたのか理解できないまま席に座り、魂が抜けたように箸を動かし、特に会話を交わさずに昼休みが終わった。

こんな昼休みが長いこと続いた。
彼と昼を共にするようになってから、気が付いたことが沢山ある。
彼のお弁当はとても豪華であること。中学二年生の男子にしては甚だ上品な食べ方をすること。桃城との仲が思いの外悪すぎたこと。とはいえ相性が悪いわけではないこと。鋭い眼光とは裏腹に、優しさを持ち合わせていること。
最後のものは私の勝手な結論だ。一度振った相手と食事を共にするなんて、優しさ以外に何があるんだろうか。
というか、私は今まで彼のことを何も知らなかった。それであの告白とは、縁結びの神も鼻で笑うレベルだろう。むしろ振ってくれて良かったと思う。
そんなものだから、私は再び彼に恋をした。

最近は少しずつ会話も増えている。彼の友達としてこの学校生活を終えるのも、悪くはない。そうだ、愛だの恋だので煩悶して苦しむよりは、友達という立場に甘んじてちょうどいい距離感を保つ方が楽ではないか。
だがしかし、縁結びの神様はそれを良しとしなかったようだ。
「お前は美味そうに飯を食うよな」

海堂薫の矢印が、初めて舟橋に向いたのである。