恋をするなら放課後

部室からわらわらと人が出ていく。
その中でふと気になる人物が目に留まった。
桃城だ。
普段なら最後の方まで残って越前や菊丸と戯れあっている彼が、なぜか早々に荷物をまとめて教室棟に入っていくのだ。
だからと言って何をしに行くのかとわざわざ聞くのも違う気がするので、忘れて帰ることにした。
校門から数歩歩いたところで日誌を忘れたことに気がつく。
そういえば自分は日直であった。
くるりと踵を返し、教室棟へと急いだ。

「好きで好きでお前を探しまわったんだ、名前も知らずにキスをしたんだ。お願いだ、俺を信じてくれないか」
「…わかった。たとえ裏切られたとしても、あなたなら許すよ。でもお願い、その時は一思いに殺してくれる?」
教室の扉に手をかけた途端、そんな情熱的な言葉が聞こえてきたのでそのままの姿勢で静止してしまった。
「死ぬときは俺も一緒だ。天国にだってついてってやるよ」
クサすぎる台詞を吐く声に聞き覚えがあった。これは桃城の声ではないか。
(あいつ、告白してるのか?)
今時こんな情熱的に告白する男女なんていないだろう。
桃城をその気にさせる女子が気になったので、窓からそっと覗いてみる。
と、そこにいたのは舟橋だった。
(どうして舟橋が)
彼女は桃城と向き合い、真剣な顔でやりとりをしている。
歯が浮くような言葉の羅列にふと、彼女が自分に告白してくれた時のことを思い出した。
あの時はお互いのことを全く知らなかったので断ってしまったが、友達として共にご飯を食べる申し出まで断る筋合いはないと思ったので受け入れた。
そうだ。舟橋は自分のことが好きなはず。
そう思った時、心に違和感が咲いた。
舟橋が誰を好きかなんて、そこまで気にすることだろうか。
急に声が止み、ハッとして手元を見つめる。
自分は日誌を書きにきたのだった。いつまでもこうしていては埒が明かない。
今入って行っても咎められることはないだろう。たまたま居合わせてしまっただけなのだから。
扉を掴む手に力を込めると、ガラリと音を立てて開けた。
「お、マムシじゃねーか。忘れ物か?」
覚悟していた展開とは全く正反対の、桃城の陽気な声に虚を突かれる。
「…うるせーな。日誌書きにきたんだよ」
舟橋と桃城の顔を交互に見比べる。両者とも今まで告白していたとは思えない調子だ。
「あれ、もしかして練習の声聞こえてた?」
舟橋がおずおずと尋ねる。
練習?あの告白は練習なのか?
「聞くつもりはなかった。すまねえ」
「いや、別に聞かれても良いんだけど…」
聞かれても良い告白なんてそうそう無いだろうが。
そう言いかけて刺さる視線に気がついた。
「言いたいことがあるなら言えよバカ城」
「お前さ、何か勘違いしてねぇ?」
ニヤニヤと笑う彼に口を開かせたらロクなことがない。その予想は瞬く間に的中した。
「やっぱりな。お前俺が舟橋に告白してるって思ったんだろ?な?」
「だったら何だよ」
おちょくる様子の桃城につい喧嘩腰になってしまったが、彼女は平素な顔をしている。
「これを見てみろって」
桃城から手渡されたものは、『現代版ロミオとジュリエット』と題された山吹色の冊子。
「何だこれ、台本か?」
「そうだよ」
桃城の代わりに答えたのは舟橋だった。
「先輩がこのセンスのない台詞でオーディションしようって言うんだから気分も乗らなくて。ダメ元で桃城に手伝ってもらったんだ。ほら、桃城ノリ良いし」
ということは、先ほどまでの台詞の数々は本当に台詞だったわけだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
「そういうわけだから、俺は何も舟橋を取ろうってわけじゃないんだぜ」
桃城の一言にまた違和感が芽吹いた。
さっきもそうだ。好きな人が誰か、とか、桃城じゃなくてほっとした、とか。
この違和感が気持ち悪い。
舟橋は相変わらず平気な顔をして台本に文句をつけている。
何かに気がついたらしい桃城だけが、
「お前って難儀なやつ」
と肩を竦めた。