某日

怖い話が好きだ。好きというと少し語弊があるかもしれない。私が怖い話を聞くのは、いわゆる怖いもの見たさというやつだ。
怖い話と言えば、都市伝説、創作、民話、いろいろあるが、特に都市伝説なんかは日常に浸食されている感じがたまらない。そんな話をクラスメイトとしていたら、横にいる彼が嫌そうな顔をした気がした。
「あれ、海堂くん、もしかして怖いの苦手だった?」
「そんなんじゃねぇよ」
彼は頬杖をついて窓に顔を向けたが、明らかに苦手そうな雰囲気を醸している。本来なら、嫌がる相手を前に話題を続けることは私の性分ではないが、生憎今隣に座っている人は私の好きな人である。
好きな人はいじめたくなるものだ。
「そう?海堂くんが怖いならやめようと思ったけど、大丈夫そうだね。河原さん、次の話教えて」
「うん、いいよ」
河原、と私が呼んだ女生徒は、ニコニコとした顔で話を続けた。

こうなったことには顛末がある。
放課後、気になった本を何冊か借りようと図書室に行った。カウンターにいた一年生に軽く礼をすると、近代文学の棚に近づく。
芥川龍之介、泉鏡花と作者名を目で追っていくと、隣に人がいる気配を感じた。
「すいません。そこの本見たいんで、ちょっとだけどいてもらってもいいですか?」
その女生徒は申し訳なさそうに一礼して、少し退いてくれた。
「ありがとう」
ヤ行まで見たが、目当ての本は見当たらなかった。誰かに借りられているらしい。
「……」
ふと女生徒を横目に見ると、「夢野久作」の文字が。
「夢野久作、好きなんですか」
つい声をかけてしまった。目当ての本が『瓶詰の地獄』だったからだ。
「大ファンってほどではないですが。新聞部でホラー特集を組むことになって、参考までに」
「へぇ、ホラー特集……。あの、話ってもう集まってたりします?」

というわけで、彼女の記事のために情報提供をすることになった。
私が知っている話と言えば、定番の都市伝説。それからこの青春学園に伝わる七不思議だ。
あらかた語り終わった後、その延長で彼女と盛り上がっていると、隣の席の海堂くんが部活から戻ってきた。今日出された宿題をやるらしい。私は移動しようかと言ったのだが、彼は気にしないからいいと言ってくれた。

「…というわけで、その男子生徒は今もこの学校にとらわれているの……」
河原さんは語り上手だった。私すら身震いするほどだ。
先ほどから海堂くんの筆が進んでいない。隣の席だから、聞きたくなくても聞いてしまうのだろう。
「でっでも、そのオチだったら『なんでその話知ってるの?』ってなっちゃう、よね。ツメが甘いなあ」
「…そうだよね。バレちゃったか」
河原さんの悪戯っぽい笑みにほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、最後にとっておきの話をしてあげる」
河原さんはそう言うと、一段と声を落として話し始めた。

「この学校は一回建て直しされているの。何か危ない話ではなくって、単に近代化の波でね。ちょうど今くらいの、年度が変わる時だったかな。木造だった校舎を一部コンクリートにすることになったの。
その建て直しの時なんだけど、生徒の中には校舎に思い入れのある子がたくさんいてね。最後の見納めに、って夜に集まったの。
男の子が三人、女の子が四人。
校舎の姿を見た彼らは寂しくなって、誰が言い出したのか、「かくれんぼをしよう」って決めた。彼らは仲が良くて、いつもこの校舎でかくれんぼをして遊んでいたの。
鬼になった子が十数えて、かくれんぼがはじまった。
大体みんな隠れる場所もわかっているから、順調に見つかっていったの。
「〇〇くん、みーつけた。〇〇ちゃん、みーつけた」
彼らの楽しげな声が校舎をこだまして、あと一人になった。でも、その子がいつまで経っても見つからないの。
「〇〇ちゃんなら、いつもはあそこに隠れてるはずだよ」
みんなでその場所に行ってみても、やっぱり彼女は見つからない。
「最後のかくれんぼだから、張り切って違う場所に隠れたんだよ」
また誰ともなく言い出して、大きな声で叫んだ。
「〇〇ちゃん、もう帰ろうよ。夜も遅いしさ」
でも返事がない。何回か声をかけたけど返事がなかったから、
「きっともう帰ったんだよね」
そう思うことにして、その日は帰ったの。
本当は違った。彼女はかくれんぼをしていた。
ただし、彼女が隠れたのは、本来コンクリートが流し込まれるはずの場所。
…ここまで話せばわかるよね。
…事故だったの。誰も悪くなんてなかったんだよ。
彼らのうちの誰かが、好奇心で動かしてしまった機械が、彼女の上にコンクリートを注いでしまったんだ。
彼女は必死でもがいたけど、駄目だった。口の中にコンクリが入り、身動きが取れなくなって、それで…

この話はこれで終わり。彼女はその後行方不明扱いになった。
でも実際は、今もこの学校のどこかの、コンクリートの中にいるんだよ」
「……」
「……」
彼女の淡々とした語りは、「それも『なんで知ってるの?』ってオチじゃん!」というツッコミを許さなかった。
「おっと、もうこんな時間だ。舟橋さん、私が話を聞く側だったのに話し込んじゃってごめんね」
「い、いやあ、怖い話好きだから、おもしろかったよ……うん」
私はなんとか言葉を絞り出すと、そそくさと帰り支度を始めた。話の途中までは河原さんも誘って一緒に帰りたかったのだが、今は一刻も早く彼女の視線から逃げたかった。
「か、海堂くん」
「なんだよ」
「一緒に帰らない…?」
「お前も怖いんじゃねぇかよ」
ノーとは言わない海堂くんの優しさに感謝した。というか、海堂くんって顔に似合わず優しいじゃないか。
「じ、じゃあ、河原さん、私たちはもう帰るけど、どうする?」
「ううん、私はまだやることがあるから。さよなら、舟橋さん」
私と海堂くんはすぐさま踵を返し、素早く教室を出た。廊下を急足で歩こうとした瞬間にチラリと見えた、廊下の窓から覗く河原さんの穏やかな笑顔がなんだか怖かった。


海堂くんと肩を並べて帰る。良い雰囲気のはずなのに、さっきの話が頭から離れなかった。
「海堂くんは、さっきの話どう思う?」
「…くだらねぇ、作り話だろあんなもん」
「だ、だよね。河原さんも人が悪いな…アハハ…」
「…そういえば、あの河原って誰だ?」
「え?」
私は図書館から教室へ向かった時のことを思い返す。

『河原さんって言うんですね。何年生ですか?』
『二年生です』
『なんだぁ、じゃあ同い年じゃん。何組?』
『七組。二年七組だよ』
『え?同じクラス?ごめんね、私まだクラスの人全員覚えてないんだ…そっか、じゃあちゃんと覚えておくね』

「河原さん、七組だって言ってたよ」
「……俺は『海堂』、だろ?『河原』もカ行。けど出席番号が近い奴の中に河原なんて女子はいねーんだよ」
海堂くんがそこまで言うと、ごうと大きな風が吹いた。

桜の花びらが吹き荒れる中、私たちはお互い黙ったまま、足早に家に帰った。
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