端的に言うと、面白かった。舟橋の役割は「厳しいが娘に愛を持っている母親」で、出番は一回きりだった。彼女が退場した後も物語は続き、舞台挨拶まで飽きることなくしっかり楽しめた。
だが、舞台に上がった舟橋を見た瞬間、俺は彼女の視線を初めて意識した。……せざるを得なかった。
「『あの子はまた……!そんなことでは、嫁の貰い手が無くなってしまいますよ!』」
体も頭もこちらを向いている。観客を意識している。俺は、彼女の工作のおかげで彼女から俺がよく見える席に座っている。
しかし彼女は。常に俺を見ていたあの目線が。
「『あなた達はこの虫を何とかして頂戴。わかったわね!』」

「一度も、俺のことを見なかった」
幕が下され、拍手はまだ続いている。観客の役割はここで終了したと言わんばかりに会場の照明が明るくなり、俺は脱力すると共にぽつりと呟いた。
「あ?何言ってんだマムシちゃんよ。あれだけ観客がいるんだぜ?お前なんかどこにいるかわからねーって」
「そう、だよな」
いや、舟橋が俺の座席を知らなかったはずはない。しかも彼女の顔はしっかり観客席側を向いていた。なのに。
いつも誰彼構わず振り撒かれていると思っていた視線が、全て俺に向けられていたことを今、はっきりと自覚した。自覚して、その場に立ちすくみたい思いでいっぱいになった。
「なあ、桃城」
「あん?」
「俺は……」
俺は、彼女の視線を初めて追いかけたいと思った。

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