「悪い、待たせたな」
「いや、そんなに待ってないよ」
ということは、少しでも待たせてしまったということだ。こういう時は先に待っていた方がスマートだったのに。
「帰ろう」
「おう」
自転車を引いて歩き出す。いつもは一人で下るこの道を、二人で歩く違和感に頭が混雑してきた。
まだ、付き合っているわけではない。しかし漂う妙な緊迫感、彼女との間に流れる不思議な距離感に思わず早足になってしまう。
「海堂歩くの速いね」
「す、すまん」
彼女の落ち着き払った声に歩を緩めた。自分は今しっかりと右足と左足を交互に出せているだろうか。緊張しすぎて、壊れたロボットのように滑稽な姿を晒していないだろうか。鼓動を打つ感覚が脳にまで伝わってくる。ガンガンと揺さぶられる頭では、格好良く決められたら、という意地も砂上の楼閣。彼女はどうしてこんなに冷静でいられるのだろうか?
「舟橋」
呼ばれた彼女が俺を見る。その顔は冷静とは程遠い、夕日に負けない赤い色をしていた。俺は三秒固まって、この赤色が何を示すか考えた。
「うん」
「その、俺はお前の演劇を見に行ったんだが」
「来てくれて、ありがとう」
「お前は俺のことが見えてないみたいだった。観客の方を向いてはいたが、お前と目が合うことは一度も無かった」
舟橋がいまいち要領を得ない顔をした。当然、本題はここからだ。
「……俺は、お前が演じる姿を格好良いと思った。変だと思うかもしれねえけど、素のお前を見てるような気がしたんだ」
そこまで言って、俺は立ち止まる。小高い場所にある帰り道から、下に広がる街の景色がぼやけ、舟橋に焦点が合う。夕日の逆光になった顔に翳はなく、俺の言うことにじっと耳を傾けている。
「俺には今のお前が眩しく見える。だから俺には、前にした返事を修正する義務がある。いいか、一回しか言わないからな。ちゃんと聞けよ」
「はい」

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