はじまり
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私の父は不思議な人だ。

私の髪は間違いなく父親譲りのダークブラウンで、間違いなく親子だと自分でもわかっているけれど、ときどきそれがわからなくなるくらいには不思議な人だ。

「ジュディ!ダンブルドアからホグワーツの入学許可証をわたされたぞ!これで今日からジュディも正真正銘の魔女だ!」

たとえばこんなところ。

父は、冗談でよく自分のことを魔法使いだという。

子供の頃は本気にしていたけれど、小学校にあがってからそれが嘘なんだとわかった。ただ、マジックが上手なだけ。困ったことにそのマジックが上手すぎて、ちょっとやそっとのことじゃ驚かなくなってしまったのだけど。

「パパ、まだそんなこと言ってるの?私ももう11歳になるんだし、魔法とかそういうの信じないよ」

いつもみたいに笑ってそう返せば、いつもみたいにはははと笑うはずの父が困ったような顔になった。

「嘘じゃないんだよ、ジュディ。僕は魔法使いで、ダンブルドアは僕の母校の魔法学校の先生なのさ」

Mr.ダンブルドアには何度か会ったことがある。彼も父に負けず劣らず不思議な人で、でも全然嫌な感じはしなかった。ここらでは見ないくらいに伸ばした白い髪も髭も彼なら受け入れられるし、半月型の眼鏡だってとっても似合っている。見るたびにいつも違う色の長いローブを着ていて、どこでそんなものを手に入れるのだろうと不思議に思ったものだ。ほっほっほと陽気に笑う、とても茶目っ気のあるかわいいおじいちゃんだと思う。(私的にもし、もしサンタが実在するとしたらそれは絶対あの人だと思う。クリスマスの日にはきっとお腹に詰め物をしてるんだ)
確かに彼なら魔法使いだと言われてもなんだか信じられるような気もするけれど…

でもまさか。

「信じてない顔だね」

「だって私、お父さんのその嘘信じてたせいで小学校のみんなにばかにされたのよ!おかげでばっちり目は覚めたけど」

ガキ大将のマイケルがいつまでたってもそのネタを引きずって本当に鬱陶しかったのだ。

そのことをいえば、父はずり落ちていた眼鏡をくいっとあげて、申し訳なさそうに肩をすくめた。

「そのことについては本当にすまなかった。でもジュディ、僕は誓って愛する娘に嘘をついたりなんかしないよ」

じろりと睨めば、本当だって!と慌てたようにいう父。

「……よし、今からダイアゴン横丁に行こうか」
「ダイアゴン横丁?」

うん、と頷くと、父はせっせと暖炉に薪をくべはじめた。今は夏なのに、どうしたんだろう。目を白黒させているうちに、彼のいう「出発する準備」が整ったらしい。

ずい、と差し出してきた手にはキラキラとした綺麗な粉が握られていた。

「さあ、この粉を持って。これは煙突飛行粉(フルーパウダー)といってね、とっても便利なものなんだ。今からお手本を見せるから、ジュディはそのとおりに真似をしてくれればいい。はじめてなのに手取り足取りできないのが心苦しいが、かわいいかわいいジュディならきっとできるさ!じゃあいくよ……ああ、ちなみにこれはマジックじゃない、本物の魔法だからね!」

父はなんの戸惑いもなく暖炉の中に足を踏み入れ、粉をふりかけてダイアゴン横丁!と叫んだ。

ぼっと音を立てて、見たこともないエメラルド色の炎が燃え上がる。お父さん、早く出て火傷する!と叫ぶ間もなく彼の姿は消えてしまった。

「……え?」

どう考えても言葉が足りなさすぎる。

だって暖炉だ。暖炉なのだ。暖炉からどうやってそのダイアゴン横丁とやらに行くのだ。瞬間移動か。瞬間移動なのか。暖炉から瞬間移動するだなんてまさか、そんな斬新すぎるだろう。誰が考えついたんだそんなこと。

頭が混乱して、そんなくだらないことがぐるぐるめぐる。

と、またぼっとエメラルド色の炎が燃えた。

「あれ?まだそこに突っ立ってるのかい。早くおいでよ、ちょうどウィーズリーさんに会ったとこなんだ。ぜひジュディに会いたいって言ってたよ」

ウィーズリーさん。名前だけ聞いたことのある、お父さんの慕っている先輩だ。

「待ってるよ!ああ、僕としたことが大事なことを言い忘れていた。はっきり発音しないと違うとこ行っちゃうから気をつけて!」

そういうことは忘れないでよ!と怒鳴ってしまったのは仕方がない。

そして彼はまたダイアゴン横丁!と炎に消えた。

なんだか未だに何が起こっているのかよくわからないけれど、とりあえずウィーズリーさんに会うためには暖炉を使わなければならない。

意を決して暖炉の中に入ってーーー生まれてこのかた自分が暖炉に入ることになるだなんて思ってもみなかったーーー叫んだ。

「ダイアゴン横丁!」


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