utopiosphere


secret eden


「ギン、」

 わたしは、きっと彼を月にすることで生き延びていた。息をしていた。月はうつくしいはずだって、思っていないと生きてなんていられなかった。太陽と月。いいえ、たぶんちがう、きっとわたしも恒星のひとつで、いつか粉々に壊れるものだ。
 死んでたまるか。わたしがゆるされて、彼がゆるされないなんてことがあるものか。わたしには言葉がある。わたしにしか言えない言葉がある。彼にはやらなくちゃいけないことがある。彼には大切なものがある。
 ああ、ぼやけて霞んだ、色彩だけが鮮明な世界で、目が痛くなるまで笑ってやりたい。

「君なら、きっと生まれ変わって、やり直せるで」
「ギン、待って、ギン、」

 行かないでよ、ひとりにしないでよ。約束して、この先もいっしょにいてくれるって、約束して。置いていかないで。
 ギンだって、やり直せるよ。生まれ変わって、やり直せるよ。まだありがとうって、伝えられていない。ちゃんとわたしの言葉で、伝えたいのに。
 言葉にならない声は空気になって、ふつふつと音にならないまま泡のように消えていく。
 わたしたちは、本当にこころなんてあるのだろうか。これが出来損ないの心だと言うのなら、それはあまりにも酷だ。心なんて、なくても良いじゃないか。心なんて、なくさないように最初からいらなかったのに。

「今度は幸せになり、名前」

 見知らぬ死神たちの姿と、見慣れぬせかい。と、ギンのちょっぴり悲しそうな笑顔が見える。その瞳に映る青い空が、とても綺麗だとおもった。青い瞳が、いとしいと思った。

 いつかわたしの、この溢れる言葉が枯れたら、過不足ないこの心の輪郭がはっきりと分かるのかな。まるで標本みたい。わたしという名前にふさわしい、虚構が削ぎ落とされた、ただの質量がそこにあるだけで、言葉が失われて、底が見えない。知りたくないよね、そんなもの。わたしはこころに縋り付いて、明日もあなたの背中を追いながら生きていたかった。

「有難う、ギン」

 わたしたちは、ただ死んでも意味がない。死神に斬られなきゃ意味がない。だから、ギンはわたしに刃を突き立ててくれた。わたしを殺したのはギンだった。ギンに殺されなければ、わたしは意味がなかったのだ。
 わたしは彼に殺されることを望み、そして彼もわたしを殺すことを望んだ。

 ギン、ねえ、ギン。
 生まれ変わっても、たとえこのまま消滅しても、もう一度、たった一度だけでいい。また、あなたに会いたい。





 あの人は、わたしの背中はまるで羽をもがれた天使のようだと言った。
 天使ってなあに。そう聞くと、彼は笑って、見たことはないと言った。ボクは死神やから、おひさんも天使さんも見ることはできひんのや、と。
 じゃあ、見たこともないのに、どうして天使のようだなんて言うの? そう問うと、彼はとうとう困ったように笑って、お手上げだと言うようにわざとらしく両手を上げた。
 そんな彼がおかしくてわたしがくすくす笑うと、ギンは人一倍細い目を更に細めて、わたしの背中をとんとんと柔らかく撫でる。
 そのとき彼が口にした言葉を、わたしは今でも鮮明に憶えている。

「きみも死神なら良かったんに」

 まるでそれが望みかのような口ぶりは子供に接するようだったけれど、その実それが本心か冗談かわかりやしなくて、そんな彼の虚実さが好きだと思った。
 だけれど彼の口からそんな言葉が出てくるとは思わなくて、どうしてわたしが死神であれば良かったのかと、そんなことを本気になって思案した。
 死、というものの正体も、生、というものの正体もうまくわかっていなくて、どちらにしろ、わたしはどこへだってギンについていきたいと思った。だから、もし生まれ変われるのなら、ギンと同じ死神になりたいと、そう思った。

「ギン」

 ひらりと揺れる見慣れた白い袖を掴むと、彼は律儀に立ち止まってこちらを振り返る。振り向いてくれることがうれしくて、あそぼ、と体重をかけると、ギンはゆるく笑ってわたしの指先を自分の手のひらに乗せた。

「なんや、この間も遊んだやないの」
「この間はこの間、今日は今日だよ」
「しゃあないなあ」

 こちらに伸ばした手の血管が青白く透けている。骨張っていて、白くて、細長い大きな手。ギンにも、わたしと同じように血液が通って、同じように肺で呼吸をして、同じように心臓が動いているのかと思うと、不思議で不思議でたまらない。温度も、思想も、胸に宿すものも違うはずなのに。
 過去に、彼の中心に触れたことがある。わたしの穴が空いている場所に穴はなくて、その疑問を素直に口にすると、破面と死神、人間。形はほとんど同じなのに、魂はまるで違うだなんてほんまにおかしな話やなあ、と彼も僅かに笑ってくれた。

「やった!遊んでくれる?」
「ええよ。何するん?」
「月を見たい!」
「また月を見るん?いつでもあるやん、ここは常夜なんやから」
「ちがうの、ギンと月を見たいの」

 ギンは虚圏からときどきふらりといなくなって、突然ふらりと戻ってくる。どこに行っているのかは知らない。わたしには知る権利も、聞く権利もないし、そこまで興味があるわけでもないから詳しく聞いたこともない。ただ、なんだかいつも彼がここに帰ってこない気がして、わたしは彼の姿が見えなくなる度、指先を擦り合わせてしまう。
 その感情は、寂しさと言うものだとギンは言っていた。ボクも寂しくなることがときどきあると彼自身も言っていたのだ。それが何に対してなのかを聞く術をわたしは持ち合わせていなかったけれど、きっと彼にも大切なものや信念があるのだろうと、なぜか意味もなく確信した。ギンの大切にするものはきっと素敵なものなのだろう、とも。

 「ここなら月なんていつでも見られるやん」。なんて、ギンはいつも決まってそう言うけれど、わたしはそういう意味で彼とあそびたいと思っているわけではない。何より、ギンとはそう頻繁にあそべるわけではないし、彼は忙しいから引き留められるときに相手をしてほしい。
 確かにここはずっと夜で、どれだけ瞼を閉じても変わらず月が見えるけれど、わたしの月は、ギンだ。わたしにとっての月はギンだから、わたしはギンと一緒に月が見たいのだ。
 ぐいぐいと腕を引くと、はいはいと愉快そうに返事をしながら彼は大人しくついてきてくれる。

「どうせならもっと近いところの方がええんちゃうの?」
「わぁっ!」
「今でも十分わがままなんやから、月見くらいいくらでも付き合うたるよ」

 細く、だけれど力強い腕に抱き上げられると、子供のように後ろ向きで抱かれる。膝裏に腕がまわっているので落ちる心配なんてないだろうけれど、彼の首に腕を回した。そうすることが当然のように、まるでそれが決まりごとのような自分の仕草にふと疑問を持ったけれど、ふわふわと感じる大気の息が心地良くて、思わず彼の肩口をぎゅっと握る。
 彼が楽しそうに笑ったのを空気で感じると、一気に瞬歩で上空まで移動したギンは、わたしを抱きながら軽い足取りで夜を歩き始めた。

「ねえギン。ここはどうしてずっと夜なの?」
「さあなあ。ボクより名前の方がココにいる年数長いやろうから、キミがわからへんとボクにもわからへんよ」
「うーん…ここを作った神様は夜が好きなんだね。だからわざわざこんな大きな月を浮かべたのかも。きっとお日様が嫌いなんだよ」
「そいじゃあキミは好きなん?夜」
「昼を見たことがないから知らない。だけど、ここは好きだよ。夜も、月も、たぶん好き」

 わたしたちの胸に空いた穴は、彼らにはない。ギンには、虚がない。ぽっかり空いたこの穴が何なのかは知らない。人間でも死神でもない半端者の証だけれど、彼はこれは心なのだと言う。心を無くしたから、わたしたちには虚があるのだと。
 そんなわたしは思っているより生きやすくて、言葉に出すほど苦しいこともないし、ただ少し、縋る神様を間違えている。わたしはわたしが考えるより、愚直で強欲で、わがままな生き物。
 だってわたしは、ぬるくてやさしい地獄のなかで、真水を差して、はやくあなたの毒で殺してほしい。

「ギンが本当の神さまだったら良いのに」
「ボクが神さまでどーするん?」
「お祈りするの」
「お祈り?」
「うん、お祈り。ギンが幸せになれますようにって。聞き入れてくれる?」
「ボクがボクの幸せを願うてどうすんねん」

 わたしの世界は、きっとギンを中心にして回っている。わたしの神さまはギンだ。彼は死神で神さまで、わたしの世界。
 ホンマにおかしなこと言う子やなあ。からからと笑った彼は背中をゆるく撫で上げる。
 ギンは色んなことを教えてくれる。遊んでくれて、手を握ってくれて、わたしの名前を呼んでくれる。ただそれだけで良い。それだけで、こんなにもわたしは幸せなのだ。

「ねえ、肩車が良い!」
「お子様やなあ。別にええけど」

 よっと。そんな掛け声と共に体が彼の肩上へと移動する。まんまるの月を見上げていると、またひとつ何かを忘れてしまう気がした。月は不思議なもので、月を見上げるたびに、わたしの中の大事なものがほろほろとこぼれ落ちていくような感覚に陥る。大事なもの、が一体何かはわからない。わからないけれど、引きちぎられるような心臓の痛みに襲われるのは嫌だった。
 月の淡色の光の中でギンの頭をぎゅっと抱きしめる。

「ギン」

 わたしの世界に突然現れて、わたしの手を引いてくれた。やさしい世界を与えてくれた。目的も、考えていることも、何も知らない。何も分からない。それでも彼が好き。この人が好き。大事だから、大切に思う。大事だから、失うのがこわい。

「あなたが死ぬときは、わたしのことも殺してね」
「さあなあ。ボク、きみには生きてほしいんやけど」

 彼はそう言って、月明かりの中でほんの少し残念そうに笑っていた。


 彼との思い出を並べても、そんな曖昧で中身のない会話ばかりが思い出される。どうせ話をした次の日になったら彼は覚えていないようなちっぽけなものなのに、きっとわたしばかりが覚えていた。たわいもないことだから、たぶん大切だった。

 彼の故郷である花枯という地名はとてもすてきな響きのように感じる。だけれど眼前にあるのは殺風景な場所に建てられたちっぽけなお墓だけで、彼の名前をなぞってみても、もうこの世にはいないという実感がまるでなかった。
 なんだか、ほんとうに、嘘みたい。いっしょに満月を眺めてくれたあの人が、手が届かない場所に行ってしまったなんて。無感動なら、ただの透明できれいな思い出だったのに。わたしはいつも、あの人のことをおもうたびに胸が苦しい。
 こじんまりとした墓前に花を添えると、祈るように手を合わせて、瞼を閉じる。

 あの人は、とても、優しい人だった。とても残酷で、気まぐれで、儚い人だった。何度も胸に穴を開けて通り過ぎてゆく夜のような虚しさで、ゆるい微睡をほどくような執拗さで、遠いまぼろしのようなひとだった。
 ときどき話してくれる彼自身の話から、きっと何かひとつの目的のためだけに生きているのだろうということはなんとなく察していたけれど、わたしは最期までそれが何かはわからなかった。果たしてそれが叶ったのか、それとも叶うことなく彼は死んだのか。わからないまま、もう幾ばくかの時が過ぎている。

 わたしは、彼が望んだ通り、死神になった。
 どういう因果か、ところどころが朧げになるものの、前世とやらの記憶はある程度残ってしまったし、それでも全てを完璧に思い出せるわけではない。だけれど確実に言えるのは、わたしは新たな生を受けて、死神になったということ。そして、ギンのことを何一つ忘れていないということ。
 彼が誰で、過去のわたしが誰で、今のわたしが誰かなんて、今になってはそんなことどうだっていいことだ。知ったところで、わたしは過去のわたしではないし、過去のわたしを知っているあの人はもういないのだから。
 こうして、体温も、髪の毛の感触も、何もかも思い出せない人のことを考えると、寂しくて寂しくて、ときどき全てから逃げ出したくなってしまう。
 死して尚生きたり、生きて尚死したり、せかいは訳の分からない法則にねじ曲がっていて、わたしはほんの少し生きにくい。あなたと月を見られないせかいは、息の仕方がわからない。

「ギン、明日ね、霊術院の卒業式なんだよ」

 彼は死神で、わたしを殺した。そして、わたしが死んだ後、彼も死んだらしい。彼がわたしを殺したのは、きっと、彼自身の望みだった。意思を託されたのかもしれないし、彼の気まぐれかもしれない。何にしたって、事実などわからないけれど、それでもギンの望みは、わたしが死神になることだった。

 名前を呼びかけても返事がないことを実感すると、いつのまにかほろほろと涙が溢れ出してくる。
 うまくわたしにもなれない、わたし未満の存在でずっと生きていくのが、ほんとうはとてもつらい。唇を噛み締めたあとで、無意味と知っていながらただやんわりと微笑んだ。わたしは、あの人のように器用にはなれないから。

「あなたは、どんな世界を見ていたんだろう」

 これ以上言葉にしたら溢れ出して止まらないことはわかっていたけれど、涙と共にたくさんの言葉を声に乗せた。
 もうわたしの世界には月が見えない。新しい生を受けても尚、過去に縛られ続けることも、月を失ったことも、それでも前に進み続けることが、こんなにもくるしい。
 月を見た後は、いつも今まで生きてきた記憶が全部なかったみたいな錯覚に陥って、その余韻にしばらく浸ったまま、いつもより少し重く感じる重力が自分の影に投影されて、そんな心を引きずりながら帰る夜道が好きで、それってとても特別ですてきな出来事だと思うし、それが今日だったら、もう、明日世界が終わってもいいなとわたしは思う。

 ぱたぱたと落ちる涙が手向けた花を濡らしたときだった。
 ふと感じた誰かの霊圧と、ふと止まった足音。涙を拭うことも忘れて気配の方を振り返ると、見えたのは風にゆるく靡く金色の髪の毛と死覇装。

「……」

 琥珀色、だ。綺麗な琥珀色と目が合った。
 その人は髪型で一見女性のようにも見えたけれど、体つきや骨格で男性だとわかる。無抵抗に風に吹かれる金色の髪は、どこか溶けてしまいそうに太陽に反射していて、逆光であまり表情はわからない。ただ、瞳の色だけは何故かはっきりとわかった。
 涙を拭おうと手の甲を頬に当てた束の間、男が口を開いた。

「…なんや先客がおったんか。キミ、ここの墓の奴の知り合いなん?」

 どうやら方言を喋るらしい。手には供物らしいものがぶら下がっており、死覇装から死神だと言うことがわかる。
 その言葉にこくりと素直に頷くと、彼はわたしの隣までやってきて、墓を見下ろして心底嫌そうに顔をしかめた。
 ようやく表情がわかると、良いとは言えない目つきに、気だるそうに丸められた背中。薄い瞼を瞬かせて墓を見下ろす姿には、どこか哀愁のような何かを感じた。

「自分、こないなべっぴんさん泣かせて何しとるんや、ドアホ」

 口ぶりからするに、どうやらギンの知り合いらしい。べっぴんさん、とはわたしのことだろうか。そういえば、泣いている姿を見られてしまったのをすっかり忘れていた。慌てて涙を乱暴に拭うと、擦れた目尻がひりひりと熱を持つ。
 それにしても、人の墓前で随分と暴言を吐くものだ。その口調からそこそこ仲の良かった間柄なのかもしれない、と密かに予測する。だけれどギンに、友人と言う友人は恐らくいなかったと思う。彼の交友関係を把握しているはずもなくなかったけれど、彼は孤独が好きで、群れるのを好むわけでもなかったから、きっと友人と名のつく人たちは極端に少ないはずだ。知ったような口を聞くのは気が引けるけれど、知ったような口を聞きたいのだ。だって、わたしの知っていることと言えば、ほんのわずかな少ない情報ばかりだから。

「その服、霊術院の子やろ?」
「そう、です」
「霊術院の子が、なしてこないなヤツのこと知っとるん?」
「…むかし、わたしに命を与えてくれたのがギンなんです」
「……そか」

 どこか訝しむように探る視線が浴びせられたけれど、特に不快感はなかった。間違ったことは口にしていないし、あの人はわたしの命を奪うことで、わたしに命を与えてくれた。
 金色の頭を見上げると、彼はじっとこちらを見下ろしており、僅かに細められた琥珀色と視線が交わる。おひさまみたいにきれいなひとだ。おつきさまみたいにきれいだったギンとは、真逆だと思った。

「名前は?」
「名字名前、です」
「名前ちゃん、な。オレは平子真子や」
「それじゃあ、あなたが…」

 ぽつりと小さく呟くと、ようやく顔と名前を一致させることができた、と思った。
 ぼやけた記憶の中に同じ髪色をした男がいたかもしれない。朧げで良く思い出せないけれど、愛染惣右助を酷く恨んでいた人物だったように思う。五番隊の隊長なら、ギンと接点があるのもなんとなく頷ける。きっとわたしの知らない昔に何かしらの関わりがあったのだろう。
 綺麗に揃った歯を覗かせた笑顔は、なんだか面白がっているように見えた。

「平子さんは、どうしてここに?」
「…むかぁし、コイツがオレの隊に所属してたんや」
「ギンが…五番隊に?」
「そ。んで、いつのまにか三番隊の隊長になって、いつのまにか敵の方に寝返っとった」
「……」
「ほんの些細な恨みや。アイツは何かを守ろうとしてたんやないかと、オレは思うで」

 やっぱり、ギンは何かのために生きていたんだ。わたしの知るはずのない過去を、彼の話からぼんやりと想像する。
 ギンは元五番隊で、三番隊の隊長だった。そっか、だから、平子さんと接点があったんだ。
 彼の言う些細な恨み、については言及しなかった。ひとの記憶に土足で足を踏み込むことができるほど、わたしの口は達者ではないし、そこまでの勇気もない。

「ギンの、その守りたかったものは…?」
「さあなあ。そういうややこしいもんは、本人だけが知ってりゃええんや」
「平子さんは、ギンのことがお嫌いですか」
「…さぁな。わからん。けど、今日は命日やから嫌がらせに来たんや」
「嫌がらせ?」
「そ、きっと最悪やで」

 そう言ってにやりと笑った平子さんは、左手に引っ掛けていたものを墓前に備えた。嫌がらせと言うからには相当なものなのだろうと想像しながらその箱を後ろから覗けば、中にはたくさんの干し芋が入っていた。しかも、有名な高級店のマークが書いてある。

「嫌がらせで、高級干し芋…?」

 聞けば、干し芋が彼の嫌いな食べものだったらしい。そして、好きな食べ物は干し柿だったと言う。だからって、こんなに嫌いな物をたくさん備えることないのに。なんていじわるな人なんだろう。
 思わず声を上げて笑うと、平子さんもからからと可笑しそうに笑った。
 本当に、おひさまみたいな人だ。月がなくなってしまったわたしの世界に新たに現れた、太陽。そうだ。そういえば、五番隊と言えば。どうしてこんな大事なことが抜けていたのだろう。

「てか、名前ちゃんて何年?」
「明日卒業します」
「なんやそうなん!?よう頑張ったな、お疲れさん」

 運命なんて、きっとない。そんなものは信じていない。わたしが虚になったことも、死神と敵対したことも、ギンが月になったことも、何もかも偶然で、今更変えようもない過去だ。そして、今日ここで平子さんと出会ったことも、偶然だ。ただの、偶然。
 だってわたしは、世界にとってのちっぽけな一つの星に過ぎないから。

「有難う御座います。ええと、あの…実はわたし、配属先が五番隊なんです」
「そうなん!?なんやその偶然、おもろいこともあるもんやなあ」

 まん丸に見開かれた瞳の琥珀色が、まるで太陽のようだとおもった。人懐っこく笑う彼を見上げて、ほんの少し寂しい気持ちにもなった。
 月はもう見えっこないのに、わたしの世界には新たな太陽が昇る。たぶん、もう月は戻らない。どうしたって戻らない。だから今度は、ギンを恨み、それでも赦すやさしいこの人のことを、もう少し知りたいと、そう、思った。

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