好ましく、熱く、淡く



獣舞劇の練習を見てみたいと以前なまえに言われ、嘉明が「いいぜ!」と快諾し、今日が約束した日。
鏢師としての仕事は休み、練習にもともと宛てがう日だったので、ちょうど良かった。
親切な嘉明は丁寧に説明し、知識欲豊かななまえは相槌を打ちながら興味深げに見て、時折質問をしていた。
基本的なことは鍾離に聞いてきたらしいなまえは、実際の動きだったり、この練習はこの動作のこれに繋がると言った部分を熱心に聞いていた。
生業としたいと決めた獣舞劇にこんなにも興味を持って貰えたことが嬉しい嘉明は、それはそれは張り切って色々説明し、やってみせた。

午前中までの約束としていた時間はあっという間に過ぎ、昼時になる。
程よく汗をかいた嘉明が水筒に入れてきたお茶を飲んでいると、なまえは荷物から包みを取り出した。

「これ……お礼」
「え」

予想だにしていなかったことを言われ、嘉明は目を丸くした。なまえは取り出した包みを、嘉明に差し出す。嘉明は口元を拭って水筒をしまうと、それを受け取る。

「別にいいのに。オレだって、やりたくてやったんだから」
「それ、でも、お礼……したかった、から」

人見知りはしてないが、変わらず喋りはたどたどしいなまえ。嘉明は特に気にしてないし、既に慣れている。それに……たどたどしいなりに伝えようとしてくれるのが、なにより嬉しかった。

「そっか。ありがとうな!開けていいか?」

こくり、と頷いたなまえを見て、嘉明は大事そうに包みをとく。
竹の四角い容器。それを見て、すぐ嘉明は分かった。

「もしかして、弁当か?」
「……うん。あんまり、難しいのは、入れてない」

難しいの、と言われ、嘉明はすぐには分からなかった。難しいの、とは?と嘉明が首を傾げると、なまえは少し目を伏せた。

「おかず……往生堂の人達に、教えてもらったけど、簡単なの、しか、作れなかった」
「……なまえが作ってくれたのか?!」

驚きで声を上げた嘉明に、なまえはこくん、と小さく頷いた。
その様子を見た嘉明は、驚きのあとにじわりじわりと喜びが広がる。同時に、嬉しさとかで自分の耳が熱を帯びるのも分かった。

「そっか……。ありがとうな!今すぐ食べてもいいか?」
「……うん。自分、のも、持ってきた。から、一緒に、食べよう」
「ああ!もちろんだぜ!」

近くの岩場の比較的座りやすい場所に己の手拭きを敷いて、嘉明はそこはなまえに座らさせた。遠慮しそうになったなまえが何か言うより先に、「俺は草の上でいいから」と言い聞かせて座らせた。
岩の上に座ったなまえが膝の上に嘉明に渡したのと同じような弁当を置いたのを見て、嘉明も己の脚の上に弁当を置いて、蓋を開ける。

「おにぎりってやつだな、これ!」

以前、稲妻からきた依頼主から食べさせて貰ったことのある嘉明は、やや……いや、だいぶ丸っこい形になってる米の塊がおにぎりだとすぐに分かった。
おかずは副菜にほうれん草や、タケノコを使ったものがあり、焼いた魚と揚げた鶏肉が多めに入っていて成長期の男子には嬉しい内容だった。

「……三角に、できなかった」
「可愛くていいと思うぜ、この形も」
「そう、かな」

ふ、と、なまえが少し笑った。
ほころぶようなその笑みは、落とすように不意に見せられるので、嘉明は毎度その不意打ちにあうのだ。
嘉明は跳ねた心臓の動きと音は無視して、2人でいただきますと弁当を食べる。

「!中に、魚の卵入ってるんだな」
「美味しいって、聞いたから」
「うん。美味いぜ、確かに!」

往生堂には鍾離含め、色々なことを知る人もいる。鍾離は海鮮が苦手だから、別の人から聞いたのだとなまえは言う。
……余談だが、往生堂の人々には今日のなまえのお出かけはデートだと思われており、すわうちの末っ子のデートを手伝わねばと一部が意気込み、こうやって手作り弁当を作ることになった。
そうとは知らないなまえは、「お友達とピクニック」感覚だ。胡桃は言うのは野暮かと口に出さずにおり、鍾離はなまえの認識の差に気づいてはいたのでなんとも言えない表情をしつつ、微笑ましくもあったので見守ってはいた。閑話休題。

「おかずも美味しいな。鶏肉はピリ辛で、米に合う」
「……よかった」

安心したように言って、ゆっくりと自分の分のおにぎりを食べているなまえ。
自身の頬に着いていた米粒を指先でとって口元に運びながら、嘉明は提案した。

「じゃ、今度はお礼のお礼に飲茶奢るな」

気質的にお礼をされたままというのは、嘉明には合わなかった。
なまえもそれをわかっているようで、頷いてその提案を受け入れた。

「楽しみ、に、してるね」

座ってる位置的に、嘉明がなまえを見上げるようになる。陽の光を受けたなまえの金髪は、きらきらしている。少しの風でかすかに金髪が揺れていて、黄金の水面のようだと思った。
楽しみにしていると紡いだ時の表情は、微笑んでいた。柔らかく細められた空色の瞳は、真っ直ぐに嘉明を捉えていた。

なまえが見せる表情の変化は花のようだと、嘉明は思う。普段の真顔……ではないが、乏しい表情から笑顔に変わる様子は、蕾が花開くそれのようだと嘉明は以前から感じていた。
それから……太陽の光を掴んで、集めて束ねたらこんな感じだろうかと言うイメージを受けるなと、なまえの緩やかに波打つ金髪を見ながら嘉明はぼんやりと思った。
──どちらも自分にとって好ましいもののイメージだ、と。

「……嘉明?」
「!え…あ、ごめんな!ちょっとぼーっとしてた。ゆっくり食べてていいからな、なまえ」

不思議そうに自分を見てくるなまえの空色の瞳─表情よりも雄弁に語ることがある瞳は、澄み渡る空のようで嘉明は好ましいと思っている─から、嘉明は思わず目を逸らした。やましいことなど考えていたわけではないのに、妙に照れくさかった。水筒の茶を流し込んで、戸惑いだとかさっきまで考えていたことを忘れようと意識を切り替えさせる。そして飲み込んで一息ついて、とうに食べ終えた弁当を片付ける。
なまえは嘉明の様子に少し不思議そうにしつつも、それを口にするほど考えも言葉もまとまってないので深くは追及せず、お弁当の残りを食べる。まあいいか、と。
なまえ的には初めてのお弁当作りと、初めてのお友達とのピクニックだ。嘉明が喜んで完食してくれただけで嬉しいと思い、不格好なおにぎりの最後の一口を食べ終えた。

璃月の、穏やかで優しい風が、嘉明の髪となまえの髪を優しく撫でていった。



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