芽吹きを取り巻くもの
──ふと、街中で金色を目にしたら、そこに意識が向くことに気づいた。
何か美味しいものを食べている時、これは好きだろうかと思うようになった。
なにか新しいものを見つけた時、興味を持ってくれるだろうかと共有したい気持ちになった。
それがみんなにというより特定の……ただ1人の女の子に対して。
自分のその心境に気づき、戸惑いはしたが嫌では無いなと言うのは嘉明にも分かった。が、なぜそれの対象が1人に……なまえにだけなのかまでは、分からなかった。
なまえに関して言えば、ふとした時に嘉明は、なまえは今何してるんだろうかと思うことがあった。
獣舞劇の練習の合間だったり、仕事の待機・休憩中だったり、寝る前だったり…タイミングは様々だ。
一日に何度か、彼女のことを考える瞬間が毎日ある。
こんなにも家族以外の誰かのことを考えているのは、初めてかもしれないと、嘉明は気づいた。
(なまえと出会ってから、そういうことばっかりだな)
嘉明にとって不思議ではあったが、いやではなかった。
──表情の変化は乏しいが、笑むと花のような少女、なまえ。彼女は、嘉明の胸の内にすっかり住み着いてしまったようだった。
嘉明の日々に色濃い影を残したなまえだが、なまえ本人にそういった自覚は無いし、嘉明もなぜそうなったのかは、全く分かっていない。
──しかし、分かってないのは当人たちだけだ。
鏢局の同僚たちや、和解した嘉明の父親でさえ、嘉明のなまえに対する感情を理解している。しかし口は挟まず、見守りの姿勢だ。
嘉明の父親からしたら息子の恋に首を突っ込むようなことはしないししたくないしと言ったところで、同僚たちは嘉明がまだ自覚してないのは嘉明らしいと彼らは思っており、その相手がなまえだから彼らも変に触れたりしない。
鍾離が後見人だから……ではなく、なまえが様子を見ていると恋愛(というか自他問わず人の心の機微)に疎いと分かるため、だ。
変に触れてこじれたら、困る。
それに、まだ自覚してない初な嘉明と、ゆっくりと感情の成長をしているなまえを見ているのは、なんだかほっこりして嘉明の同僚たちはそれを良しとした。まるで雛鳥の成長を見ているような…そういう、ほっこりした感覚になる、らしい。
──余談だが、なまえが現在働いている往生堂の面々も、概ねそういった反応と考えだ。鍾離も彼らしく落ち着いた様子で見ており、ファデュイのタルタリヤも璃月にいた間はこの件でなまえに何か言うことは無かった。
そういった感じで周囲に暖かく見守られている嘉明となまえ。
気持ちが揃っている訳では無いが、自覚してないが好意を抱いている嘉明に、なまえが悪感情がないのは明らかだ。むしろ数少ない友人として、なまえは嘉明に懐いている。
ゆっくりと育んで行って欲しい。
周囲のそういった暖かな見守りの視線に気付かぬまま、嘉明となまえは共に過ごしていた。
「いい感じに煩悩めいてきてんね、なまえちゃん」
主のもとに近況報告を兼ねて戻った際に、主からそう言われ、なまえは空色の目を瞬かせた。
いつも通りのゆるっとした雰囲気と格好の主は、なまえの口に菓子を咥えさせながら笑う。
「いい出会いとかあったんだろうね」
「……いい人たち、に、囲まれては、います」
「そっか」
深くは聞かない主。
煩悩めいてきた……なぜそういう変化が自分に訪れたか分からず、なまえは楽しげな主を見ながら、菓子を咥えたまま首を傾げる。その様子に、他者の煩悩に寛容な主は声を漏らして笑いながら、なまえの頭を撫で回した。
「いいよ、いいよ。そのまんまいっぱい考えな」
本来なら誰もが経験してきたであろうことを、なまえは1000年を経て初めて経験している。自分が教え導いてもいいが、経験したほうがよりいいに決まっていると思い、主は耳を傾けることはしても決して口には出さない。
そんな彼の心を知らぬまま、己の変化に惑うなまえ。
彼女なりに考えながらも、咥えたままのお菓子をもぐ、と食べる。
ざく、っとした食感と、チョコレートの甘みが、口いっぱいに広がった。