カーテンコールは唐突に



特段不機嫌なところを見た事は無いが、機嫌がいい時があるこの男。機嫌がいいと、「踊りましょう」と言い、なんも言ってないのに私の手を取って立たせる。身長差のせいで踊ると言っても、腰を抱かれながらくるくるされるという感じだ。そもそも、踊れない。学も教養もないが、この男に振り回されるようにくるくるされてるのはダンスとは言えないとわかる。が、この男のステップが、ダンスの正しいそれなのかは分からない。

「少し、重くなりましたね」

ノンデリか、こいつ。思わず非難をこめた目で見る。男は、私の視線にも動じず、楽しげにしている

「あなたを拾った時、ガリガリだった。栄養をとれているようで、なにより」

言い方とかあるだろ、と思った。こいつは基本的に丁寧な態度なのに、たまにこういうとこで失礼を見せる。あと突然まともな気遣いされると、困るしなんか怖い。それから拾ったじゃなく、あれはさらったが正しいと思う。

(この男は、私をどうしたいんだろうか?)

囲われてしばらくになるけど、全く読めないし分からない。手を出してくるわけでもない。たまになぜか風呂上がりの私の髪を乾かしたりしてくるけど、そのあと普通に「おやすみなさい」と言って出ていく。かといって、何か働かせるわけでもない。この、ひとりがひきこもるにはちょうどいい部屋に私を繋いで、囲んで、私の瞳を愛でているだけだ。
考えてる私を見て、目の前の男は楽しそうに目を細めた。私をくるくる振り回すようなダンスをやめて、今度は抱えあげる。大人が子どもを抱き上げるように。正直、結構ないい歳なので、やめて欲しい。
片腕に載せるように抱き上げられ、不安定さから男の肩に手をおくと、男の片腕が伸びてきて私を繋ぐ鎖を軽く下に引っ張る。位置的に少し下にある男の目と、かち合う。

「こういうアングルから見つめるのも、素敵だ」
「……」

変で訳分からんやつだというのを、改めて思った。









──もともとは、違う星にいた。両親はルビコンに出稼ぎに行って、そのまま帰ってこなくなった。それから底辺の生活が始まって、何とか生き延びてた。
目立たないようにと汚れたりしていたのに、人攫いに捕まって人身売買組織に売られて、何の因果かルビコンに連れてこられた。
(多分)バイヤーの男が言うには、女はそういう店に売ると言う話だった。そして悲しいかな、私はかなりいい値段で売れるだろうと言われた。発育不良で背が低く幼く見られてるから、きっとそういう奴らに売られんだろうなぁと思っていたら、輸送船が揺れた。
轟音、爆音、怒号。
他に売られてきた子が身を寄せあって震えてる中、輸送船が大きく揺れて傾いて、転がる。頭をぶつけたりとかしたけど、私たちが入れられてた貨物室の壁に外側から大きな亀裂が入った。
外からの光に目を瞬かせたあと、その光に慣れたら亀裂から顔を出す。
輸送船につけられてた複数のMTが、黒煙をあげながら壊れていた。ACが何台かいて、輸送船の運転室?操舵室?を潰していた。

(──あ、逃げよう)

そう思って亀裂から体をよじって、でる。服が引っかかったり、肌が傷ついたけど、気にせずにでる。外の気温は低く、吐く息が白くなる。なんとかはい出たとき、大きな影が重なってきた。
影を見上げると、ACが私を見下ろしていた。

そのACにつままれて終わったなと思った。
そんであれよあれよと連れ去られて、部屋に放り込まれてから始まったのは、監禁生活だった。
私を連れてきた男は、機嫌よさそうに放り込まれて困惑してた私を見てた。

「まずはシャワーを浴びて、傷の手当ですね」

シャワー室に放り込まれて、洗われた。抵抗したけどそれさえも楽しんでた男。
人に洗われたことなんて幼少期のまだ1人で風呂に入れなかった頃に親に洗われていたくらいなので、慣れてるわけがない。いい歳して…しかも名前も知らない誘拐めいたことしてきた男に洗われて暴れて、疲れた。ぐったりしてると、脱出時についた傷を男は至極丁寧に手当してくれた。擦り傷とか、ちょっと深いくらいなのに。
手当をして満足気な男は、私の目を見つめながら「ご飯にしましょう」と言った。といっても私のいた星と違って、出されたのはレーションだ。機能食は味気なく、もそもそしていた。し、何故か男が食べさせたがった。

「…1人で食べられるけど」
「私がそうしたいだけです」

楽しげに私の目を見てくる、男。
訳分からんし、その分からんところが怖かったけど、今の所殺意とか害意はないし、隙を見て逃げよう。そう思いながら、体力つけるためにもとその時は大人しく食べさせられていた。

──なんて逃げる気力あったのは、最初だけ。
あの男はわざと逃げられそうな隙を作って、私を捕まえて連れ戻すのを楽しんでいた。
最近は首輪をつけて鎖で繋ぐまでしてきた、いよいよやばい。
が、手を出してこない。相変わらず、危害を加える様子もない。かといって、何かでこき使うとかもない。
この男が何をしたいのか分からんけど、この男が私の瞳をいたく気に入り、見つめられたがってるのだけはわかった。
何故ここに連れ込んだのかと聞いた時、「そのガラスのような瞳を気に入ったから」とうっとりとした表情で言いながら、男は私の目元を優しく撫でてきた。

「あなたはここにいて、私がいる間、私を見つめてればそれでいい」
「……」

シンプルに怖いなと思った。

だけど意外と寛容…いや、楽しんでるのかな?男は私の文句とか意見はきいて反映してくれるから、割と生活自体は快適だと最近気づいた。
これ多分飼われてるっていう非人道的なやつだけど、それさえ気にしなきゃお金かき集めてご飯用意する必要も、襲われるんじゃないかと警戒しながら寝る必要も無い。
ご飯とか必要なものは目の前の男が用意してくれるし、男は私を性的な目で見てないし寝る場所も別だから警戒する必要がほぼない。
そういう意味では、最高の環境だ。監禁されてるけど。

「状況を理解しつつ、私に媚びを売らないところも、素敵だ」

そうですか、はい。
このままでいれば養ってはくれる、らしい。多分。
とりあえず逃げても土地勘とか分からんし、いつ放り出されてもいいようにこそこそ準備だけはしておこうと思ったけど、この監禁生活は男…オーネスト・ブルートゥが死ぬまで、続いた。








──監禁生活何日目かは忘れたけど、これは養われるより飼われてるなぁって思った。つまり、そう、私はあの男にとってペットだ。…と、自覚した。自認してしまった。
だから、ペットなら快適さを訴えてもいいのでは?と考えた。(──後になって思えば、だいぶキていたと思う)
以前はその日のご飯を用意するための金集めに1日奔走していて、暇だと思う余裕なんかなかった。けどあの男にさらわれ、この部屋に囲われてから、あの男が衣食住全て賄ってくれている。ので、私は駆け回る必要などなく、日がな1日のんびり過ごせる。

監禁された最初は緊張していたし、逃げる機会を伺ってたけど、今は諦めた。そうすると、暇だと認識する余裕が出てきた。
暇と感じるのは両親が生きてた頃…人並みの生活が送れていたとき以来なので、地味に感動したけど飽きた。
ルビコンには生き物の気配というのがない。いや、囲われてるここがそういう地帯なだけかも。いずれにせよ、窓から野生動物見て暇を潰すとかもできない。景色眺めてぼーっとするのは、3日で飽きた。
じゃあ、室内で体でも動かすかと思ったけど、寝具とかの家具はあるけど、運動するための器具はない。ストレッチしたけど1日15分くらいしか集中力もたないし、3日で飽きた。
これはここに囲ってるあの男に、その責任を果たしてもらうべく暇だと次来たときに訴えようと思っていたら、

「どうぞ」

ぽんっと、端末を手渡された。
やったー!と渡されて手の中にある端末を見てると、頭上から男の声が降ってくる。

「私が居ない間、暇そうにしていたので」
「……」

なんで見てたかのように言ってんだ??と、端末から男に目を向けると、男の視線とかち合う。笑ってるのになんか不穏なものを感じさせる目が、微笑むために細められた。

「安全のために、カメラを置いてるんですよ」

絶対それだけじゃない、趣味かなんかもあるはずだ。それか見張り。
こいつは嘘を言わない、それだけはなんか分かる。でもほんとのことも言わない。言っても1部だけとか、そんな感じがする。
多分ペットの見守りカメラ感覚だ、そうに違いない。

思わず睨むように見てると、男は喉を鳴らすように笑って、私の体を抱き上げて、自分の膝に座らせた。そしていつものように私の目元を優しく撫でてきたけど、カメラの話聞いてたらなんかいやだと思って払った。
今度は楽しくてたまらないとばかりに声をこぼしながら、笑う男。…こいつは私が見つめたり、反応示すと喜ぶ。それがプラスな反応でも、マイナスな反応でも、喜ぶ。

「操作方法を教えますよ」

いつもより近い高さから、男の声が降ってくる。太ももやお尻から、布越しに男の体温や筋肉などを感じる。
私の手にある端末の画面を、男の指先が滑る。
私より長くて、ゴツゴツした指。
──噛んだらどんな反応するかと、ちょっと思った。
思って、想像してみる。
男が怒ったり嫌がったりすれば、ちょっとスッキリするかもしれないと思ったけど、思うだけにしておいた。









──男の指先が、私の髪の毛をすくう。
伸びてきては切って女だとバレないようにしていたのと、そういうのを換金できる場所に持っていったりしてたから、短くて長さも適当だった。
ここに連れられてしばらくしたら男が整えてくれたけど、あれは男の楽しみも兼ねてた、絶対。
まぁそんな感じで最低限整えられた髪が、少し伸びてきた。肩につきそうになってる髪は、洗う時とか乾かす時とかに自分で触ると、明らかに状態がよくなってると分かる。下から中になってる、みたいな。
お風呂に毎日入れるし、いいもん食べさせてもらってるからだ。これに関しては、こいつにお礼を言うべきかも。…いや、監禁されてるんだからおかしいのかな?──まぁいいや。

「毛艶がよくなりましたね」
「……」

似たようなこと考えてたけど、それってさぁ、なんかペットに対しての発言じゃあ…あ、現状ペットなんだった。じゃあ、こいつの言い回しや含みが正しい…のかも。
男は指先に私の伸びてきた髪を絡めたりしながら、私を見つめている。
目をそらすことだけはいやがるので、見つめ返しておく。こうしておけば、男の機嫌はよくなる。

「伸ばしますか?切りますか?いずれにせよ、少し整えたいですね」

聞いてるのか聞いてないのかよく分からん問いかけに、どっちでもいいと返す。男は少し考え込んで、「とりあえず長さを少し整えましょう」と私を抱えあげてハサミを手にすると、風呂場に連れていった。
ここにきてだいぶ成長したけど、相変わらず男は私をぬいぐるみか何かみたいに片手で抱えあげられるようだ。
AC乗りって、体も鍛えるのかな?それとも、手術で筋肉とか強くしてるのかな。
その辺の知識疎いけど、抱えあげる腕に触れてみる。
自分の腕と違ってゴツゴツしっかりしてて、ふーんすごいなぁとか思った。

「今日はスキンシップをしてくれるんですね」

素敵だ、と男は囁きながら、私の目元にキスをしてくる。
本当は目玉を口にしたい(らしい、前言ってた)けど、我慢してるからキスくらいさせてくれますよねと、男は問答無用で私の目元や瞼にキスをしてくる。
キスなのにいやらしくない。かといって、親愛を感じるわけでもない。正直、引くし、反応に困る。

風呂場について、椅子に座らさせられた。タオルを服の上からかけて、私の首周りを覆う男。
慣れた感じだ。前もこんなんだったかな?
この男は結構器用だから、もしかしたら自分で自分の髪を切ったりしてるのかもしれない。
なんて考えている間に後ろのほうの毛先は整えられて、男が前に回ってきた。

「前髪も切りますから、目を閉じてください」

ちょっと目に入ってたし、ついでに前髪も切るかと頷いて、目を閉じる。
ハサミが動く音と、男の動作に合わせた衣擦れの音が浴室にする。切られた前髪が、頬や手にあたって落ちていく感触がする。
──こいつの事をヤバい奴って認識してるけど、こいつが私を傷つけることは無いんだろうなって、なんでだか思ってる。
本来ならハサミ持ってる男と浴室に2人きりって、警戒とか恐怖覚える環境なのに、なんでか知らないけどそういうのはこいつに対して覚えない。

「終わりましたよ」

ゆっくり、目を開ける。
男の手が伸びてきて、頬を撫でる。
切った前髪がついていたらしい。
触れ方から、本当にそう思ってしまうんだ。
この手は絶対に、私を傷つけないって。
根拠の無い、確信があるんだ。

「前髪を切ったことで、より瞳が見えるようになって…素敵だ」

ちゅっ、ちゅっ、と、目元に唇が押し付けられる。
初めてされた時はゾワゾワして混乱した行為に、今は慣れてしまった。
自分とは違うぬくもり、唇の感触が当たり前になっている。
きっとそれは本当なら危機感を覚えなきゃいけないのに、全然そんな風にならない。かといって、もっとして欲しいとも思わない。
ぼんやりと、受け入れる。
それ以上のことはされないし、ここから暴力振るわれることもない。
それなら、─この男にとって─ペットを撫でるに等しい行為なんだろうなと思って、男が満足するまでされるがままでいる。
きっと拒否してもこの男は怒らないだろうけど。
ただ受け入れていたら機嫌よくなって、ご飯やおやつが豪華になることが多い。
ウィンウィンってやつだ。

(違うか、餌付けかも)

分からんしどっちでもいいか。
こうやって私は、この生活について考えるのを、少しづつ放棄していった。

「そろそろ、部屋に戻りましょう」

来た時のように、男の腕が私を抱えあげる。
歩けるんだけど、こいつは私をすぐ抱えたがる。最初拒否ったけど抱えられたらビクともしなかったから、諦めて楽させてもらってるってことにしておいた。

「もう少し、体重が増えてもいいですね、貴方は」

そうだろうか?だいぶ増えたと思うけどと考える反面、こうやってたまにまともなこと言われると普段とのギャップにちょっと困る。
そんな私をよそに、男は楽しそうに浴室を後にする。
男に抱かれながら、切られたまま無造作に浴室の床に散らばってる髪を見て、浴室を出た。男は、浴室の床の髪を片付けることも気にすることも無く、進んでいく。

(きっと)

こいつが私に飽きたらあんな感じで捨てられて、私もああ捨てられたのかって思うだけなんだろうなと、何となく思った。









──深く沈んでいた感覚から、ギュウッと胸の奥から掴まれるような感覚に引き戻される。──起きるんだと理解したと同時に、見開いた目で天井を見つめる。
バクバクと心臓が、主張する。
首や背中に嫌な感じの汗が張り付いて、息も浅く繰り返していた。

(……怖い夢、みていた)

そうは理解したけど、どんな夢だったかイマイチ分からない。そこまでは覚えていない。ただ漠然と怖い夢をみて起きたのだというのだけは理解し、ため息をついた。

「……どうしました?」

隣から聞こえてきた声で、ようやくいつの間にか隣にアイツが寝ていたことに気づいた。いつの間にベッドに入ってきてたんだ……というのが度々ある。気配を殺すのが上手いんだろうなと、ぼんやり思いながら男の問いかけに答えず、男を見ていた。
男は半身をあげて、私の顔をのぞきこんできた。

「夢見でも悪かったのですか」

そう問いかけながら、手を伸ばしてきた。
思わず─無意識に─びくつくと、それ以上手は近づいてこなかった。
いつもは平気なのにと1人罰が悪くなっていると、男はしばらく考え込むような空気を出した。……かと思うと、ニッコリと人好きするような微笑みを浮かべた。

「飲み物を持ってきますね」

そういってベッドからおり、服を着る男。
……何か知らんが、こいつは寝る時に全裸か薄着だ。今日は全裸の気分だったようだ。全裸やめて欲しい……。いくら襲われないとはいえ、普段自分が使っているベッドで男が全裸で入ってくるとかホラーだし、純粋に気持ち悪い。
……いやなことに男の全裸を見て、逆に冷静になってしまった。
ベッドから半身を起こして、汗ばんでいた首筋を撫でる。汗はだいぶ引いてるけど、明日朝になったらシャワーを浴びよう。
そう思いながら3角座りしていると、男が戻ってきた。
私のマグカップから、白い湯気がたっている。

「ホットミルクですよ」

純粋な牛乳じゃない。ルビコンでは畜産とかできない。ミールワームの飼養くらいだと、以前この男から聞いた。代用品のミルクだけど、そこそこ美味い。

「……ありがとう」
「いいえ」

受け取って、口をつける。
純粋な牛乳の甘さや旨みには程遠く、なんか物足りないんだよなぁという風味が口の中に広がる。冷めてたらあんまり美味しくないんだけど、ホットにするとホットミルク風味になる。ので、まだ飲めるし、割と美味しい。
ちびちび飲んでいる私の隣に、男が座る。
じっと見てるけど、観察とかする感じでは無いので、特に文句言わず視線を受けながらゆっくり飲む。
暖かな液体が体の中をすとんと通っていく。お腹の中が、じんわりと熱を宿す感覚がある。一過性のその感覚に、ほっと息をついた。

「眠れそうですか」

息をついたタイミングでそう聞かれ、……なんだか見るのが少し恥ずかしく感じ(というか男がパンツ履いてないので、見たくなかったのもある)、男の方は見ずに頷いた。
男は私の手からマグカップを受け取ると、サイドテーブルにマグカップを置いた。

「そういう夜も、ありますよね」

それだけ言って、寝ましょうと布団めくってベッドに潜っていく男。
男に遅れて、布団に潜る

(……ああ。気遣われたなぁ……)

この男は破綻していると思う。
悪い人間だと分かっている。
けれど察する能力高くて、さらに気遣いまでしてくるから……どうしたらいいか、分からなくなる。
今も、そうだ。
普段なら鬱陶しいくらい触れてくるのに、起きたときの私の反応を見て、触れてこない。

(……ずるい、人間)

好きだとも思えない、けど、嫌いにもなれない。
なんとも言えない感情を覚えながら、目を閉じた。









──永遠に続くことは無いと分かっていた。
終わるとしたら、飽きて捨てられるときだろうなと漠然と思っていたから、これは正直想定外だった。


「──まさかあのクズ……うちから商品や情報をくすねただけじゃなく、監禁までしていたとはね」

憎々しげにそう言っているのは、カーラと名乗った女性だ。
久しぶりに出た、部屋の外。
連れ出したのはあの男ではなく、目の前のカーラ……が率いている、RaDというドーザーの集団だ。

突然、あの部屋に押しかけられた。
見るからに治安悪そうな人間がなだれ込んできて、驚きとかで固まってしまった。彼らは彼らで私という存在が想定外だったらしいし、何より首輪と鎖に繋がれているのを見て引いていた。
そんな彼らが私のことで判断を仰いだのが、カーラらしい。自らやって来て、「外してやりな」と部下たちに私の鎖を切らせた。首輪に関しては、カーラが外してくれた。
すっかり慣れてしまっていた首輪がなくなって、首元をさする。「痕は消えるさ」と、カーラは言った。
その時になって、痕が出来ているのかと気づいた。

カーラは私を部屋から連れ出して、話を聞いた。なぜ、あそこにいたのかという点については、最初から最後まで素直に話した。
それが、冒頭のカーラの反応につながる。

「アンタも災難だったね。1度はアレがうちにいたんだ。野放しにしてしまったから、星外に出るくらいはしてやろうかね」

いたく、同情されたのは、分かった。本当はそこまでしなくてもいいのに、カーラという女性の人柄的に私を逃がすことまではしてくれるらしい。
そして……アレが、誰を指してるのかも、なんとなく。

「あの男、は、どうしたんですか?」

私に飽きてる様子は無かった。し、普段のあの男見てて思うのは、破綻してるし破滅的なとこもあったけど、迂闊なタイプではないってことだ。
だから私を囲ってるあの部屋は、ある意味安全だと思ってた。そこに踏み込まれたということは、あの男が私を遺棄したか、何かあったということだ。

「あのクズなら死んだよ」
「──……そうですか」

あの男も死ぬんだ、と、思った。
それだけだった。
驚きはあったけど、悲しさとかはなかった。

「あの男のことは、悪い夢でも見てたと思って、ルビコンでのことは忘れた方がいい」

若い女が繋がれて監禁されていた。
その事実だけ見たら、心に傷をおうことだと、カーラは分かっている。だからこういうことを言ってるんだろうけど、酷いことはされてないので辛かったなっていう感情はなかった。
ただ、喪失感というほどのものではないけど、いつの間にかあの男といるのが当たり前になっていたんだなという感情だけが、残った。




ルビコンは封鎖されていたけど、出る分には緩かった。
入っていくのは惑星封鎖機構の監視だとか色々あるけれど。
私はカーラが逃がしてくれて、ルビコンから遠く離れた星で過ごしていた。
独立傭兵レイヴンが「レイヴンの火」という未曾有の事件を起こした時、あのままあそこで囲われていたら私も焼かれて死んだんだろうなと思った。

たまに、本当にたまに、ルビコンでのことを思い出す。
私をさらって囲ったあの男との、名前の付けようのない、穏やかな日々のことを。
踊りましょうと私を勝手に抱えたりしてきたな、とか。食料が乏しかったルビコンで、私に食べさせることを優先してくれていたなとか、色々。

あの男が私に注いでいた感情の名前も、知らない。
もう首輪の痕も消えつつあって、男の声も忘れている。

「──……"正直者オーネスト"・ブルートゥ」

男といる間は呼ばなかったし、なんなら忘れていたその名前は、カーラが忌々しげに口にしていた。
彼がカーラに何をしたか知らないし、興味もない。(もはや知る術もない)

けれど、……不思議と、あの男の存在を私は生涯、忘れないだろう。
そういう確信のない根拠が、あった。

(あの男、私の名前、知らなかったよね)

名乗った覚えもないし、呼ばれた記憶もない。
私に関することはきっと何一つ抱えず、あの男は死んでいったんだろうな。
なんだかそれが少しだけ、悔しいなと思った。

私があの男に対して思うのは、それだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。

だけど、そう。
もう二度と、お前が執着したこの目でお前を見てやることは無いね、ざまぁみろ!とだけ、思っている。

それくらいなら許されるだろうと思いながら、私は、あの男が1ミリも関係しない日々を、生きていく。



prev | list | next

top page