ピアスと指先



「ピアス、開けたい」。
おしゃれに興味を持ち始めたとき、一度は抱くかもしれない願望。それを、どちらかが言い出した。正確に私とチリ、どっちが先だったかなんて覚えてないけど、二人で話しているときになんとなく一緒に開けてみようかという話になった。だけどおそろいとかはしなかったのは、私達らしい気がした。

「自分も興味あったんやな」
「なんとなくね。でも、1個でいいかなぁ」

あんまりジャラジャラしているのは私には似合わないというか、耳たぶが小さいから不安。
そういったことを言いながらピアスを見てるとき、不意にチリが耳たぶに触れてきた。

「ホンマやな。ちっさくてやわこい」

少し目尻が下がっている目を細めて、チリは笑った。

「…チリは、どうするの?」
「せやなぁ。チリちゃんも最初は、1個でええかな」
「なんか、シンプルなのも個性的なもの似合いそうだよね」
「ホンマ?そんなら、やっぱりちょっとずつ増やしてこかな」

そんな他愛のないことを話ながら、自分のピアスをそれぞれ選んで。ピアッサーもネット見ながらよさそうなのを買った。
ファーストピアスの他に、チリはシンプルなシルバーのピアス。私は、緑色の小さいピアス─思えば、このときから、小物とかは緑のものを選んでいた─にした。

店を出るとまだ明るい。
日没まで時間が少しずつ、短くなっていくような時期だった。
まだ汗ばんで、シャツが肌に張り付く。
今ほどではないが、このときから長かったチリの髪は、温い風に揺れていた。

帰り道、拳2つ分ほどの距離を保ちながら、私達は並んで歩いた。
チリの影に自分の影が重なっているのを見ながら、ぼんやりとチリに問いかけた。

「チリは、自分で開ける?」
「んー?その予定やけど」
「すご…。怖くない?」
「開けるのに今更やな、それ」

チリは、楽しそうに笑う。
目を細め、唇は弧を描いている。
西日を受けてるからか。いつも見慣れているはずの表情が、いつもと違って見えた。
なんだか少し、遠のいていく気がした。

「…そう、だけどさぁ。自分でやるのは、怖い」
「でも、開けたいんやろ?」
「うん。…あ」

思いついたと同時に、それは私の口から滑り落ちていた。

「チリが、私の耳にピアス穴開けて」

珍しくまぁるく見開いたチリの赤みを帯びた目が、私を真っ直ぐに捉えていた。





「そのピアス、まだつけてるんだね」

久しぶりに会ったチリの耳は、前見たときよりもピアスが増えていた。そんな中、変わってないのはあのときに選んだピアスだった。数年たった今も、チリはあのときのピアスをつけている。
適当に作って出したサンドイッチに手を伸ばしながら、チリは答える。

「自分も、あのときのピアスまだつけてるやん」
「私は、これしか持ってないからね」

正確に言えば、これ以外持つ気がない…のかもしれない。
他はいらないってなっている自分に、正直引く。──なんて思っていることも、その理由も、チリに話す気はないし、悟らせたくはない。だから、なんてことないかのように答えておく。

「チリは?たまに増えたり減ったりしているけど、それだけはずっとつけるよね」
「当たり前やん。このピアスは、特別なんやで」

柔らかく目を細めながら、私を見て言う。
特別という単語に、笑っちゃうくらい単純に、胸の奥が跳ねた。

「特別?」

精一杯平静を装って、聞き返してみる。
気づかないでという思い半分、見抜かれていたらなにか変わるかなという思い半分。

チリは、私の気持ちなんて知っているのかいないのか。いつものように、人懐っこく笑っている。

「あのとき、自分が開けてくれたピアス穴にいれた、青春の思い出のピアスだからや」






冗談めかしていいながら思い出すんは、ぱっと閃いたかのように提案したなまえの顔。

「チリが、私の耳にピアス穴開けて」

予想外の提案に、自分の目が丸くなるのがわかった。

「…は?や、でもな…チリちゃんもな、人にやるんは自信ないで?」
「私がやっても同じだよ。それに、チリになら任せられる」

いっっぺんの曇もゆらぎもなくな、見てきてな、そんな事言うんよ。
秋につま先突っ込んでる時期。まだ蒸し暑うて温い空気漂う中、なまえの目ははっきりとした熱があった。…ような気が、当時はしたんや。
だからそらしたり、断ったらなんや…かっこ悪い気がしてもうてん。

「…わかった、チリちゃんが責任持ってやったる」
「!ありがとう」

ほんでぱっと瞳の中の熱が散ったと思ったら、まろやかに笑うんよ。…ほんまに、ずるい子やな。

「その代わり!チリちゃんのピアス穴も、なまえが開けるんやで」
「…え?!む、むり!」
「自分もやらせるんやったら、やるべきやろ」

及び腰になったなまえをなんやかんや言いくるめて。その勢いのままに、なまえの部屋でお互いにピアス穴を開けることにした。
ベッドの上で向き合って、ぎゅっと目を閉じてみないようにしていたなまえはおもろかったし、

(ほんま、かわええな)

そんなことを思いながら、小さいけれど柔らかい耳たぶに手を伸ばした。
柔らかな髪をかき分けて、触れる。
保冷剤で冷やしたから少し冷たい耳たぶを指先でつまんだとき、なんだか恥ずかしいことをしているような気になった。から、ほんのちょっと、ためらった。

「…チリ?」

訝しんだように、なまえが見てくる。
ピアス穴を開けてほしいと言ったときのように、まっすぐに。
自分の中の動揺を見られている気がして、気づかれないようなんでもないと言った。

「今から消毒して、やるで」
「う、うん」

注射を我慢する子どものように目を閉じたなまえ。
気づかれなかったと安堵する反面、今からやることへの高揚だったり心配だったり、そんな気持ちがないまぜになったんは、覚えとる。

「マーキングペンで印つけるけど、どことかあるん?」
「そんなに耳たぶ広くないから、耳たぶの下らへん。なんとなくでいいよ」
「そういうとこ大雑把やな、自分」
「ふふ。チリに、任せるよ」

いつもではない。たまに、なまえは、こうやって任せてくることがある。
なんの躊躇もない、当然のように、流れるように任せて、委ねてくる。それが重く感じんことを、当たり前のように思った。けど、これ─突然委ねてくること─をなまえ以外のにやられたら鬱陶しいということに、あとになってから気づくんや。チリちゃん、意外とこういうとこ鈍感やったんや。
なまえだから気にならんかった・受け入れられていた、ってことに。

「──できたで」

鏡を渡して、ファーストピアスを入れた様子を見せる。
ピアッサーで穴開けた瞬間だけ、少し肩を跳ねさせただけで、なまえは落ち着いとった。
鏡を受け取って左右の耳を見て、なまえは満足げに笑った。

「ありがとう、チリ」
「どういたしまして〜」
「じゃあ、次は私だね」

最初はやれへん・できる自信ない言うてたのに、やるとなったら躊躇なくなるとこがほんまおもろいなぁ。
そう思いながら保冷剤で冷やして、ここと消毒したあとにマーキングペンでなまえに印つけてもらった。

「この辺、だね」

そっとなまえの両手が伸びて、耳に触れてくる。
壊れ物を扱うような触れ方に、ちょっとだけ、くすぐったかったし、ちょっとその…ゾクゾクした。耳弱いこともこのときに、自覚したんや。

なまえは丁寧にマーキングペンで印をつけた。
ずっと指先は優しくて。あ、これほんまなんかめっちゃ恥ずかしいことしとるやんって、そっちに意識が持ってかれたとき、ガチャンって、音がした。

「右はできたよ、チリ」
「は?!え、はや!自分ほんま、こういうときの思い切りなんなん?」

思わずそうつっこんだら、なまえは開けたところにファーストピアスを入れながら答えた。
耳元に近づいているから、喋るとなまえの吐息が耳に当たって、声が出そうになったんをすんでのとこで飲み込んだ。

「だって躊躇してもたついて失敗するの、やだったし。チリに痛い思いとか、初めてのピアスで失敗させてくないし」
「…えー。チリちゃん、めっちゃ大事に愛されてるやん」
「うん、そうだよー」

軽口の応酬のはずやった。
はずやったけど、右耳のファーストピアスにやたら意識いってもうたし、左耳にファーストピアス入れるまでの感触だとか、なまえの指先の感覚だったり、手付きの優しさだったりが残ってる気がした。
柄にもなく、ほんまに柄にもなく、

「一緒にピアス、開けちゃったね」

まるで秘密でも見つけたように笑いながら言うなまえと、そんななまえに開けられたピアスにどうしようもないくらい・どうにもできないほどの特別感を抱いてしもうたんや。






(それを、なまえは知らんからなぁ)

なまえのとこからの帰り道、色々思い出しながら歩く。

ファーストピアスを抜いたあと、セカンドピアス…あのとき選んだピアスを入れるとき、今度は自分からなまえにセカンドピアス入れてほしいと言ったんや。そしたらなまえが、じゃあ自分にも言うて、セカンドピアスもお互いに入れたんやけど…なまえのピアスの色が緑色で、チリちゃんの髪と同じやん!ってなって。しかもそのピアス、ずっとつけてんねんで。メンテナンスとかして、大事に、だいっっじに使ってんねんで。
あかんやん…そんなん、なんかほら…期待してまうやん?

(でもなんか、それ知られたらかっこ悪い気する)

でもな、なまえ。
チリちゃん、思うねん。

この特別感と似たようなもの、なまえもチリちゃんに向けてくれへんかなって。

(そんなことを思ってまうのになーんもできへんチリちゃん、ほんまかっこわる〜)

心のなかでつぶやきながら、ピアスに触れる。
もう、触れたり触れられたりなんて簡単にできるほど、チリちゃんもなまえも、子どもじゃなくなってもうた。
記憶の中のあのときのなまえの指先の感触は、なぞれへんかった。



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