小さな熱
実際に肌が音を立てて焼けているわけではないけど、強い日差しの下だとそういう感覚になる。帽子を被っていてもう焼け石に水のようだ。それに、かぶって歩いていると頭皮の汗で蒸れる感じがするから、あまり長時間は被っていたくない。
顎を伝う汗を拭いながら、少し恨めしく日差しを眺める。数年前、こんな中冒険していたのか〜とか、ちょっと感慨深い気持ちもでた。だけどそんな些細なノスタルジーな感情は、熱いという不快感ですぐに霧散した。
農作業が家業だと晴れの日は嬉しいこともあれば、こういうふうに恨めしくなることもある。特に今年は雨が少なくて、作物によっては厳しい年になりそうだ。
──なんて、職業病というか。習慣めいたことを考えながら、待ち合わせしていた店に入る。
焼き付くような日差しに照らされて、気管まで熱に満たされそうな熱風を浴びてきた体に、店内のクーラーの風が汗と一緒に体にしみるような気がした。
店員に声をかけられ、先に来ている人がいるからと言って、スマホに来ていたメッセージを思い出す。
(窓際、と)
そちらに視線をやれば、同じ方向に他の人が座っていても、いやでもすぐにその人を見つけてしまう自分に思わず笑ってしまった。
「おまたせ、チリ」
メニューを見ていたチリは、声をかけると顔をあげた。
「おつかれさん。暑かったやろー?飲み物は先に頼んどいたで」
「ん、ありがとう」
帽子を脱いでそれで扇ぎながらチリの前の席に座って、チリが頼んでくれていたアイスラテに手を伸ばす。
喉を伝って、内部からじんわりと冷たさが広がった感覚はほんの一瞬。だったけど、冷えていくような感触はこの季節は気持ちがいい。きっと、水を得た植物やくさタイプのポケモンもこんな感じに違いない。
一息ついた感じになっていると、チリはメニューを向けてきた。
「チリちゃんはもう決めたから、自分も選びー」
「うん、ありがとう」
いつもチリは、こうだ。
待ち合わせすると私より先についてて、私の好きな飲み物を注文したりとかしてくれている。
その気遣いが嬉しい反面、
(私以外にも、こういうことしているのかな)
なんて、思ってしまう自分が、心底嫌い。
「……このパンケーキにしようかな」
「ん。それじゃ、呼ぶで」
店員さんを呼んで、それぞれ頼む。私は白桃のパンケーキ。チリは、季節のフルーツのパフェとパンケーキのセットを頼んでいた。
痩せてて背が高いチリは、いわゆる「痩せの大食い」。カロリーは多分身長に回っているんだろうなと思いながら、思わず自分の二の腕をつまんでしまった。
…お腹周りは、大丈夫なはず。
「?なに自分の腕つまんでるん?」
「…めざとい」
「そら目の前でやられたら、気づくやろ」
「そうだけどさー…。ちょっと、痩せたほうがいいかなとかね、思ったの」
別に隠すようなほどでもないし、そういう事言うことに恥じらうような間柄でもないから、素直に言っておく。黙っておくと逆にチリは、気になる!って気にしてくるし。
私の言葉に、チリは目を瞬かせた。
「なんで?太ってへんやろ」
「…と、思うよ!」
最近体重計乗ってないから正確にはわからないけど、多分きっと、おそらく。太ってはいない。
自信はない。夏バテ対策とか言って、ご飯しっかり食べてるというか、食べすぎているかもしれない…。
「じゃあ、痩せんでもええやん」
アイスコーヒーを飲みながら、あっけらかんとチリは言う。
思わず、ジト目になってチリを見たのは、悪くないと思う。
「だってさ、チリ、私より食べるのに痩せてるじゃん。だからこう、気になっちゃうっていうか」
「チリちゃんやから太らんのや」
「なに、それ」
ぽんぽんかわす、軽いやりとりが、心地いい。昔と何ら変わらない、中身なんかあってないような会話。ぬるま湯というほどではないけど、ほんのり温かい友達のような関係性。それにどうしようもなく安堵するけど、もどかしさも覚えてしまう。
相反する感情は、アイスラテを流し込んで飲み込んでおく。
「それにな、チリちゃんは自分が痩せるんは反対や」
「なんで?」
アイスコーヒーが入ったコップをテーブルに置いて、真剣な顔でチリは見てくる。
今までの会話のどこに、そんな顔をする要素あったかなって、思わず首を傾げる。
「自分は今くらいがな、やわこい感じがして、ええんよ」
「……」
「……あ、あかんな!今の、面接官としては、言ったらあかんな!」
急に恥ずかしくなったのか。チリが慌てる。ごまかすように言った内容も、プライベートで私たちの間にはあまり出てこないような要素だ。その様子を見てたら、なんだか冷静になったけど、同時に動揺していたことを自覚してしまう。
「……いいんじゃない?今は、ポケモンリーグの面接官チリじゃないし。言ったの、私相手だし」
おまたせしました〜と、柔らかい声がかかる。自然と声がしたほうに目を向けると、接客スマイルの店員が、パンケーキを運んできていた。
二人分のパンケーキが、テーブルに並ぶ。
パフェはもう少ししたらお持ちしますね〜。って、私達の空気感なんか気づいてないかのように、店員はにこやかに去っていく。白桃とアイスが乗った私のパンケーキは、キラキラしているようで。チリがセットで頼んだスタンダードなパンケーキは、ふんわりと柔らかさが伝わる。
「せ、せやな。なまえも、嫌やないんなら、ええ」
食べよかと、チリはフォークを手に取る。うなずいて、私もパンケーキと一緒にきたフォークを手にする。
みずみずしい白桃をひとつ、メープルシロップをかけ終わったチリのお皿に載せる。
「あげる」
「おおきに」
いただきますと声が、そろう。
(「やわこい感じがして、ええ」…って、)
なんかすごい、すけべな褒められ方のような気がして。でもいやじゃない、恥ずかしいけど嬉しいとか考えてしまう自分の心と頭が冷えるようにと思いながら、アイスを崩して白桃と絡めて口に運ぶ。
桃もアイスほどではないけど冷えていて、口の中はひんやりとしたけど、しばらく私の中の熱は、引かなかった。
深く考えればドツボにはまるとわかっていたけど、その日はちょっと頭から離れなくて、喉元過ぎれば熱さを忘れるとばかりに、もうなんてことないみたいにいつものように話すチリが、恨めしくてたまらなかった。
あかんかったなぁと、家に帰って完全に一人になった途端、思った。
やわこい感じがしてというのは、時々思っていたことだけど。もっとこう、言い方とかあったやろと思ってまう。ちゃう、いつもはもっとこうな?スマートに言えるはずなんやけど。……あとは、立場上、コンプラ研修もっかい受けといたがええかもしれんなぁ。
──言ってもうたとき、なまえは目を丸くしとった。
あ。と思ったときには、なまえの顔がうっすら赤くなってて。だけど、少し目を伏せるだけで、いやがった様子はなかったんは、安心した。
でも赤うなっとった時点で、絶対下心悟られとったと思う。そうでなくても、なんやニュアンスちゃうなぁとは思われとったな。あの反応見る限り。付き合い長いと、お互いそういうニュアンスの違いがわかるときあるから。ええと思う反面、こういうときはほんま…って、自分のやらかしが恥ずかしくなってまう。
(なんや…チリちゃん、欲求不満なんやろか)
きっと今日食べたパンケーキよりずっと、なまえは甘くてやわこいんやろなぁ。
あかん……本格的に欲求不満かもしれへん。
一人でなんて虚しいだけやし、触れたいし触れてほしいが加速するだけなんや。
(なまえも……、チリちゃんに対して、そういうもん感じてへんかな)
だってこんなん、チリちゃんばっかりなんて、悔しくてずるいやん。
ちょっとくらい、なまえがチリちゃんにドキドキしたり、ムラムラすることあったって、ええやん。そうやったら、嬉しくてしゃあないんやけどなぁ。
……やっぱちょっと、シよかな、今晩。
終わったら虚しいんやけど、なまえのことでするんは、嫌いじゃないどころか、うん。
──ええ、から。