死にながら生きながら

 墓地で良い年した男女がふたりで泣いているとかホラーだ。
 
 みさきは真っ赤になった目をこすりながら笑った。目の前ではいつもの虚勢を取り戻した海斗が同じように目を赤くしながら『なにもありませんでした』というようにそっぽ向いている。

 恥ずかしさの裏返しなのがよくわかる。じっさい、彼の耳は真っ赤だ。

「あー……あはは、私達ダメだねえ。こうちゃんがいないと、ほんと何にもまとまらなくて」
「そうだな」
「よく考えたら、ちゃんと生きてるのがカイだってわかりそうなのに、私ったら」
「お前の気持ち、良く分かるよ」

 赤い瞳のまま、海斗はいつもより少しだけやわらいだ笑みを浮かべる。

「笹岡、鼻赤い」
「うっ」

 鼻の頭を摘ままれてみさきは呻く。

「やめてよ、カイだって赤い」
「なあ、笹岡」
「なによ」
「礼に、最後に一回だけ『琥珀』の真似してやろうか」
「え……」

 高い位置にある彼の顔を思わず見上げる。

 それは在りし日の琥珀のようで――みさきはまた一瞬、淡く醜い希望が湧いたことを後悔した。

「い、いいよ」
「そう言うな。俺達は入れ替わり歴が長いからな、反応も仕草も本人そっくりな自信あるぞ」

 自分で言いながら、彼はもっともだと思う。
 
 だって自分は時に『琥珀』であり、死んだ彼は時に『海斗』であったのだから。双子の片割れ以上に、自分は彼で、彼は自分の一部だった。

 そしてその大事な一部は、もう死んでしまったんだ。

 彼はわらう。

「自慢にならないわよ、悪趣味ねー……」
「ごめん。でももう、それくらいしかお前に返せない」

 こつん、と額を合わせて彼は穏やかに言う。

「俺の為だと思ってくれないか」
「……」
「これが、俺たちにとっての『琥珀』の最期だと思って、なにか」

 海斗の手が、ゆっくりとみさきのマフラーのずれを直す。いつかの琥珀とそっくりな何気ない仕草で。

『――寒い?みさき』

 そう、訊いてくれそうで。

「……こう、ちゃん」

 もう出てこないと思っていた涙が、また溢れてくる。最後にもう一度、彼に縋ろう。そして大きな傷をつけてもらおう。

 そうしてこの冬、この瞬間を切り取って、胸に仕舞おう。

 そうすれば生きていける。
 一生の傷として――

「私の事、好きだった?」

 大好きなのに、何も教えてくれなかったあなた。私の為に自分を傷つけながら私を守ってくれたあなた。
 最後まで――私を大事にしてくれたあなた。
 もう一度聞きたい。
 もう一度、あなたの口から、

 彼がわらう。
 少しはにかんだ顔をして、みさきの耳元に唇をよせて、


「           」


 囁く。


「私たち、こうちゃんいないと駄目だけど、駄目なりに頑張ろうね」
「ああ」
「こうちゃんに甘えるのもこれまでにしないとね。さよならしないとね」

 海斗の頬を両手で包む、みさきは下手くそながら、へらっと笑ってみせた。

「それでも生きていてよかったって、いつか思えるといいね」

 涙の向こうの彼が、不器用に笑った。







 季節はめぐり、再び夏。
 あの事故から一年、みさきは復学した。右手はかなり動くようになったが、ピアノを本職にしていくのは難しくなりそうだ。

「カイ―お水汲んできてよ」
「はいはい」

 みさきは今日も琥珀の墓の前にいる。
 海斗が水を汲みに行ったのを見計らって、みさきはこっそりと語りかける。彼が其処にいないと、分かっていても。

「こうちゃん。海斗ね大学辞めて家を出たんだよ。今は遠くで一人暮らししてるの。ちゃんとお仕事もしてるんだよ。スポーツ関係の」

 わたしはね、と続ける。

「ピアノを弾く職業は無理かもしれないけど、音楽関係の仕事に就こうと思って勉強してるんだ。頑張るね」
「水汲んできたぞー掃除手伝えよ。と、その前に。こは、今日もきたぜー」

 海斗が手を合わせている姿を、みさきはすぐ後ろから眺める。
 みさきは墓に手を合わせない。彼はそこにはいない、だから必要ない。

 でも、彼を偲んでいないわけではないのだ。


『私の事、好きだった――?』

 あの日『彼』にした最後の質問を思い出す。
『彼』が耳元で囁いてくれたあの言葉も、まだ鮮明に思い出せる。


『――いつも、これからも、大好きだよ』


「私も――大好きよ」

 私はこの気持ちをいつまでも抱き続けるだろう。あなたが此処にいた、証明として。

 夏の風が吹く。

 閉じた瞳の奥で、今はもういない彼が、笑った気がした。


20160913 END
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title 彼女の為に泣いた
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