クリスマスイヴの並木道、名前との待ち合わせ場所に向けて歩いていた。すれ違う人は皆なんだか嬉しそうな顔をしている。たかがクリスマス、こんな寒くて何が嬉しいんだか。浮かれる気持ちがわからなくて、俺にはなんだか知らない顔に見える。
待ち合わせの駅前のバス停の前、時間まではまだまだあるはずなのに、そこにはすでに名前が立っていた。待ちぼうけている名前は白い息で両手を温め、腕時計を見ては辺りをきょろきょろと見回している。
その様子をジッと見ながら歩いていると、どうやら俺に気がついたらしい名前がパァッと顔を綻ばせた。
「あ、百之助さん!」
「……待ったか」
「ううん、全然。いま来たとこだよ」
嘘つけ。頬が寒さで赤くなってんじゃねえか。それでも名前は赤い頬を緩ませて微笑んでいる。クリスマスに合わせてネイルを変えただの言って見せてくる手を取ってみると、ひんやりと冷たくて俺の手の熱をどんどんと奪っていった。
「百之助さんの手はあったかいね」
「ポッケに突っ込んでたからな」
「それは危ないよ」
もうポッケに突っ込まないようにと名前は恥ずかしげもなく俺の手を握った。そんなこと言いつつ名前が俺の手で暖を取っていることに俺は気付いている。名前はわかりやすい。名前は俺の手に指を絡めて満足げに歩き出した。
「人気パティスリーのクリスマスケーキが予約できたんだよ。それを受け取りに行きながらイルミネーションを見ようかなあって」
そしたら定番のチキンを買って一緒に帰るんだと。そう話しながら上機嫌で歩いている名前の肩が、向かいから歩いてきた誰かとぶつかったようだ。わわっと小さく声を上げてよたつく名前の肩を掴んで振り返ると、アッと言うような顔をしたサラリーマンと目が合った。
「あ、ごめんごめん!」
「おい、どこ見てんだよ」
「ヒッ!? す、すみませんッ!」
軽い調子で謝るリーマンを睨みつけると、奴はすぐさま頭を下げた。優しい名前に大丈夫ですよ〜気にしてませんから〜なんて言われたリーマンは、ペコペコと頭を下げながら逃げるように逆方向へ歩いて行った。
「大丈夫だから、怒らないで?」
「怒ってない」
と言うのは口だけだ。あの男を許せずにいる俺はまだ怒っている。だがそんなこと素直に言えるわけもなく、嘘つきな俺は名前の肩を抱いて歩き始めた。
せっかくのクリスマスなんだから、と少しむくれて名前は言う。今夜は特別な夜なんだと。それを聞いて俺は、今夜くらい優しくできないのか? 肩をぶつけただけだろ? 名前と楽しく笑いたいだろ? と心の中で自分自身に言い聞かせた。
「わあ、綺麗。おもちゃ箱みたい!」
イルミネーションで彩られた街は通行人も含めてまるでおもちゃのようだった。その景色を名前は目を輝かせて夢中で見ている。そんな名前の顔を、イルミネーションなんかそっちのけで俺は見ていた。数多のまばゆい光に照らされた嬉しそうなその顔が、何よりも綺麗だと思ったから。
「あっ! 見て!」
「ん、なんだ?」
「流れ星! 百之助さん、見えました?」
「……いいや」
名前が声を上げて指差した先を見たが、どうやら星は瞬く間に流れてしまったらしい。周りも聖夜の流れ星に沸いていて俺だけが見逃したような気になってきた。どうしていつも、俺ばかり。あーあ、うまくいかんもんだな。
けれど、今日はそれでもいいと思えた。
「見れなくて残念だったね」
「いいや、構わねえよ」
お前のほうけた間抜け面が見れたからな。と言いかけて口を噤んだ。今夜くらい優しくできないのか、と思ったばかりだろうが。……今夜くらい優しくなれないのか? 今夜くらい素直になったらどうなんだ?
「……あんたの綺麗な顔が見れたから。名前が見れたんだったらいいと、そんな風に思えた」
もう星は流れないであろう空を見上げながら柄でもないことを口にした。何も言わない名前を見ると、照れ隠しなのかなんなのか視線を彷徨わせながら手のひらに白い息を吹きかけていた。そんなんで暖が取れるかよ。鞄からガサガサと小さな紙袋を取り出し名前に差し出した。
「ほらよ」
「えっ、あ! もしかしてプレゼント?」
「ん」
「わあ、ありがとう! 開けてもいい?」
「ああ」
かじかんでいそうな細い指で包装紙を丁寧に丁寧にぺりぺりと剥がし、小さな箱を開けて中身を取り出すと名前はあふれんばかりの笑みをこぼした。
「手袋だ! かわいい!」
「いつも手を冷たくしていたから」
「ふふ、手袋も百之助さんの気持ちもあったかいね! ありがとう、本当に嬉しい。大事にする。大事過ぎて使えないかも」
「ふざけんな、使え。今すぐに」
見かねて手袋をつけてやると名前にぴったりで内心ほっとした。名前は手袋をつけた手を握ったり広げたりしながら笑みを浮かべて眺めていた。名前の嬉しそうな顔を見ると心が温かくなる、そうだといい。いや、そんなこともねえかな。
「イルミネーションも見れたし、行こっか!」
もう俺の手で暖を取る必要はないだろうに、名前はまた俺の手を掴んで歩き出した。すれ違う人は皆、やっぱり俺にはなんだか知らない顔に見える。
目的のパティスリーまではあと少し。
【題材:Merry Christmas / BUMP OF CHICKEN】