「あ、笹飾り」
暑い夏の休日に百之助さんと用もなくショッピングモールをぶらついていると、通路の一角に大きな笹飾りが設置されているのを見つけた。どうやら七夕のちょっとしたイベントをやっているらしい。大きな笹の近くに長机が置かれていて、短冊に願い事を書いて笹につけられるようだ。
近づいて面白半分で他人の短冊を眺める。子どもが書いたであろう可愛らしい願い事に紛れてちらほらと大人の書いた願い事も混ざっていた。老若男女、ちょっとした願望から恋愛成就や合格祈願まで、様々な願い事が書かれていて面白い。
「百之助さんも何か書きませんか?」
「いや、いい」
「ええ〜」
「怠け者の織姫と彦星に願ったところでどうなるってんだよ」
「なるほど、たしかに……」
言われてみれば確かにそうだ、と思ってしまった。この短冊に書かれた願いは一体誰に向けたもので、誰が叶えてくれるというのだろう。神か、織姫か、彦星か? 短冊に書かれた願いたちは、神の情けで叶えられるのだろうか。
……なんて思ったものの、私はいい歳して短冊があれば願いを書きたくなる人間なのだ。七夕といえば短冊に願い事を書くもの、そういうものでいい。せっかくだし私だけでも書こうと黄色い短冊を手に取り、願い事をさらさらと書き出した。
そして、ひとつの疑問……というより七夕にちなんだ例え話が思い浮かんだ。
「ねえ百之助さん。もしも私たちが織姫と彦星のように会えなくなってしまったら、どうしますか」
「俺は恋愛なんぞにかまけて仕事をおざなりになんかしねえよ」
「いや、そうじゃなくて。百之助さんはそうだと思いますけど……そうですね、理由はともかく『他者の圧力で会えなくなったらどうする?』って話です」
私のちょっとした問いかけに百之助さんは少し考えた後、ぽつりと呟いた。
「……諦める」
「ええ〜、なんとかしてくれないんですかあ」
百之助さんが考えて出した結論は『諦め』だった。まじかよ〜と思いつつも、尾形百之助だもんな〜と納得してしまう自分がいる。尾形百之助は強気に見えるものの、案外諦めが早い男なのだ。できない努力はしないというか、なんというか。
となると、そのありえない『もしも』が起きたら、私ひとりで頑張るしかないようだ。私は百之助さんに会えなくなるのは嫌だし、百之助さんだって本心は会いたいと思ってくれているはず……だと思いたい。
「百之助さんがなんとかしてくれないのなら、私がナイフ片手に神様を脅しに行くしかないじゃないですか」
その言葉を聞いた百之助さんは驚いたように一瞬目を丸くし、呆れたように額に手をあてて笑い出した。
「ははッ、物騒な女」
「そんな女は嫌ですか?」
「いいや」
百之助さんは髪をひと撫でしてかき上げた。あいかわらずその仕草が様になる。
私は願いを書いた短冊を高いところにある笹の枝にくくりつけようと背伸びをしてうんと高く手を伸ばした。高いところにつけた方が神様により届くだろうという子どもじみた考えからだ。枝に手が触れたまではいいが、なかなか付けられない。つま先立ちで四苦八苦していると、見かねた百之助さんがいとも簡単に短冊を枝にくくりつけてくれた。
「ははァ、『百之助さんとずっと一緒にいれますように』ねえ……」
「うわっ、読まないでくださいよ!」
「偶然、視界に入っただけだ」
「ええ〜」
偶然と言うならばわざわざ一文一句正確に読み上げないでほしい。百之助さんがスマートフォンを取り出しカシャカシャと短冊を撮影し始めたものだから、思わず「うわっ」と声が漏れた。なんだよ、そんなことされると知ってたならもう少し丁寧に書いたのに。
少し口角を上げてスマートフォンの画面を見つめる百之助さんは、なんだか満更でもなさそうだ。さっきは「諦める」とか言ってたくせにね。
「気が変わった」
「なんですか急に」
「さっきの『もしも』の話だが……」
比較的高いところにつけられた、ポツンと目立つ私の短冊を見上げながら百之助さんが『もしも』の話を再び話し出す。
「お前がそこまでしてくれるんだったら、俺がその神ってやつを撃ち殺してやるよ」
百之助さんは不敵な笑みで物騒なことをさらりと言った。
「物騒な人」
「そんな男が好きなんだろ?」
「言わせないでくださいよ……」
どうやら本心は本当に私と同じだったらしい。なんだかどうしようもなく恥ずかしくなってしまい、つい顔を両手で覆ってしまう。
百之助さんが短冊を手に取ったのを指の隙間から見て、さすがに気が変わりすぎだろと心の中で叫んだ。