02

 スマホを使用して助けを呼ぶことも暇を潰すこともできず手持ち無沙汰になった名前は、軍服みたいだと思っていた彼の上着を乾かすついでにまじまじと観察し始めた。
 コスプレだかなんだか知らないが、普段見ない衣装に興味が湧いたのだ。ウールのような生地に金色の釦、袖には三本の黄色いライン。肩には『27』という数字が縫い付けられた布。裏地には制服の裏にあるような記名布がついていた。

「なになに、歩兵第二十七聯隊、明治三……年……月制作。明治かぁ……」

 どうやらこれは百年以上も前の軍服らしい。が、当時のものにしては服の状態が良すぎる気がするのでよくできた模造品だろう。しかし、今の技術で作られたものにしてはなんだか縫製等が甘い気がするのだ。なんとなく。
 ……まぁ、もしこの軍服が当時のものだとしても、だからといって今この時までも百年前になるわけでもないし! 本物だろうと模造品だろうとどうでもいい! 名前は現実的にそう考え、あはは〜と軽く笑って上着を乾かすために広げてランタンスタンドにかけた。
 けれど、もしここが百年前のどこかだったらどうしよう。見覚えのない一面の銀世界、場違いな軍服の男、使えないスマートフォン、なぜか川に落ちず怪我も少ない自分自身。ただの勘だが、何か違和感を感じるのだ。

「まっさか〜……はは……」

 口から乾いた笑いがこぼれた。

 身分証明書とかないかなと重症の男のベルトについてた入れ物を恐る恐る開けてみると、実弾のようなものが見えてソッと蓋を閉じた。見なかったことにしよう。



 どのくらい時間が経っただろう。あたりが薄暗くなった頃、ザッザッと雪を踏みしめ歩くような音、そしてカチャカチャと歩くたびに何かが当たって鳴るような音が聞こえてきた。これは人だと確信した。キャンパーや登山者がリュックに道具を吊り下げているとああいう音がするのだ。
 助けてもらえるかもしれない! 名前は勢いよく立ち上がり、ランタンを片手に足音がしたほうへ小走りで向かった。

「誰か! 誰かいますか!」

 向かった先には、助けた重症の男と同じ軍服をきた男たちがいた。怪訝そうな顔でこちらを見る男たちが持つ小銃がカチャリと音を立て、名前はビクリと体をこわばらせた。あの音は小銃の音だったのか。肝が冷える。
 私は悪いことはしていない。撃たれることはない。大丈夫。名前はそう自分に言い聞かせ、意を決して話し始めた。

「あなた方と同じ服を着た男性が川岸に倒れていました。その、できるかぎりの応急処置はしましたが、危険な状態かと……!」

 それを聞いた男たちは少し驚いた様子で顔を見合わせた。

「その男はどこにいる?」
「この先です!」

 名前は男たちをすぐ近くにいる重症の男のもとへ案内した。重症の男を見て男たちのうちの誰かが「オガタジョウトウヘイだ」と呟いた。ジョウトウヘイ、上等兵、兵。頭の中で聞き慣れない言葉を繰り返す。彼らは本物の軍人なのだろうか? なりきっているだけなのだろうか?
 彼らが持っていた毛布で重症の男がぐるぐる巻きのミノムシのようになっていくのを名前はどこか遠い目で見守っていた。

「お前がやったのか?」
「……っ! いいえ! い、いえ、応急処置だけ!」

 声をかけられハッと我に返る。痛いくらいの視線に名前は男を襲った犯人だと疑われたと思い、無実を証明したい気持ちで発見当時の状況やわかる限りの怪我の状態を簡潔に話した。軍服の男たちは少し考える素振りを見せたあと「谷垣はここで見張っていろ」と口髭の男が言った。谷垣と呼ばれた男と名前を残して彼らは足早に去っていく。おそらく、救援を呼びに行ってくれたんだろう。

「奇妙な装いだな」
「え、そうですか?」
「見たことのない道具も沢山ある」
「そんなに……?」

 谷垣は周りに散らばるキャンプ道具を不思議そうに見渡すと、名前の頭の先からつま先までまじまじと見た。怪しむような視線がとても痛い。
 男たちは自分ひとりを置いていかず、わざわざ見張りを残して救助を呼びに行った。疑われ続けているようで、悪いことはしていないのに悪いことをしているような気持ちになる。まるで街中で警察を見かけた時のような気分だ。それより悪い気分かも、と男が抱える小銃をチラリと見て思う。重症の男が持っていた実弾らしきものが脳裏をよぎった。

「もしかして私、すごく怪しいですか?」
「…………」

 この沈黙は肯定だろうと思い、名前は苦笑した。服装もキャンプ道具もなんの変哲もない一般的なものだろうに、何がそんなに怪しいのだろう。
 もし、あのなんとなく考えたありえない仮説が本当であれば、本当にここが百年前の明治時代ならば、妙な服や道具と言われるのも納得できる。できるのだか、いかんせんその仮説が現実的ではないのだ。まだ確信できない。根拠がたりない。しかし予想外の出来事の連続で思考が現実逃避気味なのか、名前は今ここがどこなのか軍服を着た彼らが誰なのかを今すぐ確認する気にはなれなかった。

 名前はふらふらと焚き火に近付き座り込んだ。谷垣は心配そうにこちらを見つめている。妙な女を軍人として怪しんでいるだけで根は優しい人なんだろうな、と名前は感じた。

「私のことはいいので彼の介抱をしてあげてください。私がしたのは素人の応急処置でしかありません……」
「…………」
「逃げも隠れもしません。自分で言うのもなんですが、私は非力な女です。武器は持ってませんし……刃物とかはそこに置いてある鞄の中に入ってます」
「……わかった」

 離れたところにあるリュックを指差して言うと、谷垣は渋々といった様子で名前を視界に入れながら重症の男の処置を始めた。手早く折れた腕をガッチリと固定していく。おそるおそる添え木をした名前とは違い手慣れているのがわかる。
 このあと私はどうすればいいのかなあ、と思いなら名前は焚き火を見つめる。少し考えて、火を絶やさぬよう拾った枝や新聞紙をぽいぽいと放り込んだ。
- hakushi -