名前はしばらく焚き火をぼーっと眺めながら今後のことを漠然と考えていたが、それでは駄目だと徐々に焦り始めた。初めは微かだった違和感が、どんどんと膨れ上がってきている。
これらが全てコスプレでレプリカでただの趣味で集まってるだけの集団だったら面白すぎるのだが、そんな現実逃避はこの辺までにして本気で考えなければ最悪死ぬかもしれない。谷垣の持つ小銃を盗み見ては血生臭い嫌な想像が広がる。ここでいったん整理しながら本気で考えよう。
まず、常識的に考えてここは現代で、出会った男たちがただのコスプレ集団だった場合。この後救助が来たら一緒に助けてもらいお礼を言ってさようならすればいいだけだ。至って単純、命の危機はほぼない。
では、非現実的でありえないがここが明治時代で彼らが本物の日本軍だった場合――
そう考え始めたところで救援が到着し、あれよあれよという間に重症の男は担架に乗せられ、肋骨のようなデザインの服を着たどう見ても偉い人が馬で到着し、軍服の男たちの報告が始まってしまった。まるで本物の軍隊だ。いや、まるでじゃない。待って、やっぱりコスプレ集団なんかじゃないかもしれない!
「この珍奇な洋装の女はなんだ?」
「先程報告した、尾形上等兵を発見し応急処置をしたというものです」
「ほお〜〜」
「鶴見中尉、この者はどうしますか?」
鶴見中尉と呼ばれた馬上にいる男が名前の前に降り立った。馬に乗っている時は暗くてよく見えなかったが、近くで見ると白い額当てをつけて目元までひどい傷跡があった。こ、これは、絶対、特殊メイクなんかじゃない! コスプレ集団なわけがない!!
いや、ほんと、ちょっと待ってくれ! まだ脳内会議が終わってない!! しかし今更焦っても無駄。ほぼほぼ無計画な状態で自己弁護の時間が始まってしまった。詰んだ、かもしれない。
目の前の男のおどろおどろしさに冷や汗が流れる。異様な見た目がというより、平和な時代を生きてきた名前には軍人の雰囲気や威圧感が恐ろしいのだ。上官であろう鶴見はおろか、ただの兵ですらこわくて仕方がない。
顔面蒼白で震え上がる名前を見て、鶴見はフッと笑った。緊張を和らげようとしたのかもしれない。
「君が尾形上等兵を発見し適切な処置をしてくれたそうだな。礼を言おう」
「……えっ? あ、とんでもない、です」
突然の礼の言葉に名前は面を食らった。驚き見開かれた名前の瞳は茶褐色に緑と青が混ざった不思議な色合いをしていた。鶴見はその瞳を見つめる。
「なに、今すぐ取って食うつもりはない。落ち着きなさい」
鶴見は名前の肩を落ち着かせるようにポンポンと叩き、腕に沿って撫で下ろす。見たことのない不思議な手触りの服だと鶴見は思った。
「君は一体何者なんだ?」
シンプルな問い。だが上手く答えられない。
名字名前はただの遭難したソロキャンパーだ。そのはずだった。しかしそれは時と場合による。妙だと言われ続ける私は本当にただの女なのか? 名前が真実を伝えるためには、ひとつ確認しなければいけないことがある。
「……おかしなことを言ってもいいですか?」
「なんだね」
「どうやら私、頭を打ったみたいで……。今日は何年何月ですか?」
なさけなく空笑いをしながら頭をさすった。実は頭をぶつけてたんこぶができているのは事実なのだ。チクリと頭に痛みを感じ、手を下ろし指先を見てみると爪の先に血の固まりがついていた。それに名前が小さく驚くと、鶴見は名前の手を取りかすかに赤い指先と手首にある腕時計をじっと見つめた。
「ふむ、今日は明治四十年のニ月だな」
「明治……」
明治四十年。西暦は一九〇七年、だろうか。覚悟はしていたし想定もしていたが、望んではいなかった返答だ。彼らは本当に軍人で、小銃は実弾を装填し撃つことができる本物の銃器なんだろう。それらが紛れもない本物だと気付いた瞬間、サァッと血の気が失せていき、へなへなと崩れ落ちそうになった。
そんな名前の手を鶴見はグッと引き、肩を抱き支える。顔が近い。鶴見は名前の穴だらけの耳に付けられたピアスを見ている。名前は先程から鶴見の視線の先に何があるかなんて一切気付かない。
名前の心臓は色んな意味で痛いくらいにバクバク鳴っている。手を取り肩を抱かれては動揺しているのは鶴見にバレバレだろう。
「……もっとおかしなことを言ってもいいですか?」
「そういうの大好きだ!」
鶴見のテンションの高さにけおされる。私はこの事実を言ってしまっていいのだろうか。目の前の男は天使か悪魔か神か。
……ええい、言ってしまえ。なんとかなれッ! 名前は覚悟を決めた。
「信じられないかもしれませんが、百年程先の未来から迷い込んで遭難しました。死にたくないので、た、助けてください……」
震える手でポケットから新聞を出しがさがさと広げて見せた。明治からある新聞社の二〇一八年二月一八日の新聞。フィギュア男子のメダル獲得と中学生棋士の優勝の記事が一面を飾っている。見せられないと判断した他のページはしれっと焚き火に突っ込んですでに消し炭だ。そっと、鶴見の様子を伺う。
「素晴らしい印刷技術だ」
ふふふ、と微笑む鶴見の額から透明な液体が流れ出ていた。名前はギョッとし、おずおずと白いハンカチを差し出した。あーもう降参だ降参。生きるためならなんでもしよう、死ななきゃ安い。
「知ってることは話します、嘘はつきません。……助けてくれませんか?」
「もちろん」
鶴見は額から溢れる謎の液体をハンカチで拭き取りながら手を差し出す。名前はおそるおそるその手を取った。
◇
鶴見と共に馬に乗り揺られる。馬に不慣れかつ、スカートを履いていて足を広げて乗る訳にもいかず横乗りしているため、バランスを取るのが難しくて体がぐらぐらと揺れてしまう。ちょっとした拍子に落ちてしまいそうで結構こわい。そんな名前を鶴見は壊物を扱うように優しく、しかししっかりと支えた。
「これでは落ちてしまう。ほら、私にしっかり掴まっていなさい」
「す、すみません……。失礼します」
馬上だろうと年上だろうと異性は異性なので密着するのは抵抗がある。嫌という意味ではなく、恥ずかしいからだ。名前は後方に座る鶴見の腰に左腕を回し控えめに外套を掴む。
「もっとしっかり」
鶴見はそう言うと、名前の腰をグッと掴んで引き寄せた。突然体が傾いた名前は反射的に腕に力が入り、反対の腕も鶴見の体に回してしがみついてしまった。近い、恥ずかしい!
「す、すみません……」
「うんうんこれで良い」
小さな声で謝罪の言葉を呟く。頭上から声が聞こえた鶴見の声はどこか楽しげだった。
「君の名前を聞いても良いかな」
「……名前です。名字名前と申します。その、よければ名前と呼んで頂けませんか?」
「それは何故だい?」
名字。その名字が、その家が、あまり好きではないからだ。ただそれを素直に言って深掘りされるのは少し嫌だなと思った。
「……単純に呼ばれ慣れてるからです。すみません」
「そうかそうか。構わないよ、名前くん」
「……! ありがとうございます……!」
以前から名前で呼んでもらうことが多かったので嘘ではないが、やや無理のある理由だったと思う。それでも名前で呼んでもらえた。気持ちを汲んでもらえて、それだけで少し嬉しい気持ちになった。