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 土方一派が加わりさらに人数が増えたこの集団は、北見のとある写真館に来ていた。白石の姿が見られないが、どうせ遊郭にでも行っているのだろう。

「なんだって急に写真なんか……」
「アシㇼパさんの写真をフチに送ってあげようと思ってね」

 キロランケの疑問に、背景布の上に置かれた椅子に座る杉元が答えた。どうやら写真師の田本は土方の古い知り合いらしく、この写真館から情報が洩れることはないとのこと。フチのためにアシㇼパの写真を撮るのが目的のようだが、せっかくだからと皆で撮影会をすることになった。

「尾形さんも撮ってもらうんですか?」
「いいや、俺はいい」

 どうやら尾形は写真に写る気はないようだ。滅多にない機会に撮影を楽しみに待つ人が多い中、尾形はその様子を興味なさげに見つめていた。
 さて、私はどうしようか。現代ではめったに見られない暗箱式カメラに興味が湧いたが、名前は撮影会に参加していいものか悩んでいた。名前自体が写真に写るのは良いとしても、遠い未来の衣服を着た人物が写真に残ってしまうのは絶対に良くないことだろう。鶴見から頂いた着物は早々に売ってしまったし、他に衣服を持っていない名前は断ろうと思っていた、のだが……。

「名前さん、いつか洋装を着てくださると……約束してくれましたよね?」

 名前の目の前で、家永がにこやかにトランクケースを胸元に掲げている。それを見て名前は苦笑いをこぼした。……言ったなあ、たしか夕張で聞き込みをしている時だっけ。珍妙で目立つ現代の服ではなく明治の和装や洋装を着る気はないのかと聞かれ、その時に『まあ、一度だけなら』と答えた気がする。

「……ひとまず、服を見せてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん」

 写真館にあった撮影用のテーブルを借りてトランクケースを開けてみると、そこには家永が着ているような詰襟のドレスが綺麗に畳まれて入っていた。……だが、家永のドレスとは全く違うところがあった。ドレスも装飾も、小物も、すべてが純白だったのだ。まさか。

「……これ、ウェディングドレス?」
「あら、ご存知でしたか」

 ただ単に白を選んだ可能性もあったのだが、どうやら家永は確信犯だったらしい。バレてしまいましたか、といった様子で家永はいたずらに微笑んでいた。

「なんだ、それは」
「…………洋装の、花嫁衣装です」

 ウェディングドレスという言葉にピンとこなかった尾形に問われ、名前はどこかぎこちなく答えた。尾形は花飾りが装飾されたベールを手に取り「へえ……なるほどな」と呟いた。ああ、どこからどう見ても、花嫁がつけるそれだ。尾形が手にした髪飾りをチラリと見て、名前は家永に視線を戻す。

「どうして私が……。家永さんが着ればいいじゃないですか」
「私が着ても意味がないんです」
「え……?」
「私が着ても『完璧』になれませんもの。これはあなたのような人が着て、初めて意味を成すのです」

 家永の言葉の意味が、名前にはよくわからなかった。名前がぐるぐると考えている間に、家永はトランクケースをパタンと閉じて名前に押しつけた。問答無用で背中をぐいぐいと押される。

「さあさあ、早く。まずはトランクケースの底にある肌着を身につけて、その上からコルセットをしっかりとぎゅっと締めて。ペチコートを重ねたら主役のドレスを身につけてくださいね」
「あ、ちょっと、まだ着るとは……!!」

 断る間もなく更衣室に押しこまれ、扉をパタリと閉められてしまった。え、着る……? でも……と思いすぐさま控えめに扉を開けると、開いた隙間から家永とバチリと目が合った。ひぃッ! なんだか目力が強い……!

「あ、あの、家永さん」
「最後に私が整えるから安心して。名前さんの『完璧』な姿……楽しみにしているわ」

 家永にそう言われ、無情にも扉は再度閉められてしまった。これは、着るまでここから出してもらえない、気がする。手にしたトランクケースにゆっくりと視線を落とす。名前はハァ〜〜と深いため息を吐き、浮かない気持ちでトランクケースを開けた。



 名前は更衣室の姿見に写る純白を身にまとった自身の姿を見つめていた。家永に言われた通りに着てみた……というより着てしまったが、はたして正しく着れているのだろうか。確認するように体を捻るたびに、ペチコートで控えめに膨らんだスカートがふわふわと揺れる。……本当にこれでいいのだろうか。家永の求める『完璧』がわからない。

 髪型はどうするべきか考えながら簪に触れ、名前は手を止めた。……簪を使わずに髪をまとめるのは名前には無理だ。尾形が選んだシンプルな金属製の簪は、ドレスを邪魔することはないだろう。
 髪型はそのままに、軽く整えようと前髪に触れると額の古傷に指が掠めた。つい、苦笑いをこぼしてしまう。その拍子に左耳についた多数のピアスが小さく鳴った。……どう見てもこの大量のピアスは衣装に似つかわしくない。ひとつひとつ外していき最後のひとつに触れ、名前は少し考えて手鏡を手にした。いつだかに尾形が意図せず開けてしまったピアスが、名前の耳にひとつだけ光っている。これくらいなら、いいかな。ピアスがひとつもない耳は私らしくないし。名前はただなんとなくそう思って、決して高価ではない黄色い石がはまったピアスに触れながら手鏡を置いた。
 最後にベールで頭を飾り、姿見で確認する。現代のものとは違えど、どこからどう見てもウェディングドレス。見様見真似の形だけの花嫁の完成だ。

 革製ブーツの低いヒールをコツコツと鳴らして扉に向かう。ドアノブに手をかけようとして……手が止まった。
 家永に言われるがままドレスを着てみたものの、今更ながらこの格好で人前に出ることに躊躇いを感じてしまったのだ。未婚女性がウェディングドレスを着ると婚期が遅れるなんて迷信は信じてないしどうでもいいのだが、相手もいないのにドレスなんか着ちゃって……なんだか恥ずかしいじゃないか。

 するとコンコンと控えめにノックをする音が響き、名前の肩が跳ねた。続いて家永が名前の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
 名前は反射的に慌てて扉を数センチだけ開けた。その隙間から覗きこむ家永の瞳が見開かれる。もしかして、がっかりされたのだろうか。一瞬で名前の心は不安でいっぱいになっていく。

「あ、その……言われた通りに着てみた、ん、ですけど」
「まあ! 素晴らしい……!」

 家永は目を輝かせて歓喜の声をあげた。そして勢いよく扉を開け放ち、舐め回すように名前を見る。家永の予想外の反応に名前は驚き狼狽えてた。でも、この様子ならひとまず家永のお眼鏡にかなったと思っていいだろう。そして、名前は疑問をぽつりとこぼした。

「あの、寸法が私にぴったりだったんですけど……いつどこで知ったんですか……?」
「そんなの、見ればわかるわ」
「え、見るだけで……?」
「ええ、見るだけで、わかるわ」

 う、目力も言葉も強いッ。名前がたじたじになっていると、家永は名前の手を掴みその手を引いて歩き出した。

「さあ、皆様方! 本日の主役の登場ですよ!」
「ちょっと、家永さんっ!」

 家永の発言に名前は慌てふためく。今日はアシㇼパの写真を撮りにきたのだ。名前を含む他の人たちはついでのおまけだ。そうだったはず、なのに。

 ウェディングドレス姿の名前が現れた途端に場はざわめき感嘆の声が上がった。どこからかピュウと口笛が鳴る。お調子者の白石は不在だ、おそらく夏太郎だろうか。
 名前は家永に手を引かれるまま背景布の上に向かう。恥ずかしくて、視線を上げることができない。

「素敵ね……私はこれが見たかったの」

 家永はうっとりと名前の姿を見つめ、ハリのある絹のスカートに触れる。そっとスカートの広がりを整える家永の指の動きに合わせて、裾にあしらわれたプリーツがふわふわと揺れた。ちらりと覗いた編み上げブーツもドレスに合わせて真っ白だ。腰元の緩やかなドレープはスカートの曲線を美しく引き立てている。胸元にはずらりと並ぶ小さなクルミボタン、そしていくつも細かく摘まれたピンタック。詰襟と袖口には繊細なレースが縁取られている。柔らかなチュールのグローブは名前の指先まで肌を隠していた。
 肩にかかる柔らかなベールに家永が触れて整える。薄化粧を施した名前の顔は恥ずかしさからかほんのり赤みを帯びている。戸惑いを隠せない様子がどこか初々しさをも感じる。

 ――その姿は、誰がどう見ても美しい花嫁だった。

「こんな美しい花嫁姿を撮影できるとは……写真家冥利に尽きますね」
「そんな、大袈裟な……」
「はい、撮りますよ。私がフタを外したら六秒間動かないで」

 写真師の田村は終始にこやかに名前を撮影していく。たった六秒、されど六秒、カメラのレンズを見続けることが名前にはとてつもなく恥ずかしく感じた。
 数枚撮影すると、田村は少し悩む素振りを見せて口を開いた。

「……お隣が空いてるのが、ちょっと寂しいですね」
「…………えっ」
「独り姿も十分に美しいんですが……隣に殿方がいたらもっと絵になるかと思いましてね」

 田村の予想外の一言に名前は視線を彷徨わせ……無意識に尾形を見てしまった。ほんの一瞬尾形を見て、慌てて視線を逸らす。尾形は小さく息を吐くと、外套を脱ぎ去り小銃を手に名前のもとへ歩みを進めた。

 コツコツと近づいてくる足音に名前は動揺する。どうして、あんなにも乗り気じゃなかったのに。偶然、目が合っただけじゃないか。
 尾形は名前の隣に立つと、小銃の銃口近くを右手で持ち静かに銃底を地につけた。いわゆる立て銃の姿勢だ。いつも通りの軍服姿のはずが、外套がないだけでどこか新鮮に目に映る。見慣れたはずの尾形の見慣れぬ姿に、名前は目を逸せなくなってしまった。尾形は髪をかき上げ、視線だけを名前に向ける。

「見惚れてんじゃねえよ、前見ろ」
「へ!? み、みと……う、あ、はい……」

 名前は慌てて視線を前に向けた。尾形の左手が名前の腰に添えられ、ピャッと肩が跳ねる。すぐさま横から尾形のフッと笑う声が聞こえてきた。ま、前を見なければ、前を……。

「とてもいい感じですね。はい、撮りますよ」

 この後何度か繰り返された六秒は、ひとりで撮った時の六秒よりもうんと長く感じた。何度撮っても緊張が解けなくて、尾形に聞こえているのではと心配になるくらい心臓が跳ね続けていた。

- hakushi -