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『嘘つきな彼に最大級の愛を』
人生で一番大事なものはなんですか?
それは金です。
では人生で一番大事なものは?
それは弱さです。
弱音を吐いたところで腹は膨れないし、何も変わらない。
悲しんだって、それで道端で死んだとしたって誰もなんとも思わない。辛いことがあったって、とりあえず前に進まなきゃ生きていけない。祈ったって物事は解決しない。だけど金さえあればどうにでもなる。
そうしょせん、この世は金だ。金さえあればいい。
今日もお気に入りのボロ服を身に着けて、フラフラと町中を歩く。
貧困の差が激しいこの街で、洒落っ気などまるでなく薄暗い色の服を好んできている俺は間違いなく“貧乏人”に分類される。事実、昼間っから仕事もせず街をブラブラしている俺のような人間は大半まともな人間じゃなった。
例に漏れず俺ももちろん、まともな人間じゃない。
俺の仕事は男娼で、まっとうな人間からは「売女」と罵られ好色な男達からは性欲処理するためだけの道具のように思われる。同じ人間と思われていない、この国では“一部の人間”以外からは顔を顰め疎まれた存在だった。
男に抱かれて早10年くらいか。
物心つくころには、この仕事についていて男相手に仕事をしていた。
両親の記憶はない。
俺は赤ん坊の時に捨てたようで、巡り巡って娼館へとやってきた。
食が細い俺は幼い頃からガリガリのチビで、骨と皮のような貧相な体であった。男娼であるがゆえ、そこまで大きくなりたいとは思わなかったが、抱き心地と見てくれをどうにかしろと娼館の親方に咎められることも多かった。
貧相な身体に加え、俺の見てくれはこの店の中でも下の下の方だ。
つまりは不細工だった。
くわえて、俺は可愛らしさのかけらもなかった。
考え方は捻くれていて、素直にお礼を言うこともない。人の好意もいらないと突っぱねる。
口を開けば生意気言って、客の神経を逆なでる。
人を怒らせることの天才で、この性格を知って俺の前から消えた人間は、何も客だけに留まらない。
同じ男娼仲間でも、口が悪い俺のことを目の敵にする人間もいた。
よせばいいのに、下手なことを言っては相手を傷つけ幻滅させる。自分でも口にした後にまずいと思うのだが、すぐに取り繕う言葉を出せるほど器用でもなかった。
顔も駄目、愛嬌も駄目。
そんな俺が、20にもなってこの店に働けている理由は、ただ1つ。
俺の身体は自分で言うのもなんだが、極上らしい。
らしい…というのは、俺自身、実感がないからなのであるが、事実俺の身体を求め、道を外した人間は数多く存在し、人殺しにまで発展したこともあった。
俺を求めて、金貸しから多額の金を借り、その金が返せず首を吊った人間もいた。
一度抱いてしまえば、麻薬のように何度も抱きたくなるという。
自分のことであるが、実感はない。特に技術などもあるわけでもない。それでも男たちは俺を求め抱きたがるのだ。
いわくつきの俺なので、いつしか相手にするのは客の中でも金を持ったVIP客のみということになっていた。
それも、俺の顔を見ないことが条件付きで、俺は客達に抱かれていた。
知る人ぞ知る、魔性の男娼。それが俺だ。
普段は貧乏ったらしい格好をしているけれど、本当は金持ちが争って欲しがるほどの抱き枕なのだった。
男たちもまさか極上だと言われる身体が、こんな貧相なガキの俺がなんて思いもしないだろう。娼館での俺の存在は一部の人間を覗いて内緒にされているが、この身体だから一度も疑われたことはなかった。
男娼は客に恋をしてはいけない。誰にも一夜の夢を見せるために誰のものにもなっていはいけない。
それが俺がいる娼館のルールだった。
だけど、極上の男娼である俺は一つルール違反をしている。
客ではないが、恋している男がいるのだ。
俺が恋い焦がれた“そいつ”は俺と真逆の位置にいるやつ。
いわゆる日陰の俺と違って、まっとうな人間。
そいつの名前は“狂児”といって、街でも有名な色男だった。
自警団にも所属しており、街の警護として俺の店にも何度も巡回にやってくる。こういう仕事だから厄介事も多くきな臭い事件も多い。立場の弱い俺達男娼を、危険な目に合わせないように目を光らせてくれるのだ。
店でも若くて強い狂児は人気で、仕事じゃなくても抱かれたいというものもいたが、狂児は客として店を利用したことがなかった。男娼仲間の噂じゃ、お綺麗な婚約者までいらっしゃるとのことだ。
婚約者がいてもいいから抱かれたいと、うちでも人気の美人な男娼が狂児に粉をかけたこともあったそうだが、「俺は男に興味ねぇ」と鼻っから相手にもされなかったらしい。
男に興味なければ、抱かれることもない。もし万が一狂児が男に興味があって、俺を抱いてくれたら望みはあったかもしれないが生憎、美人な男娼が誘ってもまったく反応しなかった狂児のことだ。俺の思いが伝わるのなんて無に等しかった。
『男娼は恋をしちゃいけない。だって、辛くなるじゃない。恋したら最後、ずっと自分を騙さなくてはいけないのさ』
今は身請けした世話役である男娼の兄さんが、俺達に口をすっぱくして言っていた言葉。
頭の片隅にはあったものの、狂児に惹かれるのは止められなかった。
あの男前に抱かれたい。
普段優しいあいつが、俺の身体に狂い、俺だけに愛を告げるようになったら、どんなにいいだろう。
妄想しては、虚しい現実に落ち込んで。
落ち込んではまた好きになる。
消化できない厄介な思い。
「狂児の馬鹿!でかいだけの唐変木」
狂児に対してはこの思いが気づかれぬよう、わざとツンケンな態度でことさら口が悪くなった。
悪態をつく俺に狂児は「ガキが」とまるで相手にしてくれなかったけれど。
呆れたその表情も、なんだかんだで俺を構い優しくしてくれるのも、狂児の行動全てが俺の心を一喜一憂させた。
狂児は口は悪いけど真面目なやつで、身元もいいから本当だったらこんな男娼に立ち寄るのだっていいことじゃない。
狂児はゆくゆくは、いいお嬢さんと結婚して子供ができて、普通の幸せを歩んでいく、俺とは遠い位置にいるべき人間なのに。
「金もないのに、なんで来てるのさ?」
「お前らの安全のためだよ。愛だろ?愛」
「愛なんていらないよ、金しかいらない」
憎まれ口叩きながらも馬鹿な俺は、願ってしまうのだ。普通の幸せなんて夢見たりせず俺とずっと一緒にいてくれないか、って。