転機は時に何の前触れもなくやってくる。
それは辺りがすっかり暗くなった夏の夜更けのことだった。
俺の仕事は親方が選りすぐった金持ちだけなので、普段は夜でも暇なことが多い。
なので、川へ蛍でも見に行こうかとフラついていた時だった。

突然強い力で肩を掴まれて、斬りつけられた。痛いと思う間もなく、俺は刃物を持った男に身体を地面に突き飛ばされると、身体に馬乗りにされた。
薄暗い中、目を凝らして男を見やると見慣れた顔。
店の常連の男だった。

店に何度も通えるほどの常連のこの男は、物凄く金持ちの嫌な男だった。
男娼を家畜かなにかと勘違いしているようで、指名された男娼はよく傷を追っていた。
普通の客であれば出禁ものであったが、彼はこの国でも有数の金持ちで、店の親方が断っても我を通し店に通ってくる厄介者だった。

そんな男であるが、ここ最近は姿を見せておらず店も平和であった。どうやら事業に失敗し、到底男娼など変えない地位まで落ちてしまったようだと男娼たちが噂していた。
男は俺の客じゃない。店で何度か顔を合わせることはあっても
、男は器量のいい男娼を好んで指名していたために俺のことなんて知りもしない。
男は“魔性の男娼”の噂をしっていたために、それ目当てで店に何度も通ってはいたが、親方は評判がよくない男を俺に宛がうことはなかった。

なのに、どうして今更…?


焦る俺に男は「お前、あの店の男娼だな。ならしっているはずだよな?例の“魔性の男娼”を。誰もが欲しがる最上級の身体をもつ男のことを」
血走った目線で男は脅すように俺の頬に刃を当て、「言わねばその薄汚い身体を血に染めながら抱いてやろうか」と俺の上着に手をかけ肌を顕にする。

俺がその男娼だとバレたわけではないらしい。
かといって、この状況。全くもって安心というわけでもない。
逃げなくては…と男のすきを伺っていたら、男は突然俺の前から消えた。
いや、消えたではなく、正しくはふっとばされた。
見回りにきた狂児によって。


「きょう…じ…」
「大丈夫か…?くそ…待ってろよ」
狂児は安心させるように俺の頭をぽんぽんと叩いた後、俺にはみせたことのない鬼のような怒り狂った顔をしながら、男に制裁をくわえた。

 その後、見るも無残になった男を然るべき人物へ引き渡した後、狂児は俺を伴って狂児の家へと招いた。
店に戻るといいはる俺に狂児は「あれこれ詮索されたくないだろう」と文句を言わせなかった。

 狂児の家につくと、俺は狂児に風呂に入れられた。
抱かれてなどいないし、怪我などしてないことは狂児も知っているはずなのに。
あの男に触れられたままでいさせたくない、といって俺と一緒に風呂に入り俺の身体を隅々まで洗った。

男に興味なんてない狂児は親切から俺を洗ってるだけで下心なんてないはずなのに。
狂児の大きく強張った手で肌を撫でるたびに俺の肌は粟だった。
散々狂児の手で洗われてしまった俺は、くったりと狂児の寝床を占領し主である狂児を恨めしげに睨んだ。


「…なんで、こんな。俺はお前のものでもないのに…」
「俺はずっと、お前を俺のものにしたいって言ってなかったか?」
「え…?」
「お前がスキなんだよ。ガキ」
狂児はそういって、俺の頬に両手を添え顔を覗き込む。
ああ、狂児の瞳、きれいだな。
そんなことを考えていたら、そっと口づけが降りた。


「お前を、俺の嫁にしたいと想っている。お前だけを特別に思ってる。だから、あの店にもよく顔を出していた。
お前には秘密にしていたが身請け話もしてる…」
「身請け?」
「お前に話す前にな。用意周到だろう?
なんで助けたかってそりゃ、嫁が他の男に襲われてればムカつくし、痕跡をけしたくなるだろ。殺したくもないだろ?やりすぎたかもしれないが、正当防衛だろう」

先程俺を襲った男は確かに、血まみれで普段の狂児にしてはやりすぎなんじゃないかって思っていたけど…あれは俺を襲ったから?


「だって、お前婚約者が…」
「そんなもん、ただの噂だ。俺はお前にあった瞬間からお前だけにお熱なんだからよ。勝手に言わせてるだけだ」
「で、でも…男に興味ないって」
「男には興味ねぇ。でもお前には興味ある。ぶっちゃけ、俺のあたまん中はここ最近お前のことばっかだ」

狂児の言葉の意味を理解するのに、数分。
理解してからも、その言葉が本当だと思えなくて何度も瞬きをして目の前にいる狂児を見る。

「う、嘘だ…。そ、それに俺はお前なんて…スキじゃない。
こんな助けてほしくもなかった。勝手なことするな…」

俺の口からは、そんな生意気な言葉しかでなかった。

「そうかい…。それは、悪かったな」
案の定、狂児は俺の言葉に気分を害したようで、俺から離れて部屋を出ようとする。

いかせたくない。
もっとそばにいて。
俺を見て。
狂児の告白に、隠していた心が暴れだす。
俺は去ろうとする狂児の服の袖を掴み、歩みを止めさせた。


「なんだ…?」
「なぁ、あんた男抱いたことあんの?」
「は…?」
「生真面目なあんたのことだ。抱いたことないんだろ。それで、俺を身請けにするって?笑っちゃうよ。そんなに遊んでないと女にだって上手くできないんじゃないのか?」

狂児の下肢に手を添えながらにんまりと笑う。

「教えてやるよ。アンタに。助けられたまま、借り換えせないの嫌だから。相手、しろよ。悪いようにはしない」
震えそうになる指先に気をつけながら、狂児のものを服の上から撫でれば狂児はピクリと身体を跳ねさせた。

「俺はスキものだからさ。アンタみたいなデカイやつと抱き合うの、スキなんだよ」
「いつも誘ってるのか」
「……そうだよ」

ー嘘だよ。俺から誘ったのは、これが初めてだよ。
初めて、誰かに抱かれたいと想ったんだ。あんたが好きだから。
「こんなのたいしたことじゃない」
俺は妖艶に微笑んでみせると、狂児に唇を重ねた。


狂児に抱かれたい。でも、最後まではしない。
最後までしてしまえば、今までの男のように狂児も俺の身体にだけ夢中になる。それは嫌だった。
抱き合えば後に残るのは虚しさだけだってわかっていたから。

 正直いうと狂児は、全く下手ではなかった。同じ男同士だから“いいところ”がわかっているのか、丁寧な愛撫は俺の身体だけじゃなく心まで蕩けさせた。
その大胆な手は童貞とは程遠い。下手したら俺の方が参ったと音を上げてしまいそうだった。
男は抱いたことはないかもしれない。だけど、女を知る手だった。

「ここ、いいか?」
俺を快楽へと誘うその手は、ゴツゴツしているのに優しい触り方で。気を抜けば喘ぎ、狂児の背に縋ってしまいそうになった。

こんな不細工な顔、正面から見ないで後ろからお互いの顔を見ずにやろうと提案したのだが「俺は馴れてないから、お前の様子を見ながらでないと怪我させるかもしれない」となんやかんやと丸め込まれ、抱かれることはなかったもののお互いのペニスをしごきあいながら“すまた”のようなことはさせられた。

ベタベタに汚れてしまった下肢で、羞恥心で狂児の顔が見れない。
普段していることなのにとても恥ずかしい気持ちにさせられた。


「満足したら、嫁になってくれるか?」
「なるか!馬鹿」
「そりゃ残念だ。早くスキになってもらって抱きたいんだがね」

からかうように微笑む狂児にズキリと胸が痛む。
今更、本当はスキだったなんて言えなかった。
可愛く甘えたり、好きだよと素直に言えばきっと彼は喜ぶはずなのに。一流の男娼は客の喜ぶ言葉など直ぐに口にできるのに。
しょせん、俺は身体だけしか能がない男なのだ。

「狂児は…」
俺のどこがスキなの?
欠点しかない俺を本当にスキだなんて言えるの?
なんでそんなに嬉しそうに俺を見つめているの?
尋ねてみたかったが、聞いてみて嘘だったと言われるのが嫌で
「狂児は、きっと俺を抱いたら俺の身体だけに夢中になるよ」
生意気な台詞を吐く。

「なんだそれ、うぬぼれか?」
「そうじゃ…ないけど」
「まかせろ。
お前もきっと俺の身体なしじゃいられなくしてやるから。だから…」

もっと練習するか?
狂児は俺に口づけをする。俺もそれに答えるように舌まで絡め狂児のキスに酔いしれた。


百万回の愛してるを君に