むかつくあいつ
■むかつくあいつ
ー嫌いだった。
大嫌いだった。
コントロールできない、沸き立つ激しい嵐のようなこの感情は、おそらく「嫌悪」である。
嫌い。きらい。
あの人が、大嫌い。
橋詰龍也《はしづめりゅうや》は、幼なじみの鷺沼猛《さぎぬまたける》が出会った時から嫌いだった。
嫌い。
大嫌い。
そう自分に言い聞かせないと、おかしくなりそうなくらい、龍也にとって猛は、特別な人間であった。
龍也と猛が出会いは、今から10年ほど前である。
昔から龍也は、妙に大人びた少年だった。
小さい頃から妙に達観したような、落ち着きのある子供であった。
感情的に泣いたことは物心ついた時以降は数えるほどしかないし、どんな場所にいったとしてもはっしゃぐこともない。
度胸もあり、大人相手でも物怖じもしない。
子供の無垢な部分を母親のお腹に置き忘れたような、そんな子供である。
親に怒られるような真似はせず、大人が考えるよりも先に行動することができる、頭のいい子供であった。
龍也は親にどこかにいきたいとねだったこともないし、なにがほしいと願ったこともない。
感情が気薄で、欲もなく大人のいうことをよくきく子供。
大人や、両親はそんな龍也を賢い子だと言って褒めた。
褒めて褒めて、いつの間にか、子供だった、彼を大人≠ニして扱った。
甘えさせることもなく、かといってしかることもない。
それでも、龍也は親が望む‘姿’であり続けた。
いつしか、己の意志がなくなるほどに・・・
龍也は他人の求める“イイ子”でいた。
「初めまして、俺、お隣に住んでいる諸橋亮っていいます、んで、こっちが…」
「俺は、鷺沼猛
えっと、君は…、龍也くんだっけ?
よろしく」
猛と初めて会った日。
今のように猛は顔を顰めることもなく、龍也に笑いかけてくれた。
よろしく、と差し出された手。
いつもだったら、にこりとおべっかな笑顔を浮かべよろしくおねがいします、と礼儀正しく言えるのに。
初対面の猛に龍也は、差し出された手を握れず、固まってしまった。
猛の姿を見止めた瞬間、どくり…と他人には感じたことのない胸の高鳴りがして、動揺してしまったのだった。
「龍也…くん?」
固まる龍也にたいし、猛は少し怪訝な表情をみせる。
「あの、これからよろしく…な…」
差し出さした手を握ってもらえないとわかると、猛はぽん、と軽く龍也の肩をたたいた。
「触るな…!」
胸の動悸が止まらなくて、猛に触られてからそれが余計、酷くなって。
自分の感情に、戸惑い、猛の手をはたけば、猛はむっと顔を顰めてしまった。
「そうかよ…、悪かったな。触って。もうさわらねぇよ。いこうぜ、亮」
「あ、うん…。またね…、って、猛兄待ってよ…もう…」
亮を伴い、去っていく猛。
その背は一度も振り返ることなく去っていった。
「あ…」
残されたのは、一人さびしい孤独と、後悔だった。
物わかりのいい子供の龍也だったのに…、そのときばかりは、泣きそうになった。
猛においていかれて。
猛に背を向けられて。
今でも、ふとした瞬間にあの日の出来事が龍也の胸を痛める。
最初のあの出会いがなければ…。
自分は、亮のように、猛に甘えられていたんじゃないか…と…。
本当はもっとかまってほしくて。
みてほしくて。
側にいてほしくて。
みっともなくなって。
でも、あの人の前では素直になれなくて。
*
「やっほー、久しぶりだねぇ、龍」
「りょう…」
大学帰り。近くのマックで、たまたまお茶をしていたらしい亮に声をかけられた。
亮の傍らには、可愛らしい女の子がちょこん、と椅子に座っている。
亮は席をたち、龍に近寄ってきた。
「どったの?浮かない顔して…。あ、また猛兄関係?」
「いや…、」
「二人ってほんと、仲悪いよな。俺、猛兄も龍も好きだから、さ。なんか複雑なんだよねぇ」
そういって、亮は肩をすくめる。
釣られて、龍也も肩を竦めてしまった。
亮は、二人が昔から仲が悪いものだと思っているし、いがみ合っていると思い込んでいる。
龍也の方は、まったく別の思いを抱いているのに…。
本当は、猛を僻んだり、嫌悪したりはしていない。
その逆だ。
「彼女…、いいのか?」
「あ、いけね…、今日は久しぶりのデートなんだ。またな、龍」
手を振りながら、また彼女の元へ行く亮。
もしも、彼女と、亮が別れたら…
そしたら猛は亮を慰めるんだろうか。
そしたら、亮を抱くんだろうか…。
もやもやとした黒い感情が、胸に湧き出る。
龍也は涼しい顔をしながら、それを押し込めて、帰路を急いだ。