数ヶ月前のその日。
龍馬は、グダグダに泥酔していた。

というのも、接待相手にひたすら酒を呑むことを強要されたからである。

この接待相手が、なかなかいけ好かない相手で、飲み屋について早々、強面の龍馬の顔が気に喰わないと面と向かって言い放ち、始終むっすりとしていた。

 龍馬の会社は最近業績を伸ばしているものの、まだまだ大手とは言い切れない。
なので、大手の契約は絶対であったし、その日の接待相手に対しても始終低姿勢でいたのだが…


『君の従兄弟である先代社長は、私に足を開いてまで恵沢をとったが…君には、なにができるというんだ?君も足を開くと?私はすきものじゃないんだがね』

接待相手の侮蔑めいたその一言に切れて、接待を無理矢理打ち切った。

 サラリーマンとは時に理不尽な要求も答えなくてはいけない。

ましてや、龍馬は従兄弟に無理矢理任されたのだが社長である。
会社は大きくもないが、けして小さくもなく龍馬の下には、たくさんの部下が働いている。
取引相手は世界に名だたる会社であり、どれだけ呑まされようと龍馬は耐えていたのだ。
侮辱めいた一言を相手がいうまでは。

『従兄弟《あいつ》はあんたに身体を開いて仕事を貰っていたのかもしれないが、俺はそんなことしない。仕事の話でなければ帰らせてもらう』

結局、接待が終わったのは夜の2時未明であった。


「福末の野郎」

公園のベンチに寝そべりながら、龍馬がつぶやいたのは、接待相手ではなく、一緒に接待に同行した部下の名前だった。

龍馬が恨めしく呟いてしまうのも仕方のないことで、接待中は始終、副末は取引相手の顔色をうかがうばかりで社長である龍馬がどれだけ酒を呑まされ具合悪そうにしていても気にかけることもなかった。
仲間であるはずの部下に見捨てられた感じである。

 その日の接待だけでなく、副末は龍馬が社長に就任してから冷たくなった。
昔は仲がよかったのに、今では口を合わすと小言ばかりである。

きっと、彼は龍馬が社長ということが気にくわないのだろう。
彼は元々、龍馬の従兄弟と仲がよく、彼を慕っていたようだったから…
元々社長の座も龍馬ではなく従兄弟のものであった。
しかし、ある日突然従兄弟はなんの前触れもなく龍馬と福末の前から姿を消した。


龍馬を社長にする、と書き置きを残して。

それ以来、福末は変わってしまった。


人は、変わってしまうのだ。
龍馬の昔の恋人である三原綾子もそうだった。

付き合い始めた頃はほわほわとした世間知らずなお嬢様だったのに、付き合って数年たち、彼女は誰彼構わず抱かれ浮気する女へと変わってしまった。


副末も、綾子も、従兄弟も。
みんな、変わってしまった。

変わって欲しくないと、願っても、月日は人を変えた。


「俺は……変わって欲しくないのに。
そのままが…いいのに。そう思うのは我儘なのか…おかしなことなんだろうか…」

ぽつん、と言葉を零す。

「俺は…」
「失礼ですが…」

寝そべっていた龍馬に声がかかった。
甘さを含んだ色気のある声。
酔っ払いに声をかけるなんて…警察か…。

龍馬は未だに重い頭を動かし、声がした方をみやる。


「だ…誰だ……」
「誰だ、ね……。
そんな事より久しぶりだね。龍馬さん」
「誰……」

見に覚えのない顔に首を傾げる。
東矢の事など、記憶の彼方へと消え去っていた。


三原東矢は龍馬が昔付き合っていた女の弟であった。
 
綾子は妖艶な女性で、甘え上手な彼女と東矢は目元がとてもよくにていた。
龍馬が三原綾子と付き合っていたのは大学時代のこと。今から十年近く前の頃である。
龍馬も綾子の家に赴いたときには、東矢をみかけたこともあったのだが、直接話をしたのは数回ほどでこれといって、親しくもなかった。

なので、綾子と別れてから今まで一度も思い出すことはなかったのだ。




「誰…」
「誰…ね。あんたを知っている人だよ。まさかと思って声をかけたんだ。どうしたの?龍馬さん」
「………」
「あんた、酒弱かったっけ?こんな潰れるほど酒好きでもないだろう?」
「誰だか知らんがほっといて、くれ」

龍馬は拗ねたように目をつぶった。


「ふぅん、ほっといていいの?」
「俺が風邪ひこうと何しようとどうだっていいだろ?もう、どうだっていいんだ」
「…………」

ヤケになったように龍馬はそう口にすると、視界を覆うように額に腕を当てた。


「へぇ…じゃあ、今夜ナニがあろうと…どうだっていいよね?」
「は?って……」

いいながら、東矢は軽々と、いきなり龍馬を横抱きにした。

「な、なにすんだよ」
「家は……変わってないよね?んじゃいこうか」
「は?ちょっと……!」

そのまま、東矢は龍馬を龍馬のマンションにお持ち帰りし……そのまま上に乗りかかり、今にいたる。

龍馬の保身の為に言うと、龍馬は抱かれる方ではなく、東矢が抱かれる側だったのは不幸中の幸いか。


真面目であまり女とも付き合った事がなく、もちろん男とも付き合った事がなかった龍馬にとって、東矢のことは衝撃的な出来事であった。

相性が良かったのかもしれない
淡泊な筈の龍馬が、東矢に至っては何度も東矢の中で果ててしまったのだ。
事が終わると、東矢は晴れ晴れとした顔でこう言ってきた。


「龍馬さんも楽しみましたよね?龍馬さん、今フリーですよね?なら、俺の旦那様になりませんか?金曜日…金曜日と土曜日だけでいいんで」


当然申し出を嫌がる龍馬に東矢はOKを出すまで、その身体を攻め抜いた。

精も根もなくなった龍馬はしぶしぶ東矢の申し出を呑む事にしたのだ。





いつか飽きる。
人はいつか変わる。
その時を待てばいいんだと、僅かな望みを抱いて。


何故金曜日と土曜日なのか、と尋ねると、会社がある平日は龍馬さんも休むと大変でしょ?足腰とか…と笑いながら言っていた。

「金曜日と土曜日は寝かせませんから。
特に金曜日は」


東矢の言葉通り、東矢は通い妻の如く金曜日になると龍馬の家に侵入し、龍馬を襲う。

龍馬の上に乗りかかり、龍馬を喰うように抱かれていくのだ。


ここ最近は金曜日の夜はほぼ寝ていない。
東矢とのセックスに明け暮れて。



「ん…っ」
「龍馬、さん…」
「やめろ……ここ、まだ玄関だぞ……」


長い間口づけをされていた為、息も絶え絶えに龍馬は東矢を咎める。

東矢は唇を尖らせながらも、龍馬の耳元へ顔をやり


「じゃあ、家の中なら……どれだけ襲ってもいいんですね?」

と囁く。
フェロモン垂れ流しの東矢に、龍馬の前進の血が騒ぐ。
教え込まれた快楽は、ふとした瞬間に瞬時に蘇った。

「龍馬さん?」
「す、好きにしろ……」


龍馬は赤くなった顔を見られぬように、俯きながら自分の部屋へと入っていった。

身体が快楽に、流されているのかもしれない。

じゃなかったら、同じ男を抱くなんて真っ平だしましてや、自分の家というテリトリーに進入させないのに。


なのに………


『俺は…なんでこいつを抱いているんだろう……』

「…龍馬さん……」

うっとりと、熱に浮されたような声で東矢は龍馬を呼ぶ。

龍馬は東矢にされるがまま、熱い口づけを感じていた。




百万回の愛してるを君に