政孝様に喜んでもらいたい。
政孝様に愛して貰いたい。

今までのご主人様には感じることのなかった欲求が、どんどん大きくなっていく。
どんどんどんどん、貪欲になって。
自分の中であふれ、どろどろとこぼれ落ちていった。
政孝様を思う純粋な気持ちもあるのに、ふとした瞬間に、政孝様の全てを独占したいと純粋なだけじゃない邪な思いが頭をかすめる。
溢れた思いはマグマのように燃え上がり、やがて理性をとかし、暴走してしまう。




「くそ…」
「ま、政孝さま…?」

ある日、政孝様は右手から大量に血を流した状態で家に帰ってきた。
どうされたんですか?と僕が尋ねても、政孝様はなにも答えてくれず。
僕のほうを見向きもせずに、

「利一…ちょっと…」
利一さんをよんだ。
利一さんは、この家の執事であり、親友である。
政孝様のご学友でもある利一さんは、政孝様のことをなんでもしっていて、仕事の時も政孝様のそばにいて政孝様の役にたっている。
僕なんかよりよっぽど執事らしい執事だ。

僕は、執事…というか、ご主人様の愛玩用に引き取られており、仕事の面ではまったくといっていいほど役に立たないのだが、利一さんは頭がキレて、ご主人様も信頼している。
僕のおままごとみたいな給仕とは違い、利一さんはすべてにおいて完璧であった。
時折、僕にはわからない話を2人でしていることがある。

政孝様は利一は利一でお前はお前。
お前に利一の役割を期待していない…って言ってくださったんだけど、こうして真っ先に利一さんのところにいく政孝様をみると、自分ではどうしようもないって頭では理解しているのに落ち込んでしまうんだ。

呼び出された利一さんは眠そうにあくびをしていたんだけど、政孝の傷を見るなり、顔をしかめた。

「ひどくやられたな…。大怪我じゃないか…」
「これでも、かすり傷だ」
「どこがだ」
「油断したんだ。
まさか、拳銃使ってくるなんて思わないだろう?実の甥に対して」

政孝様はそう不機嫌そうに呟くと、乱暴にソファの椅子に座った。

「あの人がああいう性格ってのは、お前が1番知っているんじゃないのかね。ああ、わんこ。救急箱持ってきてくれないか?」
「は、はい」
利一さんが言っているわんこっていうのは、僕のこと。
ご主人様命で忠犬みたいだな…ってつけてくれたあだ名である。
僕は利一さんに命じられて、駆け足で医務室にある救急箱を取りに行った。

救急箱を片手に部屋に戻ると

「抗争、ひどいのか?」
(抗争…?)
立ち聞くつもりはなかったのだけれど、聞こえてきた不穏な言葉に、政孝様の部屋の前で足が止まった。

「ああ。うざいほどにな…」
「今回の喧嘩の理由はなんだ?
相手方のシマを滅茶苦茶にしたとか?まさかとは思うが、相手方が大事にしている女狐に手を出したとか?お前気に入られてただろう」
「いいたくねぇ」
「おまえね…。
そんな怪我して毎度帰ってきたらわんこが心配するだろう」
「あいつは関係ねぇ…」
(関係ない…)

ズキ、と胸が痛む。
確かに、僕には関係ないかもしれないけど…だけど、僕だって利一さんに負けないくらいご主人様を思っているんだ。

「ほんっとに、お前のおじさんにも困ったもんだね。甥相手に大人気ないよ」
「それだけあいつも必死なんだろ。余裕ねぇんじゃねぇか。人望もないしな…」
「そんな余裕こいていると、足を救われるぞ」
「わぁってるよ」

(叔父さん…松山さんのことかな…)
政孝様の叔父さん…松山さんというんだけど、政孝様と仲がよくない。
僕も何度かあったことがあるんだけど、僕に笑顔を浮かべていたものの、その笑顔が時折ぞっとするほど冷たかった。
今でこそ、僕は政孝様に引き取られているが、もともと政孝様か松山さん、どちらの元へ行かせるか悩んだこともあったらしい。
最終的に僕が政孝様の元へ、そしてもう1人の執事候補の子が松山さんのところへいったんだけど…。
松山さんは、執事1人では飽き足らないようで、度々僕にも自分の執事にならないか?と声をかけてきていた。

『政孝には、利一がいるだろう。私のほうがあいつより君を使ってあげられるが…。君は使われることが好きなんだろう?今のなんの役にもたたない状態は本当は嫌なんじゃないのか?』
(何の役にたたなくても、政孝様はそのままでいていいといってくれる。でも…)
「とにかく、あいつの弱点をつかめ。
どんなに非道でもいい。リスクは厭わない」
「リスクは厭わない…か。その言葉、本当だな?」
「ああ。なんだっていいさ。お前に任せる」
「えらい信用だな…」
(利一さんには、こんな風に命令するのに。僕は役に立てない。
政孝様が怪我をしているのに…。僕はあなたの役にはたてないのですか…?)
そのまま、部屋に入ることができず結局部屋の前に救急箱をおいて自分の部屋へと逃げてしまった。

『どうした、わんこ。救急箱を持ってこいっていったのに、あんな場所に置きっ放しにして、こんな部屋に閉じこもってるなんて…』
しばらくして、僕の異変に気付いた利一さんが声をかけてくれた。
だけど、利一さんと向き合っていると、自分の中の嫌な感情が擡げてしまって、言葉にならなかった。
利一さんみたいになりたかった。
政孝様に頼られたかった。

それからも、度々、政孝様は大怪我をして帰ってきた。
政孝様の話だと報復もしているし、けしてやられるだけじゃないらしいんだけど。
日が経つごとに、政孝様と一緒にいられる時間が減ってしまってそれに反比例するように僕の不安は大きくなっていった。


松山さんが、僕の前に現れたのは、そんなときだった。
『君さえ私の元にくるなら…、私はあいつから手をひこう、君だってあいつの役にたちたいだろう。あいつに愛されたいんだろう』
迷う僕に、松山さんはまるで罠のような甘い言葉を吐く。

『所詮、ただの道具なんだから
主人の役に立てることができれば嬉しいだろう』

僕さえ松山さんのもとにいけば、政孝様は幸せになれる。
僕さえ我慢すれば、政孝様はきっとまた別の人間を雇い、僕のように接するんだろう。
今までのご主人様だったら、泣いて捨てないでとすがり他の子なんてみないで…といってきたけれど。

犬でも、玩具でもいい。
ご主人様が…政孝様が元気なら、それでいい。
たとえ、政孝様の傍にいられなくなっても、忘れられたとしても、政孝さまが幸せならばそれでいいのだ。

僕は松山さんの言葉に頷き、政孝様のもとを去った。
もう二度と政孝様にちょっかい出さないことを条件に、僕は政孝様の執事ではなく松山さんのものとなった。
松山さんは、ずっと政孝様に恨みを持っていたようで、大事にしている僕をずっと前から玩具にしたかったらしい。
あいつが悔しがる顔を想像すると、とてもゾクゾクするよ…とほくそ笑んでいた。

松山さんのものになってから、松山さんに何度も抱かれた。
松山さんにだけじゃなくて、知らない男にも沢山沢山、抱かれた。

政孝様に顔向けできないくらい汚されて犯されて。
毎日毎日、抱かれるたびに、自我がなくなっていった。
涙もかれはてて、ただ人形のように抱かれた。

(政孝さま…会いたい…あいたいよぉ…)
薬も沢山使われて、意識も朦朧になって、ああもう死ぬんだな…っと死を覚悟したとき、

「無事か…ーーーー!!」

意識をなくなる寸前、政孝様の姿が視界に映った。



真っ白な天井。
真っ白なシーツに、少しだけ香る消毒液のような匂い。

それから。
大好きな政孝様が視界に映った。

「まさ…か…さま…」
掠れた声で、政孝様を呼べばベッドの横の椅子に俯いて座っていた政孝様はすぐさま、顔をあげた。

「おまえ…」
僕が意識を戻ったとしるや、政孝様眉を吊り上げて、馬鹿野郎!と僕の頬を叩いた。
ジン、とした頬の傷みが広がって、怒られた事実にじわじわと涙腺がゆるむ。


「政孝さま…ぼく」
「俺が…、俺が…、どれだけ心配したと…!」

小刻みに震える手と、声。
痛々しい表情に、きゅっ、と胸が締め付けられる。
そんな顔、させたかったわけじゃないのに。
政孝様に笑顔になってもらいたかったのに。


「お前が、いなくなって、俺が…
どれほど…っ」
「ごめんなさい…。ごめんなさい。
でも、ご主人さまの役に立ちたかったんです。」
「俺の役に…?俺はお前にこんなこと、しろなんて言った覚えはない!」
憤怒の表情で、怒鳴る政孝様。

「ただ、役に立ちたかっただけなんです…。本当にそれだけで…。
政孝様の言葉を忘れたわけじゃないんです…でも、不安で…」

あいつには、近づくな。
あいつはお前を狙っているから、絶対に近づくな。
そう、政孝様は忠告していたのに。

「僕が、ぼくが…政孝様のもとを離れれば、松山さんは政孝様には手を出さないって約束したから。だから…」
僕は政孝様の言葉を裏切り、政孝様のもとを去った。
そして、意識がなくなるまで政孝様じゃない人間に抱かれた。

政孝様に呆れられても仕方ないと思う。
でも…

「僕、ご主人のなんの役にもたってないから…」
「んなもん、いらねぇって…」
「だって、わからないんです。
僕、ずっと今までこうだったから。
ご主人様の役にたてって。
それだけのために生きろって言われたから。
だから、わからないんです。なにもしないで好かれる方法が。

役にたたなくてもお側にいられる方法が…。僕馬鹿だから…馬鹿だから」

どうやって生きたらわからない。
どうしたら愛してくれるのかもわからない。
わからないから、自分を犠牲にするしかなくて。
わからないから、捨てられまいと必死で。


空回りする。
空回りして、結局、政孝様の迷惑ばかりかけてしまっている。
余計、嫌われることばかり…


「んなもん…」
「政孝さま…」
「役に立つとか、そんなん…いらねぇ…。
なんで、すぐ自分を犠牲にするんだよ…!
なんで、わかんねぇんだよ…。
なんでつたわらねぇんだよ…!どれだけ言えばいいんだよ!何回いやぁすむんだよ。
おれは…」

「ごめんなさい…」

これで、何度目だろう。
政孝様を怒らせてしまったのは。


「馬鹿で、ごめんなさい。
困らせてごめんなさい。どうしようもない僕でごめんなさい」

ぼろぼろと、涙が零れ、シーツを濡らす。
壊れたように、僕は捨てないでくださいを繰り返す。

「捨てないでくださいお願いだから、捨てないで…捨てないで…捨てないでください」
「どうせ、お前は、俺じゃなくてもいいんだろう。ご主人様なら。
おまえを支配するご主人様だったら、別に俺じゃなくてもいいんだろう。
誰でも。
俺が今、ここで捨てても。明日には違うご主人様にしっぽ振るんだろう」
「違います!」
「違わねぇよ!」

僕の反論の言葉に怒声を返す政孝様。

「違わねぇんだよ」

政孝様は小さく呟くと、僕に背を向け病室のドアへと歩きはじめた。

呆れられた…?

怖くなって、慌てて追いかけたんだけど、ずっとクスリを使われた影響か、まともに動けなくて。
僕はそのまま、ベッドから転がり落ちた。

「いやぁ…いやだぁ…いかないでいかないでいかないでいかないで…!」

政孝さまに捨てられたら、もう生きていけない。
他のご主人さまだったらそんな風に思うこともなかった。
でも、今、政孝さまに捨てられたら…。

悲しすぎて生きていけない。
生きたくない。

「政孝様、いや…いやぁ…いやだよぉ…」

泣いても政孝様はすぐに戻ってくれなくて。

「ごしゅじんさま、ごしゅじんさま、ごしゅ…政孝様!!」

まるで、呪文のように、何度も繰り返す。

「いや…いやだよぉ…政孝様ぁぁぁぁぁ」

政孝様がいないのなんて、耐えられない。
生きながらの地獄だった。
絶望感にボロボロと涙が零れ、泣き崩れる。

目の前が真っ暗になる。
政孝様がいない世界なんて、暗闇と同じ。
暗闇の中で生きていく意味なんてある…?
ないだろう。

死んでしまったほうが楽かもしれない。


そう、死を願った僕に


「馬鹿。捨てねぇっていってんだろ、俺は」
頭上から、政孝様の声。
政孝さまは、しゃがみこんで、僕の頬を両手で包みこむ。


「お前がどうしようもなく馬鹿でドジで心配ばっかさせるやつでも。俺の気持ちも言葉もまったくわかってなくてもな…」

コツン、と額と額がぶつかりあう。
僕をみつめる、政孝さまの瞳はとても優しくて。


「一生捨てたりしないから」

そう僕を安心させるように呟いて、あやすように政孝さまは僕の唇にキスを落とした。

「んっ…」
甘いキスに、悲しかった感情が消え去っていく。
暗闇だった世界が、政孝様のおかげで光が差し彩られていく。

政孝様の舌が、僕の舌と絡み合い、口づけは激しくなっていく。

「ん…はぁ…ん…」
ぎゅ、と政孝様の服を握りしめながら、僕は与えられる口づけに酔いしれた。




***
「よか…政孝様…」
数回、キスをしたら安心したんだろう。
あいつは俺の服を握ったまま、眠りについてしまった。

「ったく…」
どれだけ大事だと、愛していると伝えても、いつだって不安でいつだって俺のためを思って笑ったり泣いたりしてくれる。

お前は知らないだろう。
お前がなにもしなくても、お前に癒されている俺を。
なにもしてくれなくても、となりにいてくれるだけで、幸せに思っていることを。


きっと、知らない。

だけど、知らないままでもいい。
知らないなら、理解できるまで、ずっとそばにいてやるから。

愛してると告げるから。

「これ以上、傷つけんじゃねぇよ。
俺の為でも、もう二度と傷つくな…」



百万回の愛してるを君に