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(中略)
真っ白な天井。
真っ白なシーツに、少しだけ香る消毒液のような匂い。
それから。
大好きなご主人さま。
「ごしゅじん…さま…、」
掠れた声で、ご主人様を呼べばベッドの横の椅子に俯いて座っていたご主人様はすぐさま、顔をあげた。
「…、おまえ…」
僕が意識を戻ったとしるや、ご主人さまは眉を吊り上げて、馬鹿野郎!と僕の頬を叩いた。
ジン、とした頬の傷みが広がって、怒られた事実にじわじわと涙腺がゆるむ。
「ご主人さま…」
「俺が…、俺が…、どれだけ心配したと…!」
小刻みに震える手に、声。
痛々しい表情に、きゅっ、と胸が締め付けられる。
どうやら、僕はご主人さまを凄く悲しませてしまったらしい。
「お前が、いなくなって、俺が…
どれほど…っ」
「ごめんなさい…。ごめんなさい…。
でも、ご主人さまの役に立ちたかったんです。
ただ、役に立ちたかっただけなんです…。本当にそれだけで…。
ご主人様の言葉を忘れたわけじゃないんです…でも、不安で…」
あいつには、近づくな。
そう、ご主人様は忠告していたのに。
僕はご主人様を裏切り、まんまと捕まってしまった。
僕はご主人様にとって、ただの道具でいなくてはいけないのに。
愛されたいと望んでしまった。
結果がこれ。
ご主人様に呆れられても仕方ないと思う。
でも…
「僕、ご主人のなんの役にもたってないから…」
「んなもん、いらねぇって…」
「だって、わからないんです。僕、ずっと今までこうだったから。
ご主人さまの役にたてって。それだけのために生きろって言われたから。
だから、わからないんです。なにもしないで好かれる方法が。
役にたたなくてもお側にいられる方法が…。僕馬鹿だから…馬鹿だから」
どうやって生きたらわからない。
どうしたら愛してくれるのかもわからない。
わからないから、自分を犠牲にするしかなくて。
わからないから、捨てられまいと必死で。
空回りする。
空回りして、結局、ご主人様の迷惑ばかりかけてしまっている。
余計、嫌われることばかり…
「んなもん…」
「ごしゅ…じんさま…?」
「役に立つとか、そんなん…いらねぇ…。
なんで、すぐ自分を犠牲にするんだよ…!
なんで、わかんねぇんだよ…。
なんでつたわらねぇんだよ…!どれだけ言えばいいんだよ!何回いやぁすむんだよ。
おれは…」
「ごめんなさい…」
これで、何度目だろう。
ご主人様を怒らせてしまったのは。
「馬鹿で、ごめんなさい。困らせてごめんなさい。どうしようもない僕でごめんなさい」
ぼろぼろと、涙が零れ、シーツを濡らす。
壊れたように、僕は捨てないでくださいを繰り返す。
「捨てないでくださいお願いだから、捨てないで…捨てないで…捨てないでください」
捨てないで、そう縋る僕に、ご主人様は自嘲めいたかわいた瞳で僕をみやった。
「どうせ、お前は、俺じゃなくてもいいんだろう。ご主人様なら。
おまえを支配するご主人様だったら、別に俺じゃなくてもいいんだろう。
誰でも。
俺が今、ここで捨てても。明日には違うご主人様にしっぽ振るんだろう」
「違います!」
「違わねぇよ!」
僕の反論の言葉に怒声を返すご主人さま。
「違わねぇんだよ」
ご主人さまは小さく呟いて、頭をふると、僕に背を向け病室のドアへと歩きはじめた。
呆れられた…?
怖くなって、慌てて追いかけたんだけど、ずっとクスリを使われた影響か、まともに動けなくて。
僕はそのまま、ベッドから転がり落ちた。
「いやぁ…いやだぁ…いかないでいかないでいかないでいかないで…!」
ご主人さまに捨てられたら、もう生きていけない。
他のご主人さまだったらそんな風に思うこともなかった。でも、今、ご主人さまに捨てられたら…。
悲しすぎて生きていけない。
生きたくない。
「ご主人様、ごしゅじんさまぁ…ご主人さまぁ…いや…いやぁ…いやだよぉ…」
そういっても、すぐにご主人様は戻ってくれなくて。
「ごしゅじんさま、ごしゅじんさま、ごしゅじんさま…!!」
まるで、呪文のように、何度も繰り返す。
「いや…ご主人様…いやだよぉ…ご主人様ぁぁぁぁぁ」
ご主人様がいないのなんて、耐えられない。
生きながらの地獄だ。
ご主人様が立ち去った絶望感にボロボロと涙が零れ、泣き崩れた。
ああ、もう…ダメだ。
目の前が真っ暗になる。
ご主人様がいない世界なんて、暗闇と同じだ。
暗闇の中で生きていく意味なんてある…?
いや、ない。
死んでしまったほうが楽かもしれない。
そう、死を願った僕に
「馬鹿。捨てねぇっていっただろ」
頭上から、ご主人様の声がかかった。
ご主人さまは、しゃがみこんで、僕の頬を両手で包みこむ。
「お前がどうしようもなく馬鹿でドジで心配ばっかさせるやつでも。俺の気持ちも言葉もまったくわかってなくてもな…」
コツン、と額と額がぶつかりあう。
僕をみつめる、ご主人さまの瞳はとても優しくて。
「一生捨てたりしないから」
そう僕を安心させるように呟いて、あやすようにご主人さまは僕の唇にキスを落とした。
「んっ…」
甘いキスに、それまでの悲しみが消え去っていく。
暗闇だった世界が、ご主人様のおかげで光が差し彩られていく。
ご主人さまの舌が、僕の舌と絡み合い、口づけは激しくなっていく。
「ん…はぁ…ん…」
ぎゅ、とご主人の服を握りしめながら、僕は与えられる口づけに酔いしれた。
***
「よか…ごしゅじんさま…」
数回、キスをしたら安心したんだろう。
あいつは俺の服を握ったまま、眠りについてしまった。
「ったく…」
どれだけ大事だと、愛していると伝えても、いつだって不安でいつだって俺のためを思って笑ったり泣いたりしてくれる。
お前は知らないだろう。
お前がなにもしなくても、お前に癒されている俺を。
なにもしてくれなくても、となりにいてくれるだけで、幸せに思っていることを。
きっと、知らない。
だけど、知らないままでもいい。
知らないなら、理解できるまで、ずっとそばにいてやるから。
愛してると告げるから。
「これ以上、傷つけんじゃねぇよ。
俺の為でも、もう二度と傷つくな…」
*
ヤンデレが病んでいることを理解し受け止めてあげるタイプの相手も結構好きです
「あはははは、殺してやるー」系の攻めっ気ある強気な子も、「私を拒絶するあなたなんかいらない、ああそうだ、殺しちゃえばいいんだー!」的な子も好きなのですが、
どちらかといえば、自傷しちゃったり泣いちゃったりするタイプの方が好きです。
とことん傷ついて病み落ちする受けとかって好きです。
愛されないと知って、ダークサイドに走って、どんどん戻れなくなるんだけど最後の最後に好きな相手を庇う展開なんかも好きです。
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百万回の愛してるを君に