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「あ、宮沢さんだー、こんにちは!」
相良先生の家の近くの最寄駅。
ばったりと女子学生4人組に遭遇した。
相良先生の娘、花蓮ちゃんとそのお友達である。
花蓮ちゃんは、僕の姿をみとめると、「どうも…」と小さく頭を下げた。
「なんで、あんたまでいんの…?」
しかし、僕の横にいる夏目君を見た瞬間に、花蓮ちゃんの顔はまるで般若のように強張る。
氷点下まで下がった冷たい視線で夏目君を睨みつけた。
「なんで、って。
俺と宮沢さんがなんで一緒にいちゃいけないんです?
いつも言っているように、君に反対される覚えはないんですけど」
夏目君はそういうと僕の肩を掴んで、見せつけるように自分の胸元へ僕をひき寄せた。
肌に触れた体温に、かぁ…と頬に熱が帯びる。
「な、夏目君?」
突然の密着状態に焦る僕に対し、夏目君はどこか得意な笑みで花蓮ちゃんに微笑んだ。
「別にあんたらがどうだろうが、私には関係ないけど…。
お父さんの前では、一切顔見せるな、って言ったよね?」
「お父さんの前では、だろ?
ここは確かに相良先生のお宅の最寄り駅だけど、先生はいないじゃないですか…?」
「……」
花蓮ちゃんは、夏目くんの言葉に不機嫌な様子を隠すことなく眉根を寄せる。
花蓮ちゃんは、男嫌いである。
しかも顔の整った美形が特に嫌いで、僕が知る中では夏目君に対する態度が一番冷たい。
こうして顔をあわせば、嫌悪に顔を歪め口喧嘩に発展する。
思春期の女の子だから本当は好きなのに素直になれなくて冷たい態度をとってしまうのかな?と思っていたんだけど、聞くところによると本当に嫌いらしい。
あいつなんかと一緒にいるくらいなら、ゴキブリと一緒にいたほうがマシだと豪語していた。
夏目君もよせばいいのに、相良先生に原稿を取りに来る僕についてきては、時折出会う花蓮ちゃんに対してからかいの言葉をかけている。
まさか、花蓮ちゃんのことが好きなのではないか…なんて、担当の先生の娘もライバル視してしまう僕は相当重症である。
少なくとも、同性の僕なんかよりずっと夏目君の恋愛対象になる可能性が高いのではないだろうか。
花蓮ちゃんを揶揄う夏目くんも満更ではないのか…。
まさか、夏目くんの気になる人って花蓮ちゃんなんじゃ…。
「宮沢さん、早く行こう。お父さん、待ってる。
こんな男と一緒にいちゃ、ダメ」
「え…、かれんちゃ…」
花蓮ちゃんは無理矢理僕の腕をとって、歩き出す。
焦って夏目君を見やれば、夏目君は僕に向かって、「また」と口を動かして手を振った。
「私、このまま宮沢さんと帰るから。また明日ね、みんな」
「うん、じゃあ!」
「ええ、また明日」
夏目くんと強制的に離されて、花蓮ちゃんに相良家へと連行される。
そうそう、相良ってのは先生のペンネームで本名ではない。
先生の本名は、海月智也さんっていうんだ。
なので、花連ちゃんの本名も、海月花蓮っていうんだ。綺麗な名前だよね。
先生は、昔は出版会社じゃない大手企業に勤めていたんだけど、あるトラブルがあってやめたらしい。先生は、その後大手企業をやめて作家になったんだけど、とある出版社とトラブルになったようで…。
どんなトラブルかは知らないけど、先生にとって、とてもショックなことが起こったみたいで、そこから色々あって対人恐怖症になってしまったそうだ。
男の人を前にすると過呼吸になって、酷いときには倒れてしまう。
相良先生が対人恐怖症がなければ、間違いなく相良先生の担当は夏目くんになっていたはずだった。
花蓮ちゃんにどれだけ邪険にされようと、僕ら出版社が先生の原稿を取りにいく理由は、その作品が爆発的に売れるからだ。
対人恐怖症を患っていても、先生が書かれる作品は出すたびにヒット作になる。
なので、出版会社からすれば、是が非でも繋ぎ止めておきたい逸材であった。
ちなみに、僕がゲイということは勤めるときに話してある。
複雑な事情を持つ先生だから先に話さなくてはと思ってのことで、僕が担当する作家さんでゲイだとカミングアウトしたのは、相良先生だけだった。
ゲイだと知られたら流石に担当を断られると思っていたんだけど、僕の予想に反し、先生は僕を担当のままにしてくれた。
花蓮ちゃんも花蓮ちゃんで、お父さんがいいというなら…と僕を認めてくれているようだった。
花蓮ちゃんいわく、僕は相良先生に似ているらしい。
美人な先生と地味な僕とでは全然似ていないと思うのだけれど、雰囲気や考えていることがよく似ているようだ。
夏目君が僕に近づくのをよしとしないのは、夏目君が相良先生を裏切り対人恐怖症にした男に似ているかららしい。
彼女なりに僕のことを考えてくれてのことだった。
「花蓮ちゃん」
「なに?」
「先生、今日なにが食べたいかな?また缶詰になってるだろ?
花蓮ちゃんも勉強あるだろうし、今日は僕が作ろうと思って…」
「なんでもいいんじゃないの?宮沢さん、料理うまいんだから。お父さんはなんだって完食すると思うよ」
花蓮ちゃんのツンデレっぽい台詞に緩んでしまう頬を堪えながら、先生の家に寄る前に近所のスーパーによった。
買い物をした後、相良先生の家にお邪魔すると、すでに原稿はできていたようで、先生は嬉々とした顔で出迎えて原稿を差し出した。
先生はきちんと締め切りを守る。
締め切りはある程度の余裕を持って決められている。
作家さんもそれをわかっているのか、締め切りを過ぎても原稿をあげてこない作家さんが多い。
こうして締め切りを守ってくれる作家さんはまれだ。
先生は対人恐怖症と花蓮ちゃんのことを除けば、男なのに凄く美人だし性格もいいし、出す作品はとにかく売れるので担当になりたい!って人も多い。
僕の部署でも隠れファンが大勢いて、家に押しかけてこようとした人も何人かいた。
すべて花蓮ちゃんという、優秀な番犬に追い返されていたけど。
花蓮ちゃんにきけば、先生の容姿に惹かれて告白してくる人はなにも女だけではないらしい。こんな儚げな中性的な雰囲気をしているので、男にも女にもモテるんだそうだ。
比率としては男の人の方がちょっと多いらしい。
「宮沢さんにアドバイス貰ったおかげで、今回も終われたよ。ありがとう」
子供っぽい笑みで笑う先生。
先生は繊細な顔立ちの美人さんなんだけど、喋り方はおっとりしている。
僕よりも年上なんだけど、言動はとても可愛らしくて素直な子供みたいで、およそ年上な感じはしない。
そんな先生の描く作品は、まるで先生みたいに繊細で壊れそうな作品が多かった。
激しく、そして最後は蝋燭の灯のように儚く。
毎度どこか、儚く悲しく終わりを迎える先生の作品は、若い子のみならず、オトナにも人気だった。
「先生、今回もお疲れさまでした。
帰ってじっくり読ませていただきますね」
「うん。よろしくお願いします。」
先生は恭しく頭を下げる。つられて僕も先生に頭を下げた。
「宮沢さん、今日暇?」
「ええ。暇ですけど…?」
僕の返事に先生は、「良かった。あのね、これから夕食どうかな。一緒に…」
「いいんですか?」
「うん。あ、でも、作るのは宮沢さんにお願いしてもいいかな?」
最近、花蓮が作る料理飽きてきて…
なんて、先生は花蓮ちゃんに聞こえないように僕にこっそり耳打ちする。
「じゃあ、今日は、みんなでお鍋にしましょうか。寒くなってきましたし。ちょうど買ってきましたし」
「お鍋か、久しぶりだね、花蓮。
今日テレビで特集やってたから、食べたいって話してたんだよね」
「うん…」
「ふふ。夏目君の予想、大当たりですね。
先生がいつも『びっくりテレビ』を見てるって話、前にしたことあって…、
今日、先生鍋食べたいって思うんじゃないかな…って言ってたんですよ」
「へぇ…」
「あいつが?」
夏目君の話をした途端、花蓮ちゃんの顔が不機嫌に変わる。
「はは。でも、夏目君とやらも、本当は君と一緒にお鍋したかったんじゃないかな?
君の話だと夏目君は君にべったりらしいしね」
「そ、そんなことあるわけないですよ!」
先生は、僕が夏目君を好きなことを知っていて、時折からかってくる。
先生は夏目君と面識がないらしいが、僕が度々夏目君のことを話すのでこうして話題に出してくるのだ。
たまに夏目くんの話題が出ると、先生は悪気もなく僕を冷やかすのだった。
「僕より他にも彼とは一緒に夕食を…って考えている女性はいっぱいいますから!
僕なんか…きっと彼の頭の片隅にも残りませんよ」
「そうかな?」
「そうです…それに…」
僕が一方的に好きなだけで。
今、相良先生のおかげで、少し会話できるようになったけど、本当はこんな僕なんかとは接点という接点がない人なんだ。
だから。
「夏目君はとってもかっこよくて、社内でも有望株なんです。
きっと、先生もあったらメロメロになっちゃうかも」
「メロメロかぁ…。そんなに凄い人ならあってみたいかもなぁ」
「え…」
「そんなにかっこいいなら僕も一度お目にかかりたいなぁ…、ってそんな顔しなくても大丈夫だよ。とらないから」
「とらないって…、別に僕は…」
「そういう顔、してたけどなぁ…」
「ダメよ!絶対。」
お鍋を持ってきた花蓮ちゃんが「絶対に会わせないからね!あんなやつ!」と息巻いている。先生はそんな花蓮ちゃんに苦笑しながら、「はいはい」と窘めた。