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「俺もいい加減、仕事で先生たちのアドバイスをするんじゃなくて、自分の幸せのために動くべきなんですけどね。
肝心なところで腑抜けのヘタレなんで…」
「ヘタレ?夏目くんが?」
「はい。すっごいヘタレなんですよ、俺。
行動に移す前に諦めることなんてしょっちゅうなんです。
この前も、スポーツジムに入会するのに、3時間ほど悩んで結局辞めたくらいですから…」
「3時間も…?それで結局やめてしまったんですか?」
「ええ。やっぱりお金貯めたいので、自分で筋トレしよう…ってなりまして。
悩んだ時間勿体無いですよね。
英会話なんかも、そんな理由で習うの辞めてしまったし…」
「でも、僕も夏目くんのこととやかく言えないです。ヘタレなのも一緒です。
自慢ではないですが、気も弱いし夏目君よりもきっと、ヘタレ度は上だと思いますよ。誇れることではないんですけどね…」
肩を竦めていえば、夏目くんは「そんなことないですよ」と慰めの言葉をかけてくれる。
「…俺は宮沢さんの優しい性格が好きですよ。
宮沢さんは、いつもみんなを気にかけてくれますし、みんな宮沢さんのほわわんとしたところに癒されているんです。
何を言っても怒らないし、八つ当たりされたとしても笑って受け流してくれる。
そんなところが可愛いなぁ…って」
「可愛いですか?」
「はい…。
頑張っているところが可愛いし、仕事でへこたれないところがいいな…って、…笹井さんが…」
「笹井さんが…」
「俺も、…宮沢さんのそんなところが、凄くいいな…って思ってますよ」
はっきりと告げられた言葉に、気を使われているとわかっているのに、顔が赤らんでいく。
可愛い…なんて、僕のような、30歳過ぎの男にいうセリフじゃないと思うのに。それを嬉しいと思ってしまうあたり、重症である。
「ありがとうございます。」
視線を合わせ微笑むと、夏目君は目を泳がせて、自分の口元に手をあてた。
「夏目君…?」
「いや…すいません。不意打ちでちょっと…」
「不意打ちって…?」
「……なんでもありません…」
夏目君の様子に首を傾げれば、夏目くんはコホンと咳払いをして、
「宮沢さんは、結婚願望ってあります?」と話を変えた。
「結婚願望ですか?」
「はい。
椎名先生の次の作品が、結婚願望がある銀座の女と全くないヤクザの男のラブストーリみたいで、色々人に聞いてまして。
宮沢さんは…どうなのかな…と思いまして」
「ない…ですよ。もうこの年だし諦めたっていうか…」
そもそも、ゲイだし普通の結婚なんて無理だからね。
同性婚を考えたこともあったけど、そもそも結婚してくれなんて言ってくれるような相手なんていないし…。 なんて言葉は、胸の中にしまっておく。
ロマンチックなことを夢はみるが、それが現実にはならない。夢は夢のまま、空想で終わるのが常なのだ。
流石に30もすぎれば、いくら乙女至高な僕でも、夢と現実の区別ぐらいつく。
どんなに望んだって無駄なこと。空想は空想でしかないことを。
「結婚とか、そういう人生の大きなイベントは考えていませんね。
このまま、クビにならずに、退職までいけたらいいなぁ…って。
僕の望みはそれくらいです…」
会社内の成績も評価も、極々普通。
別に悪くもなければよくもない。
自分でいうのもなんだけど、平均的で口下手で特化すべき点がない僕。
結婚したい…なんて大それたことを思うよりも、いかに静かに安定して暮らせるか、そんなことが僕の最近の夢になっている。
平凡でいいのだ、僕は。
凄い幸せなんて望まない。
ただ、小さなしあわせを喜べる生活でいい。
「欲がないんですね…」
「つまんないですか?」
「いいえ、とても、宮沢さんらしいですよ。俺も似たような感じですから」
「夏目くんも…?」
「ええ。俺の最終的な夢もそんな感じですから。
退職して、大好きな人と縁側で日向ぼっこでもしながら、好きな本を読むんです。
お互い年取ったね、とか他愛ない会話をしながら」
「好きな人と日向ぼっこですか…。可愛い夢ですね」
「そのためには、夢のマイホームですね。
おかげさまで寮生活なんで、お金には困っていなくて貯金もたまってますけど。
マイホームを買うにはまだまだかかっちゃいそうです」
頬をかきながら、はにかんだ笑いを浮かべる夏目君に、僕は何も言葉を返すことができず曖昧に微笑み返した。
大好きな人と夢のマイホーム、か。
好きな人と一生を過ごせる未来が描ける夏目くんが羨ましい。
僕が担当している相良先生みたいに綺麗だったら、男でも一生一緒にいてほしいっていう稀有な人もいたかもしれない。
だけど、僕はあいにく、凄い綺麗って訳でもないし可愛いって訳でもない。
性格だって、甘え上手の可愛い性格でもないし、お世辞のひとつもいえやしない。
若い頃は、こんな僕でも男同士が出会いを求める店に行けばそれなりに誘いがあったけど、今じゃほぼ0
頼みこんでようやく一夜の相手を探すことができるレベルなのだ。
「夏目くんは今、付き合っている人とかいるんですか?
その人の為に、マイホームの夢を?」
「付き合っている人はいないんです。残念ながら。ちょっと気になっている人はいるんですけど…。
なかなか本命の人の前となると、いつもの強気でいられないっていうか…。
昔は随分浮ついた台詞を言っていたときもありましたが、今では臆病になってしまって…とても自分で告白なんてできそうにないですね。
仕事だとどれだけ無理難題押し付けられても大丈夫なんですけどね…。
いつも肝心なところでそうなんです、俺は」
苦笑する夏目くんに、釣られて微笑んだ。
好きな人と同じスピードで話し合いながら、道を歩いている。
そんな些細なことが、とても居心地がいい。
今日も、駅までの道を夏目くんの担当の椎名先生の新作について、会話に花をさかせていた。
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