2章
ー2ー
夏目くんが担当している椎名先生は学生時代から数々の賞を取っている鬼才な方で、出版業界のこれからを担う期待の新鋭とも称された凄い作家さんである。
これまで、数々のヒット作を世に生み出し、ドラマや映画化もされ世間的にも名実ともに一目おかれている有名作家様だ。
そんな椎名先生の作品が、この度また、実写映画化されることになった。
出演者について僕ら出版社に決める権限はないのだが、誰がキャスティングされるかなど連日、社内では映画の話で持ちきりであった。
椎名先生は、相良先生と違って、僕ら出版社の専属の作家というわけはない。
だけど、映画化される作品は僕らの出版社から出た本で、椎名先生自身もテレビのバラエティによく出ている顔のしれた大作家様である。
若い子はもちろんのこと、会社の上役の人も若い子に交じって椎名先生の作品の映画化で盛り上がっていた。
映画化ともなれば、普段本を読まない人でも映画化を機に本を手に取る機会が増え、当然本の部数も通常より上がる。
椎名先生の作品が映画化の件が出るようになってから、僕ら出版社側も本の売り出しや宣伝などで忙しくなった。
同時に、僕と夏目くんと2人きりの飲み会は必然的に減ってしまった。
僕でさえめまぐるしい忙しさなのに、夏目くんは椎名先生の担当なので、先生のアシスタントで、僕なんかの数倍忙しいらしい。
顔を見る日も数えるほどになり、数秒すれ違うだけの日も多くなった。
椎名先生の作品の映画化にあたり、僕と夏目くんの関係は僕が相良先生の担当になる前に戻ってしまった。
彼の姿を見つめるだけで、声をかけることも視線に映ることもない。
夏目くんと疎遠になって、初めて気づいたことがある。
夏目くんはわざわざ、僕と会うために時間をつけてくれたことだ。
夏目くんからいつも話しかけてくれて、今思えば僕から夏目くんに声をかけてみたことはなかった。
夏目くんが忙しくなってしまえば、こんなにも接点はなくなってしまう、と。
こうして、どんどん疎遠になって2人で過ごした日々は思い出になっていくのだろうか…ーー。
「それで、愛しのダーリンが忙しいから、珍しくお前の方からお誘いくれたわけね」
「そんなわけじゃ…」
「イイって。わかってるから。
所詮、俺は二番目の男だしね。
友情なんて恋愛の次なのよ」
わかってるって…なんて訳知り顔で一人ニヤついているのは、僕の親友・満《みつる》である。
満は僕の古くからの友人で、僕が男の人しか愛せないことを知っている。
そして、また満もゲイだった。
同じゲイな僕らだけど、互いに恋愛感情はないし、ましてや一度も肉体関係を持ったこともない。
満も僕も男に抱かれたいと思っているゲイなので、これまで二人きりでいても間違いは1度たちとも起こったことはない。
だからなのか、満とはずっと友情が続いている。
同じ男に抱かれたい側のゲイだけど、僕と満とでは容姿も性格も天と地とも違う。
内向的な僕と違い、満は物事を包み隠さずズバズバと言うタイプ。
そして、地味な僕と違い満はお洒落でひと目を引くタイプである。
正反対な僕らだが、不思議と仲がよく、今でも月に一度は合うほどだ。
もちろん、いつもマイナスに考える僕に満はイライラする事もあるし、僕も僕ではっきりとズバズバ言い過ぎる満に傷つくこともあるけれど、不思議と縁が切れることはなく、喧嘩しても3ヶ月もたたないうちに仲は戻っていた。
今日も、突然喫茶店に呼び出した僕に、満は二つ返事でやってきてくれた。
「忙しくてもさ、メールなんかはできるだろ?
連絡先、知ってるんだろ」
「知ってるけど…、でも迷惑じゃない…?
恋人でもないのにさ。
忙しい時にメールなんか送ったら…。」
「そんな気にしてばかりいちゃ、恋愛の神様もチャンス与えてくれないぞ。
気づいたらじいさん…なんて笑えないからな。
もっと積極的にいかないと…」
「他人事だと思って…」
「他人だからね…」
満は、ふふんと笑うと注文していた珈琲に口をつけた。
長い足を組んで、ただ珈琲を飲んでいるだけだというのに、絵になる満。
満の性格なら、僕みたいに会えないからってウジウジと悩んだりはしないんだろう。
「それに、もしかしたら、こうやって距離ができて逆に良かったかもしれないんだ。
これ以上、好きになったら、自分でも抑えが効かなくなりそうだし。。
最近、やばかったんだよね」
「やばい?」
「その…、色々妄想がさ…。
最近自分でもびっくりなくらい酷いんだ。
この歳で夢精ってどう思う?」
「どうって…まさか、しちゃったのか?溜まってたの?」
満の問いかけに、僕は答えることができず俯く。
この歳で、夏目くんに抱かれる夢を見て朝パンツを汚している。
それも1度や2度じゃなくて夏目くんと飲んだ日は頻繁に夏目くんと致している夢を見て、夢精してしまっているのだ。
思春期の中学生でもない。
中高年間近のおっさんが、である。
淡白な性格だと思っていたのに、抱かれる夢を連日で見るなんて、本当は僕は、ムッツリだったんだろうか…ーーー。
夏目くんは、僕の理想の男性なのだが、だからといってこうも頻繁に夏目くんのあらぬ妄想をしてしまうとは…。
「淡白なお前が随分溜まってるわね。
欲求不満なんじゃないの?
ハッテン場でも行って、健全的に抜いてきたら?」
「それ、健全じゃないから」
「んじゃ、早く気になっているやつ、モノにしちゃえよ。ノンケだって、押し倒して男の味を覚え込ませたらいけるでしょ」
「随分、無茶言うね…」
満みたいに、小悪魔でかわいいタイプならひっかかる男もいるだろう。
だけど、僕みたいなジミーズは何度もいうが需要はないのだ。
同年代は結婚はおろか、子供までいるのに僕ときたらもう何年もまともな恋愛をしてきていない。
恋に臆病になり、諦め癖がついてしまっている。
惚れやすいので惚れることはあっても、すぐに諦めセーブしてしまう。
だから、深く傷つくこともない、簡単な恋愛ばかり選んでしまう。
「お前、あいつと別れてからずーっと、フラフラしてんじゃん。
恋愛も、なんもかんも。
仕事だって、なんか悩んでるみたいだし。いい加減、吹っ切れて新しい恋、始めてみたら?お前、まだ…ー」
「満だって、昔の恋愛引きずってるくせに」
古傷を指摘されて、僕も同じように満の古傷を指摘する。
すると、普段小悪魔な笑みを浮かべている満の表情が少し崩れ、むくれた。
「俺は…別に。彼氏もいるし」
「本気じゃないくせに」
「本気になるなんて、バカみたいじゃん。俺はお前と違うの。
お前みたいな相手に尽くして尽くして、幸せってタイプじゃないから…。恋は盲目にはならないし、適当に遊んでるからいいの」
「僕ももう懲りたよ…。そういう恋は痛い目みるからね。
理想を追い求めても幸せには、ならない…ってさ」
恋は、盲目。
僕は恋した相手にはいつだって、盲目的になってしまう。
だけど、僕の盲目すぎる愛は相手にはすごく負担になってしまうようで、いつも相手から重いと言われて拒否されて縁を切られる。
重すぎる愛なんて男同士にはいらない、と。
本気になるほうが馬鹿なんだと言われ、何度も恋を終わらせてきた。
いい加減、夢見るだけでいい年代ではなくなっている。
売れ残りの親父に、恋だの愛だの、傍から見たら薄ら寒いだけ。
恋愛の神様が好きなのはイケメンだとか、綺麗な人間だけで、どんなに夢を見たって脇役にスポットが当たることはない。
ガラスの靴が用意されているのは、可愛い女の子だけ。
地味で根暗な親父なんかには、そんなスペシャルな魔法はかからない。
「だから、地味なおっさんな僕としては、見てるだけでいいんですよ。
若い頃みたいに両思いになりたいとか、そんな大それたこと、思いません」
「そういって、すぐ諦める…。恋を何年休んでるんだよ。恋愛脳の乙女至高な親父の癖に…。お前、今でもーーー」
それ以上満から追求されたくなくて、満を睨めば満は一つ大きなため息をついた。
恋を何年休んでる?なんて、愚問な質問だ。
休んでるじゃなくて、もうしないのだ。
好きという想いを伝えるなんて、ムダなことはしない。
どんなに頑張ったって、僕は物語の主人公にはなれない。
こんな地味なおっさんを好きになって、誰が幸せになる?
相手にも迷惑に思われるだけ。
そんな恋愛、誰も幸せにならない。
それがわかっているから、もう恋はしない。
恋は小説を読むように、夢見るだけでいい。
物語のように、キレイに終わるハッピーエンドなんて現実ではありえないのだから…ー。
ただ、遠くから見つめるだけでいい。
それだけで幸せなのだ。
だから、きっと、夏目くんとも疎遠なくらいでちょうどいいのだ。