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相良先生の家の最寄駅。
先生に会社のお中元を届けに行く途中で、先生の娘さん・花蓮ちゃんとそのお友達とバッタリ出くわした。
僕の姿を見つけるや否や、娘の花蓮ちゃんだけじゃなくて、連れのお友達3人も僕に向かって挨拶をしてくれる。
下校中の花蓮ちゃんに会うのもこれが一度や二度じゃなく、花蓮ちゃんのお友達ともすっかり顔見知りになっていた。
「やぁ、花蓮ちゃん…!お友達も一緒?」
「宮沢さん…こんにちは」
「あ、うん。こんにちは…!
みんなこんなところで何しているの?」
「ああ、これから何処に行こうか悩んでて…。
ねぇ、宮沢さん、これから暇?」
先生の家に出版社からのお歳暮を渡すのが、本日の僕の役目であった。
厳密に言えば、それくらいしかなくて、仕事も午前中で切り上げているから今日はほとんど用事という用事はない。
午後休を貰っていた。
つまりはいたって、暇であった。
「とくにこれといって用事はないけど…」
「ほんと?じゃあ、ちょっとお願い聞いてくれないかな?」
「お願い?」
「うん。
もうすぐテストがあってテスト勉強しなきゃなんだけどね、勉強教えてくれる先生がいたらなぁ…って」
僕にそうおねだりするのは、花蓮ちゃんの友達の木陰ちゃん。
木陰ちゃんはツインテールの垂れ目がちのベビーフェイスな可愛い女の子である。
ぽややん、と相良先生のようにおっとりとした印象を受ける子なのだけれど、とても頭がいいらしい。
花蓮ちゃんの話だと、全国模試を受けてもトップレベルに入る頭の良さなんだそう。
ふわふわとつかみどころのない性格をしているが、実際とんでもない秀才のようだった。
この歳だが、僕なんかより数倍頭がいいはずだ。
「僕なんかがテスト勉強、教えることがあるかな?」と問うと、「この子が邪魔しないように監視が必要なの!」と思ってもない返答が返ってきた。
「監視?」
「すぐに集中力切れるんだよね、木陰。
木陰は勉強しなくっても頭いいんだけど、私たち3人で勉強していると、すぐ邪魔してくるの。
じゃあ教えてもらおうとすると、難解な説明でまったくわからないし…。
だから、私たちの勉強を見るのと、木陰の相手を含めてお願いしたいの。もちろん、奢るわよ」
お小遣い出たばかりだから…と太っ腹なことをいう花蓮ちゃん。
さすがに高校生に奢られるのは社会人として…いや男として複雑である。
「…いやいや、学生さんに奢られる身分じゃないからね。気持ちはありがたいけど。
でも、奢りとか関係なく僕で良いんだったら、手伝うよ」
「ありがとう〜、宮沢ちゃん!
さっすが、気のいい乙女系親父だね!素敵!」
豪快に笑いながら、僕の背を遠慮なくバンバン叩くのは、花蓮ちゃんの友達の宗方夕日ちゃん。
花蓮ちゃんいわく、腐女子さんらしい。
夕日ちゃんは、男の人で色々と妄想するのが好きなんだそうだ。特に僕みたいな冴えない男が好きらしい。
一体、こんな冴えない僕なんかで、どんな妄想をするんだろうか。
尋ねてみたけれどニヤニヤと笑うだけで、応えてはくれなかった。
「今日は、例の彼氏いないの?
この間一緒にデートしてたじゃない」
「彼氏…?」
「ほらほら、例のイ・ケ・メ・ン!黒髪の爽やかイケメンよ!
ちょっと腹黒っぽいダークな感じがする好青年!」
「宮沢さん、この子はこの間駅でお見かけした人のことをいっているみたいです。
…夏目さんでしたっけ?」
丁寧に答えてくれたのは、走流響ちゃん。
花蓮ちゃんのお友達の中でも、しっかりもののお姉さん的存在である。
落ち着きのある響ちゃんは、4人の中で一番大人っぽい。
花蓮ちゃんはこの夕日ちゃん、響ちゃん、木陰ちゃんと仲がいいようでよく放課後は駅近くで遊んでいるようだった。
性格は全然似ていない4人だけれど、なんでも話せる親友らしくよく4人一緒にいる。
「か、彼氏って…!」
「ほら、変なこと言ってないで、いくよ。
宮沢さんもついてきて」
花蓮ちゃんは強引に会話を断ち切ると先頭に立って、僕らを誘導する。
花蓮ちゃんに連れられた先は、駅前のマックであった。
なるほど、これならば学生さんでも奢ることはできる範囲の金額である。
だが、流石にこの歳で中学生に奢られるのはなんだか申し訳ない気がして、結局みんなの分の食事代は僕が出すことになった。
「すみません…、お誘いした上、奢ってもらうなんて…」
「いやいや、これくらい。
僕のお給料なんて相良先生が書く作品で成り立っているからね。それに花蓮ちゃんにはお世話になっているし…。遠慮しないでよ」
「えへへ…ありがと〜。宮沢さん。花蓮のお父さんはこんな担当さんに世話して貰えて幸せだねぇ。嫁にしてもらえば?」
「嫁…?なに…嫁って…!」
私は別に宮沢さんのことなんて思ってないし…!と真っ赤な顔で花蓮ちゃんは狼狽える。
そんな、はっきり言わなくても。
「ああ、ごめん。花蓮のお父さんもお嫁さんタイプだったね〜。両方受けじゃ、やれるものもやれないよね。ネコ×ネコじゃダメだよね」
「なんの話?お父さんも嫁?」
「え?花蓮のお父さんの嫁に宮沢さんをって話だけど?
宮沢さんを花蓮パパ、1人だし嫁にしてもらえば…って。
花蓮のパパはちょっと天然入っているから、宮沢さんみたいな優しい人が絶対、いいと思うし。
それに身近に妄想できる素材がいて、私も妄想が滾って凄くハッピーになれ」
「夕日、これ以上言うと首絞めるよ…」
「…はい…」
空いていた窓際の席につくと、各々教科書とノートを出して、みんなそれぞれ勉強を始めた。
すぐ集中力がなくなるから…といっていたが、みんな真剣に本と睨めっこしている。
なんだ、僕がいなくてもちゃんと勉強できるじゃないか。
何か質問されるまで、僕もみんなの邪魔にならないよう、大人しくしていよう…。
僕は、鞄から読みかけの椎名先生の本を取り出した。
椎名先生の新作である。
駄目なサラリーマンが恋をして変わって行くお話で、ダメなりに主人公が成長していく物語である。
テンプレのようなお話だが、読んでいくうちに勇気づけられたり主人公のまっすぐな姿勢に感動させられた。
発売日から椎名先生のファンの間で話題になっており、今後シリーズ化が予想されるくらい面白い作品だった。
「あ、椎名先生の最新作だね?
うわー、いいなぁ。買えたんだぁ。近くの書店、売り切れだったんだよね」
僕が手にした本を目ざとく見つけた夕日ちゃんは、羨ましそうに本を見つめている。
「貸そうか…?」
「うーん、すっごくありがたいんだけど、いいや。
自分で買う!汚すと悪いし。」
「夕日ちゃんって、椎名先生のファンだったの?」
「うん。
っていっても、きっかけは顔なんだけどね。
椎名先生って、結構作家のわりに露出多いじゃない?
ミステリアスビューティーっていうか!
受けでも攻めでもどっちでも妄想がイケる貴重な顔だと思うの。
かっこよくも見えるんだけど、可愛らしくもあるっていうか…!バラエティ番組に出ていたとき、これは…って思ったんだ〜」
夕日ちゃんは、椎名先生がどれだけ素敵か熱弁してくれる。
熱意は伝わったものの、不思議な用語を交えた会話に、半分以上何を言っているのか理解することができなかった。
結局、呆れた花蓮ちゃんが止めるまで夕日ちゃんの椎名先生トークは続いた。
「最初はね、イケメン作家の先生にドキッとしちゃったわけなんだけど、今では先生の作品も好きでよく読んでいるんだ〜。
面白いよねぇ、先生の作品。何作品読んでも飽きないよ。
ね、宮沢ちゃん。作家とかのパーティであったことない?
椎名先生に…」
「パーティは、確かに年に何度か作家の先生や出版社が集まるものがあるらしいけど、僕はいったことないよ。下っ端だからね」
「じゃあ、椎名先生にあったことない?生で見たことは?」
「僕はないかな。
会社にもきたこともあるらしいんだけど、僕は会わなかったし。
実は椎名先生の顔も知らなかったりして…」
「ええ、ほんと?すっごく顔出ししてるのに?本なんて興味ない私でも知ってるのに。宮沢さん、テレビみないの?」
「うん。変かな?」
顔出しでインタビューやったり握手会もやったりと、露出度はかなりある椎名先生なのだが、僕は一度も夏目くんが担当する椎名先生を見たことがなかった。
僕自身、TVをほとんど見る習慣がないことも、知らない要因になっているだろう。
「ねぇ、花蓮のお父さんならあったことあるんじゃないの?
パーティとか」
「うちのお父さんはパーティなんかいかないよ。
引きこもりだから」
「…まだ対人恐怖症治らないんだねぇ…。
男の人と一緒にいると震えが止まらなくなったりするんだっけ?
あ、でも宮沢さんは平気なんだよね…」
なんで宮沢さんは平気なの?と木陰ちゃんは首をかしげる。
「それは…」
「みやざわさんは男っぽくないから…男らしさを感じないからよ」
花蓮ちゃんの言葉に、なるほどと夕日ちゃんは頷いている。
確かにそうなんだけど、そんなにバッサリと言われると、少し男として傷つく。
その通りのことなので、反論はしないが…。
「そうなんだ。
でもそこから芽生える愛!なんていうのもありなんじゃないの!!
君だけは平気だった…。
実は、君のことが好きだから…みたいな…。
いやーん、受け×受けっていいかも!
ああ、でもどっちが受けなの〜!
日によってリバーシブル?ああ、リバ?リバなの??」
嬉々とした声で、一人妄想の世界に入る夕日ちゃん。
「あの…夕日ちゃん??」
「ああ、ほっておいてください。そのうち元に戻るんで」
「は、はぁ…」
結局、勉強会はそんな雑談ばかりでまともにテスト勉強なんてできなかった。
監視員だったはずなのに、気づけば一緒になってお喋りしてしまって、勉強会≠ヘいつの間にか消滅していた。