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満に励まされ、少しだけ僕は前向きに物事を考え始めてみた。
残った有給で、今まで無頓着だった外見にも気をくばり、お洒落な美容院にもいったり眼鏡を変えてみたりした。
普段は入らないようなレストランにも行ってみて、少し美味しいものを食べてみたり…。
今まで仕事に対しても逃げてばかりだったけれど、真剣に考える時間も増えた。
今の仕事のままでいいのか、転職すべきなのか…ー。

今までロクに考えることもなかった、見なかったふりをしていたことも改めて考えてみたりもした。

僕自身、もう少しこれからのこと、一から向き合う努力が必要かもしれない。
そう、自体を前向きに考え始めた時だった。
急なスクープが舞い込んできたのは…


『宮沢さん、大事件だよ!宮沢さんのダーリンが浮気だよ!』

そんな一文とともに、送られた写真。
差出人は、花蓮ちゃんの友達の夕日ちゃんからだった。
夕日ちゃんから送られた写真には、美人な男の人と、夏目くんがラブホテルのような建物から出ているところだった。
ホテルから夏目くんが男の人と出てきているだけでも衝撃的なのに、夏目くんの腕はその人の背中に回っていて。
男の人は夏目くんに身体を預けるように、ぴったりとくっついていた。


『夕日ちゃん、これ…』
『びっくりだよね…!この美人さん、椎名先生だよ。
これ週刊誌に持っていったら、大スクープになっちゃうレベルだよね?椎名先生、顔知られてるし。
見つかったのが私だったから良かったものの、これがもし週刊誌とかだったら…明日のトップニュースになっちゃうかも』


椎名先生…この人が…。
初めて目にする椎名先生の姿。
椎名先生は、相良先生とはまたタイプの違う美形だった。
肩まで伸びた栗毛色の髪。
目鼻だちははっきりとしていて、外国の血が混じっているのか透き通るような白さだった。


『夕日ちゃんはこれを、どこで…』
『ん?桜丘の駅だよ。
ちょっとある人を尾行してたら、思いもよらぬところに遭遇しちゃったっていうか。
こんなところで椎名先生を見れるなんて思わなくて、激写しちゃったよ!

椎名先生、だるそうにしてるし、相手の爽やかイケメンは椎名先生のこと気遣うように、腰抱いているし…。
あ…!いま、二人、タクシーに乗ったよ!
これからどこ行くんだろうね』

花蓮ちゃんから送られてきた写真の中に映るのは、正真正銘、夏目くんだった。
送られてきた写真の夏目くんのスーツには社章であるバッチがついている。


『椎名先生の男の恋人って、この人だったんだ〜。
いやぁ、やっぱり実物を見るとより妄想が広がるね…』

続けざまに送られた夕日ちゃんのメッセージ。

『男の恋人…?』
『知らない?椎名先生ファンの中じゃ有名だよ。
椎名先生ね、ゲイで女の人駄目なんだって。
だから毎回付き合っているのは男の恋人らしいよ。頼りがいのある人が好きなんだって。先生って、すっごい自由人だから、そんな僕を上手く操ってくれる優しい人が理想、なんだって…』

優しい、ひと。
ピンとくるのは、夏目くんのことだった。
夏目くんは世話好きで、椎名先生は甘え上手。
バランスの取れた2人である。

夏目くんが男の人でも恋愛対象になるなんて聞いたことないけれど、椎名先生くらい綺麗な人ならば性別も関係ないかもしれない。


『ほんとお似合いだよね、この二人。ね、宮沢さん、今度この椎名先生と一緒にいる人に椎名先生をどう思っているのか聞いてください!お願いします』
『ああ、うん….そうだね…』

スマートフォンの画面に映る二人は、確かに長身の美形同士でお似合いだ。
僕みたいな平凡で内気な人間が立ち入るスキなんかないくらい…。とても、お似合いだ。

『今度、聞いてみるよ』
聞く勇気なんてないくせに、夕日ちゃんにそうメッセージを送りスマートフォンをポッケにねじ込んだ。


 有給が終わって。
消化不良な気持ちのまま、仕事に復帰した。
休みの間、前向きに物事を考えると決意したばかりだというのに、また憂鬱モードに陥っている。
先生のこと、夏目くんのこと。

考えるなと思っているのに、ふとした瞬間に頭に浮かんでは、モヤモヤした思いが広がっていく。
そんな僕を心配して、編集長は何度か面談を設けてくれた。
今の仕事、やめたいのか?
なにか悩み事はあるのか?と。

今のお前は仕事に振り回されすぎていて、自分を見失っている。
そんな人間に仕事を任せるほど、こちらも暇じゃない…と、はっきり言われてしまった。

このまま、調子が戻らなければ…首になってしまうんだろうか。
いっそ、首になってしまえば楽になるんだろうか?


「…あれ、まだいたんですか?」
「…あ…、酒井君…。お疲れ様です」

相手は僕への返事も返すことはなく、軽く一瞥する。
こうして返事が返ってこないのはいつものこと。
彼の名前は酒井くん。
僕のあとに、相良先生の担当になった子だ。


 夏目くんの大学の頃の後輩で、夏目くんを凄く慕っている子なのだが、僕は嫌われているようだ。。
接し方も距離をおかれているし、態度はいつも辛辣なものだった。
僕以外にはこんな態度を取っていないので、どうやら僕は特別彼に嫌われているらしい。

嫌いな態度を隠そうとしない相手を好きでいられるほど僕は人間ができていない。
酒井くんが僕を嫌いなように、僕もまた彼が苦手だった。

フロアには、僕と酒井くんの2人。
さっさと残った仕事を終わらせようと、キーボードを打つ手を早めていると…。

「ねぇ。宮沢さんさ、…相良先生甘やかしすぎだったんじゃないの?」

唐突に、酒井くんは切り出した。

「今まで宮沢さんやみんなが甘やかすから、あんなにダメ人間になっちゃったんじゃないの?」
「え…?」
「宮沢さんさ、大物作家の担当になれて浮かれて先生自身のこと考えてなかったんじゃないですか?
先生が大物だからって、甘やかして…我儘全部受け入れて。
腫れ物扱い、してたんじゃないの?」
「そんな…こと…」
「少なくとも、夏目先輩なら、もっとしっかりサポートできたと思いますよ。先輩、先生たちの心のケアもうまいから。
甘やかすだけが優しさじゃないでしょ。
ただ嫌われたくないから、逃げていたんじゃないですか…。
当たり障りのない言葉をいって、適当に繕って。
先生自身のこと、本当に考えてました?

俺は、あなたではなく夏目先輩に相良先生についてほしかったんです。
夏目先輩は俺の憧れで、相良先生が出した本は俺の楽しみでしたから。
きっとそんな二人が組んだら、ヒット作連発する…って思っていたのに…。今の先生は…」

酒井くんは鋭い視線で僕を睨みつけると、

「あんたみたいな人と関わるから、うまくいかないんだ。
あんたがいなければ先輩は、相良先生の担当だったのに。
先輩は、ずっと相良先生の担当になることを目標にしてきたのに…」

そうまくし立て、酒井くんはそのままフロアを出ていった。


『先輩はずっと相良先生の担当になることを目標にしてきたのに』
夏目くんは、相良先生の担当になりたかった?
どうして?
先生に憧れていたから?
僕が相良先生の担当になってから、距離が接近したのも僕が相良先生の担当だから…?
僕に関心があるのではなくて、夏目くんの目的は相良先生だった?

『相良先生甘やかしすぎだったんじゃないの?』
先生はこんな僕では駄目だと思って担当を外したんだろうか。
僕はずっと先生を支えていたつもりだった。
だけど、先生にほんとうに必要なのは優しさや支えではなく、厳しい言葉だったのか?


相良先生の様子を聞くために花蓮ちゃんに連絡を取ると花蓮ちゃんからは「宮沢さんの時と変わらない」と返事がきた。

何も変わらない。
結局、僕は役にも立てていない。

夏目君のように。
夏目君みたいになりたい。

そう、思っただけなのに、現実はうまくいかない。
我武者羅になればなるほど、空回り。

百万回の愛してるを君に