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「いいところって?」
「素直で可愛いってことさ。」
「馬鹿っぽいと?」
「捻くれない捻くれない。正直ってことさ」
先生はウィンクしながら答えると、僕が座っている前の席に座った。
片肘を机につきながら、「んで、君をそんな顔にしている原因は?」と、僕に問う。
まるで、満のようにズカズカと僕の悩みを尋問してくる先生に、苦笑する。
満も椎名先生も、よくすんなりと聞けるものだ。
見習いたいところである。
「実は、夏目くんに逢いたいのに、逢えないから落ち込んでいたんです」
「そーじくんに?どうして、また…」
「それは…ー」
それは…ー。会って言いたいことがあるから。
会って、僕と同じ気持ちなのか、きちんと聞いて見たいから。
僕は、椎名先生を真っ直ぐ見据えて、口を開く。
「夏目くんに、言いたいことがあるから…言わなくてはいけないことがあるから、会いたいんです」
「へぇ…」
先生は僕の表情に、面白がるように目を細めた。
「言いたいこと、か。ふふ…。どんな話だろう?」
「あの、つかぬことお伺いしますけど、夏目くんと先生の関係って、どんな関係なんでしょう?」
ずっと聞きたかった言葉を、聞いてみれば先生はあっけらかんと
「ただの作家と担当だけど?」と答える。
「それだけ、ですか…」
「それだけ、だけど…」
それがどうした?と、先生はキョトリとした顔で聞き返した。
ただの作家。
なんだ、付き合っていたわけじゃなかったんだ。
ほっと安堵したが、すぐさま思い返す。
ただの作家にしては、2人の仲は親密すぎる。
それに…ーー。
「だって、ホテルに行ったって…」
「ホテル?」
「写真が…」
夕日ちゃんから送られたラインの画面を見せると先生は、ああ!と手をたたく。
「あれね。うん。行ったね。…取材だけどね」
「取材…?」
「今度の新作ハードボイルド系でいく予定でね。
主人公は刑事で、ヒロインはホステスって設定なんだ。
1人で夜の街に僕が取材に行くと、売春かなにかと勘違いされるから…ってついてきてくれたわけ。
やましいことはないんだけどな…。それに、そーじくんは僕のタイプじゃないから…」
「…でも、抱き合っていたって」
夕日ちゃんが撮った写真は、ただの取材って感じじゃなかった。
あれは…ガッチリ抱き合っていた…はず。
先生は僕の言葉に、うーん…と考え込み、はたと手を叩く。
「それは、僕が酔いつぶれていたからじゃないからな。
夜の街だーってはしゃいじゃってね。
僕、酒グセ悪いんだよね。すぐ酔っ払うし…。酔っ払うと、人にベタベタくっつくわ、甘えるわで大変らしいんだよね。ラブホも多分酔った勢いで寄ったくらいで、中には入ってなかったような…?」
「酔っ払って…抱き合ったんですか…」
「そうだと思うよ。なんなら、そのラブホテルに行ってみようか?
絶対、僕とそーじくんがホテルの部屋で泊まったとか、そういう証拠はでないはずだから。
だから、可愛いヤキモチ焼いても意味ないと思うけど?」
ヤキモチ…って…。
先生は、首筋まで真っ赤になった僕を見て、クスリと笑った。
しばらく先生はニヤニヤと僕を見つめていたが、不意に真顔になり
「でもね、そーじくんは僕が言うのもなんだけど、めんどくさい男だよ、恋人にするのは不向きかもね」と呟いた。
「なんせ、そーじくんは、初恋のせいで、人生計画が狂っちゃったわけだし」
「初恋のせいで?」
「そうそう。
そーじくんはね、昔、ラブラブな恋人がいたんだけど、色々あって傷つけてしまったんだって。
以来、恋には慎重になってるのよ。
あの腹黒のそーじくんがだよ。
担当作家が締め切りで苦しんで「もう死ぬー」って言ったら「じゃあ、死んでください」って毒のある笑みで笑いかける、そーじくんが、だよ?」
酷い言われようである。
そんな話を盛らなくても…と言えば、椎名先生は「天然って恐ろしい。あれで気づかないのはおかしい」とブツブツ呟いている。
「あの、勘違いってどういう意味です?」
「そーじくんも若かったってこと。
いつもは冷静な感じだけどさ、それは大きな猫かぶっているだけで。
本当はすっごい俺様だし、我儘だし、情熱的なのよ。
だから、本気で恋すると周りが見えなくなっちゃう…。
それで、若い頃の恋愛は沢山、失敗したわけ。んで、今度は取り繕うことばかり上手くなって、段々と本当の自分を見せることに臆病になって…ーー」
椎名先生は、「まぁ、色々迷惑かけてきたからそーじくんには幸せになってほしいけどね」と、零す。
その言葉には、夏目くんへの親愛の気持ちが滲み出ていた。
「椎名先生のこと、夏目くんは信用しているんですね」
「信用はしてるかもね。でも、それだけだよ。僕らの間に恋愛感情なんてものはないし。親友みたいなものだからね。
邪推するだけ時間の無駄だと思うよ。君にもいるんじゃない?僕とそうじくんみたいなお友達。
気にすべきはそーじくんの初恋の人のほうかな。
いつも、スマートな恋愛をしてきたそーじくんを変えたヒト。無理矢理聞いた話じゃ、綺麗な年上の人らしいよ」
「年上の人ですか…。
今でも、夏目くんはねその人のこと、好きだと思いますか?」
「さぁ…。本人に聞いてみたらどうだろう?
自分で聞くのも大事だよ。
これ、サービスとして貸してあげるからさ」
先生は背広のポッケを探り、手にしたものを机の上に放り出す。
先生から投げられたのは、銀色の鍵と名刺だった。
「なんですか、これ」
「僕んちの鍵。それから住所が書かれた名刺。今日、そーじくん、僕の家に泊まっているから」
「え…」
「そんな顔して…。何もないから。ただ、ペットの世話を頼むために来てもらっただけだし。
それに僕は…」
「椎名先生…!」
ここにいらしたんですね…!とまるで飼い主を慕う犬のように僕らに一目散にかけよってくる人影。
「編集長?」
「待っていてくれたんですね。嬉しいです」
編集長は椎名先生に近寄ると、にっこりと微笑んだ。
「ああ、まぁ…」
編集長の笑みに気まずげに、椎名先生は視線を彷徨わせる。
この間も思ったけど、編集長の前だと、椎名先生の態度はガラリと変わる。
編集長を椎名先生は凄く意識しているようだ。
そんな椎名先生に、編集長はいつにも増して、笑顔で…。
「あ、あの編集長。お疲れ様です」
声をかけると「あれ、宮沢くんもいたのかい?」と。
編集長…そりゃ、僕は椎名先生みたいに綺麗じゃないですけど…、隣にいるんだからわかるでしょう。
それともなんですか、椎名先生が眩しすぎて、僕みたいなジミーズは視線に入らなかったってことですか?
「あのお二人、待ち合わせでもしていたんですか?」
「いや…。していないよ。今日はね」
「今日は…?」
「また僕の家に押しかけられたら困るからね。今はそーじくんがいるし…。仕方なく迎えにきただけ。変なこと言わないでくれます?」
椎名先生は、そう言い訳のような言葉を吐くと、席をたちエレベーターへと向かった。
その後を編集長が飼い主を慕う犬のように追っていく。
エレベーターに乗り込む瞬間、椎名先生はふと思い出したように僕の方に振り返ると…ーー
「今夜は帰らないから、頑張ってね」
「え…あの?」
「じゃあ、またね…」
困惑する僕をよそに、編集長と椎名先生を乗せたエレベーターは、ゆっくりと扉が閉まっていった。
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