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菜月は小牧をマスターのカフェに呼び出していた。
小牧と直接会うのも、これで数十回目である。
今日も小牧は待ち合わせ時刻より10分後に、小走りに店へと駆け込んできた。
仕事が忙しいのだろう。
忙しい小牧だから、メールでいいのに、小牧は菜月がメールをいれれば律儀にこうやってあいに来てくれた。
流石に、急患がきたときはそちらを優先するようだったが、仕事があるときも休憩時間を利用しあいにきてくれるようだった。



「はー、もう今日さぁ、早く治せ!って患者がいてさぁ。
正直、そう思うなら規則正しい生活しろっちゅーのっ
俺は魔法使いなんかじゃないんだから」
「はは…」
「まったく頑固ジジイの相手は疲れるよ。ま、小うるさいババアも嫌だけどね。俺がそんなにバンバン魔法使いみたいになおせるなら、医者なんていらないって。あいつら、俺を魔法使いとでも思っているんじゃないの」
「それだけ信用されてるってことですよ」
「信用ねぇ…」

興味なさそうに、小牧は煙草に火をつける。
小牧は大学病院の外科で、それなりに腕もいいらしい。
わざわざ地方から小牧を尋ねてくる人間も少なくないんだそうだ。
大学でも目をかけられており、お偉いさんからのお見合いの話も度々あるらしい。 面倒だからすべて断っているらしいが。
小牧は真正のゲイで女はダメなんだそうだ。
友人なら何人かいるが、男女として付き合うのは無理らしい。

「男好きのゲイなお医者様って知られちゃ、患者様も目を覚ますんじゃないのかね?俺は万能ななんでもなおしてくれる魔法使いなんかじゃなくって、いつも男を漁っている淫乱なお医者様ってね。そんな男を娘の旦那にしたいのかい?っていいたいよ」
「またそんなこといって。大学から追い出されちゃいますよ」

頼まれた珈琲を差し出し、マスターは小牧を咎めた。
小牧はいいもん、と口を尖らせて、紫煙を燻らす。

「どれだけ人を救っても、救いたい人は救えないし、必要とされていないんだからさ。真面目に生きるだけ損なんだよ。
ちゃらんぽらんと生きている方が俺にあってんの…。こういう性分が俺にはあってんだよ」
「そんなこといって…」
「お説教ならノーサンキューですよ。
ほら、黒沢君。うるさいマスター引き取って」
「小牧さんってば…いいですよ、もう」

マスターはふいっと顔をそらし、店の奥に下がっていった。
マスターの姿がみえなくなると、小牧はやれやれ…と肩を落とした。

「マスターのいいところは優しいところだけど、時々おせっかいすぎるんだよね」
「マスターは小牧さんのこと心配しているんですよ」
「あの性格だからねぇ」
「2人は付き合ったりとかしないんですか?」
「お二人って俺とマスター?
ないないって。俺たち両方とも受けだしね。いいな…と思ったことはあるけどね。深い仲にはなれないのさ」
「う、受け…?」
「そう。 男に抱かれたいってほうなの。
それにね、マスターもマスターで、ずっと忘れられない人がいんのよ。
俺みたいにね。マスター、あの容姿であの性格だからさ、好きって人間も多いけど、誰もマスターの忘れられない人には勝てないみたいだよ。一度、俺が柄にもなく攻めに回るから一緒に寝ない?ってベッドに誘ったこともあったけど、にべもなく断られたよ。
余計虚しくなりますから…って。
いっそ、忘れることができたら楽になるのにね。
俺も、マスターも…。」
「小牧さんみたいに…?」
「そう。俺みたいに…ね」

小牧は持っていた煙草を灰皿でもみ消して、菜月の頬に手を添える。

「菜月くん、痩せた?」
「え…」
「出会った頃から痩せてると思ったけど最近また凄いやせたきがするよ。
きだるそうで…色気?みたいなのも出てるし…。大丈夫?」

小牧は、痛ましく顔をしかめた。
大丈夫です、と菜月は笑うものの、小牧は顔をしかめたままだ。


「ちょっと最近、バイト入れすぎたからかもしれません」
「バイト?ガソリンスタンドだっけ?」
「はい。ほしいものもあるので、ちょっと頑張りすぎたかもしれません」
これからはセーブしますね、となにか言いたげな小牧に微笑んでみせて追及の言葉を封じた。

「そう。
なにかあったら俺に相談しなよ、何てったって俺は医者だからね」
「心強いです」
「おぅ、任せなさい」

ポンポン、と子供にでもするように小牧は菜月の頭を撫でた。

「小牧さん、子供扱いしてません?」
「してないしてないって。わんこ扱いはしてるけど」
「なんですか、わんこ扱いって…」
「だって、君、わんこみたいなんだもん。君」

小牧といると、悩んでいた事が少し安らぐ。
こんな小牧だから利弥は彼を時折抱いていたのかもしれない。
家族を失った悲しみから逃れるために。さみしさを埋めるように。
愛ではなく、二人でお互いに哀しみあっていたのかもしれない。
必要以上に追求しないし、深追いもしない。
だから、疲れた時に寄り添える止まり木のような存在になれるのだ。


菜月と小牧は利弥に愛されてないのに抱かれているが、根本的にたった一つ違う部分がある。
菜月はただの復讐相手。
小牧は悲しみを共有しあうセックスフレンド。

憎しみを解消させる自分より、傷をなめあう関係の小牧の方がよほど利弥に近い存在になれるんじゃないだろうか。
小牧にならば、利弥は弱音を吐けたりするんだろうか。
憎しみに心を曇らせることなく、小牧なら、少しでも利弥の傷を塞ぐことができるのだろうか。



  
百万回の愛してるを君に