「今日はね俺も知らなかった衝撃事実。
聞かない方が良かったって思うかも知れないけど、それでも知りたい?」
「聞かないほうが良かったって…」
「内容がなかなかヘヴィーだから」

菜月はしばらく悩んだのち、それでも知りたいです、と答えた。
今更、秘密にされているほうがモヤモヤしてしまうし、ここまで関わり合いになったのなら、全て知りたいと思う。
すべて真相を知ったうえで、きちんと利弥と向き合うことができれば、利弥も自分を子供扱いせず、対等な大人として向き合って本音を吐露できるような気がするのだ。
今の自分はまだまだなにも知らない子供だから。
子供な自分に、利弥は身をゆだねることなんて、できないのだ。
いつまでも、甘えるだけの子供では利弥はきちんと向き合ってくれない。
いつまでも、何も言えぬわんこのままでは、彼の言葉に返事を返すこともできないのだ。

菜月が小牧の言葉を待っていると、小牧は静かに切り出した。


「そうだな、なにから話そう。色々とわかったことがあってね。
前回、利弥と香月が兄弟って話、したよね」
「は、はい。18の時のって」
「そう。利弥が18の時。
あいつが一人暮らしをし始めたとき、香月がやってきたんだ。
自分は、“腹違いの貴方の唯一の弟です”って、なんのまえぶれもなく利弥の元に押しかけたらしい」
「…腹違いの?」
「そう。『俺は貴方の唯一の弟です』って。
だけど7年もの間最愛の人が行方不明になり心を痛めていた父親が、よそで子供を作るはずない。
そんな器用な人じゃないし、父親は最後まで母に一途だったはずだ。
最初は突然現れた香月を、利弥は不審に思って反発したし、嫌っていたようだったよ。
俺や総一郎にも、いきなり部屋に居ついた香月に、よく愚痴っていたよ。
あの居候いつまでいる気だ…、ってね。
利弥は香月の『弟』って言葉を嘘と決めつけていたし、無理矢理家に押しかけたり香月を、家から追い出そうとしてた。

だけどさ、香月は魅力的だから。
反発しつつも利弥は香月に惹かれ…やがて、香月を恋人のように愛していったんだよ。
兄弟と言われていたのに、弟を愛してしまったんだ。
己の気持ちをわかってもらうために、強姦まがいのことをするくらいにね」
「ご、強姦…」
「そう。無理矢理、同意もなく香月の身体を抱いたらしい。
利弥がクリスマスが嫌いなわけ、知ってる?
利弥がクリスマスの日に弟を強姦したからだよ」
「クリスマスの日に…?あれ…」

クリスマスの日。
香月に、かっちゃん。
クリスマスが嫌いな利弥。
クリスマス、香月とクリスマスパーティをした菜月。

けして埋まることのなかったパズルのかけらが合致し、菜月の頭の中で展開していく。
今まで埋まることのなかった空白のピースが見つかって、次々と他のピースが組み上がるようだ。ひとつ埋まれば次々に世界が広がっていく。


(クリスマス一緒に過ごしたいって俺がごねたら、かっちゃんは『クリスマスは大事な人との約束があるから一緒に過ごせない、ごめんな』って言っていていたんだ。
そしてクリスマスが終わって、翌日やってきたかっちゃんに、抱き着こうとしたら、かっちゃんは泣いていたんだ。
どうして、クリスマスに一緒に過ごしたなんて思っていたんだろう?
クリスマスの日に、俺はかっちゃんとクリスマスパーティーはやっていない。
クリスマスの日、かっちゃんは大事な人の用があって会えなかったのだから。
俺が会えたのは、本当は26日だった。
なんで、かっちゃんは泣いていた?
かっちゃんは…かっちゃんは?)



かちり、と脳内で何かのピースが埋まるような音がした。
その音とともに、菜月の脳内に古い記憶が再生された。


『許さないんだよ…、許せないんだよ…』

悲しく落とされた言葉は、悲痛に濡れていた。
両手で顔を隠し、膝を抱えながら、泣いていた。
フルフルと小刻みに震えながら、嗚咽を交えて。


『かっちゃん…』
『菜月、俺は、オマエガ…−嫌いだよ…。
お前なんて、ほんとは、嫌いなんだよ。

だって、お前は…オマエハ…、

おまえは…ーーーーおまえは…』

止まっていた記憶が、動き出す。
途切れ途切れだった言葉が、脳内ではっきりと聞こえる。
今まで光が当たらずに見えなかった場面が、鮮明と露になる。

『ーーー俺が復讐しないといけないやつだから。
俺はお前が、嫌いなんだよ。
のうのうと生きている、俺のすべてを奪ったお前が嫌いなんだ。
お前にわかるか?
生まれた瞬間に捨てられた気持ちが。
母さんに首を絞められ、恐ろしいものをみるような目で見られた俺の気持ちが。
いらないと、反乱狂になって、拒否された気持ちが。
存在してはいけない、人間の気持ちが。
お前にはわからないだろう?
なにも知らず、のうのうと生きてきたお前にはわからないんだ。
すべてが否定され続けて、愛情もわからなくなった、こんな俺の気持ちなんて、お前には、わかるはずないんだ。
せめて、息子として…。そう思って自分を捨てた父親のもとにあいにいって、すでに俺の代わりにお前がいて俺は息子としても生きていけなくなった。
お前がいたから、俺は最後の居場所までなくしたんだよ。

実の兄と父に身体を求められて、堕ちていく様を嘲笑う、こんな俺の気持ちなんてわかりっこ、ないんだよ!!
生まれてはいけない人間の気持ちなんて、お前にはわからないんだ』


「…あ…」
進むことのなかった場面が、動き出した。
色あせていたセピア色していた記憶が、彩りだす。
忘れかけていた記憶が、ゆっくりと脳内を支配した。

「菜月君…?」
蘇った記憶の断片に、菜月の身体は痙攣する。
菜月の脳裏に蘇った記憶の香月は、恨めしい瞳で見つめていた。
利弥と同じ。
いや、それ以上に、憎しみを込めた憎悪の瞳で菜月を見ていたのだった。


「大丈夫か?」
「ダイジョブ…です」
「ほんと?顔色悪いけど」

心配する小牧に、菜月は話の続きを促す。
蘇った記憶の一部。
あの日、香月は泣いていた。
あの日はクリスマスが過ぎ去った12月26日のことだ。
やってきた香月は泣きながら、菜月に言ったのだ。
俺は、お前に復讐するために、やってきたんだ、と。


「かっちゃんが利弥さんの弟というのは嘘じゃないんですか?」
「ああ、腹違いの弟ってのは、香月がついた嘘だった。
弟ってのは本当だったけどね。
香月の父親は…、中川喜一。君のお父さんでもある、中川喜一なんだ。
そして、母親は…7年間、行方不明だった利弥のお母さん。
まぁ、つまり利弥と君は血は繋がってないけど、親戚…ってことになるのかな?」
「親戚…俺と、利弥さんが。それに、かっちゃんと、俺のお父さんが一緒…?利弥さんのお母さんは7年間行方不明で…」
「うん。だから、その7年間の間に香月ができたんだよ。
さらにいうと、利弥のお母さんっていうのが、中川喜一の実の姉だった。
利弥からすると中川喜一は、叔父さんだったってわけ」
「じつの…あね…?叔父さん…?」
「そう。近親相姦の末にできた子供が、香月だったんだよ。
だから、兄弟ってのは嘘じゃなかったんだ」

無理矢理襲われて、しかも近親相姦の末、できた子供。
それが香月。
禁忌の末、できた子供。

「…それを利弥さんは…」

「あいつが知らないはずはないと思う。君に対しても興信所で調べたくらいなんだから、当然、香月のことも調べているはずだよ。
利弥のお母さんが精神が病んでしまった理由は、攫われた7年間で起きた出来事で、子供である香月にもその原因がある…そう考えたんじゃないかな。

香月は、きっと悩んだんだと思うよ。
近親相姦で生まれしまった自分と、実の兄である利弥の恋慕に。」
「近親相姦に生まれてしまった自分…」
「利弥だって、同じように悩んだと思う。
自身の母親を苦しめた存在をすきになって…。
香月の弟って言葉を一番否定していたのは、利弥だったからね。

利弥ってさ、ああいう性格だから、一度プッツンしちゃうと、あとは後悔するってわかっているのに、自滅するように最悪の選択肢ばっかり選ぶんだ。
結局、あいつは、香月が死ぬ前の日まで、何度も香月を抱いたらしいよ。伝わらない思いにあいつも切羽詰まっていたんだと思うよ。
一度だって、香月はあいつの思いにこたえることはなかったらしいけどね。

恋とは、罪悪である。
そう、利弥にとっても恋はただ、楽しいものなんかじゃなかったんだ。
ただ、好きになっただけなのに、まるで呪いのように苦しいものだった。」


『…苦しい…、なあ、苦しいか?なぁ…』
『復讐だよ…これは、お前の…』
『お前に近づいたのは、復讐だ…。なぁ、菜月。
俺は一度だって、お前をすきになったことはなかったんだ。
お前は俺の復讐相手で、だから、これは、こうすることは俺の存在意義なんだ。俺が俺であるための』


香月の言葉を聞きながら、脳裏に浮かんでくるのはいつぞやの悪夢だった。いや、悪夢じゃない。
あれは、本当にあったことなのだ。

12月26日。外は雨がしとしと降っていたときだった。
泣きじゃくった香月は、あの日、菜月の首を絞めていた。
ずっと嫌いだったと告げて。
だから、雨の音をきくと、首が痛みあの日を思い出し悪夢を見るのだ。

(本当に俺は、かっちゃんに疎まれて…殺されかけた。
だから、雨が怖いんだ。だから、眠ることができなかった)

「これが、俺が知る真実。
この書類は、香月の出征を興信所で調べたの。
きっと、君への利弥の復讐は香月への償いの意味もあるんじゃないかな?
そうすることでしか、香月へあいつはもう償うことができないから。過ちを犯した利弥の、香月への愛の証明が、君に復讐することだって、俺は思うんだけど」

小牧はそういうと、机に書類を投げた。
書類には、香月の写真がクリップで止めてあった。
子供の頃の記憶で今は朧気だった香月の顔。
(かっちゃんはこんな顔、してたんだ。
もうぼんやりとしか覚えてなかった。
かっちゃんが12月26日、俺に対してしたことも、なにも覚えてなかったんだ。俺が覚えていたことは、本当は全部自分が想像した偽りなのかも知れない。だって、俺はずっとかっちゃんに恨まれていたことを忘れてた。
俺のなかのかっちゃんは、本当は俺が作った幻だったのかも…)

写真の香月を一瞥しただけで、菜月は俯いてしまった。
写真を直視できるほど、心に余裕はなかった。


「もういない香月へ償うには、香月が願っていたことをするしかない。利弥はそう思ったはずだよ。
香月が願っていたのは、君への復讐だから。だから、愛の証明であり償いが、君への復讐なんだよ。
もちろん、家族を滅茶苦茶にした中川喜一の血をひく子供ってだけで、復讐心を燃やした可能性もないともいえないけど」
「愛の証明が復讐…」
「ああ。
あいつは香月が死んでから、復讐に囚われすぎた。
いや、違うな。香月の意志を継ぎ、香月に償うことで、自分が幸せにならないことで、あいつはあいつなりに香月に復讐させてあげているんだと思うんだ。」

「自分が幸せにならないって…」
「それが、死んでしまった香月への贖罪だと思っているんだよ。
あいつは、誰よりも幸せになりたがってないんだ。いつだって自分を傷つけて不幸である自分に安堵している。幸せになる資格なんかないと思ってるんだ。バカなやつだよね。

こんなこときっと香月は望んでないのにさ。
菜月君への復讐も、利弥の復讐も、香月はそんなこと、望んでないのに。
誰かを不幸にしたい、なんて香月が考えるはずないのに勝手に思い込んで、全部壊していく。失って一人悲しんでいく」


あいつもほんと、不器用だよね。仕事もバリバリできるし、あの容姿なのに、性格が破綻しているんだから。
そういって、小牧は微笑した。



  
百万回の愛してるを君に