「お前に…なにがわかるんだ」
ギリギリと、肩に置かれた手に力を込められる。
殺気立った空気を纏わせながら、利弥は声を荒げる。

「お前に、俺たち兄弟のなにがわかるっているんだ…!なにも知らなかったお前に、俺たちのなにが…」
「知りません」

激高する利弥を菜月は視線を逸らすことなく答えた。

「知らないで、よくそんな…」
「じゃあ、利弥さんは、かっちゃんのなにをわかっているんですか?」
「香月の…」

「利弥さんは、かっちゃんのすべてを知っている。
そういいたいの?
だけど、そんなの、無理だよ。不可能だよ。
だって…、他人のことをすべて知っている人なんていないんだ。
どれだけ知りたいと思っても、心のすべてを他人が覗くことなんてできないんだよ。

他人のことを全部丸ごと理解できる人なんて…、そんなひと、どこにもいない」

菜月はそう告げ、そうでしょう?と利弥に同意を求めた。


「俺の知っているかっちゃんは、復讐なんて考えない。
俺のことを春だっていってくれたんだ。
そんなかっちゃんが、復讐なんて考えない。考えるはず、ないんだ。

俺が不幸になっても、死んでもきっと、かっちゃんは喜ばないよ。
利弥さんだって、そうでしょ?こんなことしてるけど、俺が死んだら、幸せになれる保証あるの?」

菜月はじっと、利弥を見据える。

「もし、利弥さんの思うかっちゃんが復讐に囚われているのなら、俺はあなたの閉じ込めているかっちゃんとたたかうよ。
わかりあえるまで、闘い続けるよ。
俺は、利弥さんもかっちゃんも二人とも好きだから。
俺の1番は、利弥さんとかっちゃんだから…。
だから、わかりあえるまで、何度だっていうし、逃げないで傍にいるから」

いつか、黒沢君に言った一番好きな人。
あの時は、香月が一番だった。
だけど、今、菜月の中の一番は香月と利弥、二人になっている。
利弥も香月も、同じくらい好きだ。
どちらか…など、選べない。

絶対に、1番はこれからも変わらないと思っていたのに。香月以外好きにならないと思っていたはずなのに。
気が付けば、完璧じゃない、本当は弱い男をすきになっていた。


「この写真、小牧さんがくれたんです。俺とかっちゃんがクリスマスパーティをした写真です。
この写真のかっちゃん、俺を憎んでいるように思えますか。
こんな風に笑っているのに、人を恨めるほどかっちゃんは器用でしたか?
あの日、12月26日にかっちゃんは俺がクリスマスプレゼントに贈った花を受け取ってくれたんです。そして、俺に言ってくれたんです。おれのこと、愛してる、って」

菜月はズボンのポッケから写真を取り出すと、利弥に翳した。
利弥は、初めて見るその写真を凝視した。
まるで、幽霊でも見るかのような視線。
実物を目にしながら、あり得ないものだと思っているような、そんな視線であった。


「だから、こんな復讐なんてやめて、俺と」
「…そんなもの都合のいい幻想だ。
俺たちは一生、中川喜一を恨んで生きていく。
あいつの家族も、あいつの愛したものもすべて恨んで…そうやっていきてきたんだ。ずっと…。

中川喜一に関係するもの、すべてを恨んできたんだ。だから、香月は…」


利弥は唇をぎゅっと噛み締めると、菜月が持っていた写真を奪い取り菜月の前で、香月と写っている写真を破いた。小牧からもらった、たった5枚しかない写真。
5枚のうち、クリスマスの日の写真は、あれだけしかない。


「なにするんですか…!」
菜月の問いかけにこたえることなく、利弥は菜月から離れ、リビングの扉に手をかけた。

「どこ、いくんです…?」
「小牧のところだ」
「逃げるの?そうやって…ずっと…。逃げるんだ。これからも。俺からもかっちゃんからも、逃げるんだ」

菜月の攻める言葉に、利弥の足が止まる。
利弥に追い打ちをかけるように、菜月は言葉を続ける。

「逃げられると思っているの?おれには逃げるなと言ったくせに…。貴方は逃げるんですか」
「お前になにがわかるんだ!
俺に花だと?香月が好きだったと?
そんなのすべてお前の幻想だ。
お前はなにもわかってないじゃないか」

利弥は感情のまま怒鳴ると、くるりと踵を返し、菜月の身体をソファーに押し倒した。
打ち付けられた背中が痛くて顔をしかめれば、利弥は構わずに菜月の下肢に手を伸ばし、下着の中で眠っていた菜月の陰茎を思い切り握りしめた。


「あいつが花なんて受け取るはずがないんだ。
だってあいつにとっての花は…俺と香月にとっての”花”は母親を思い出させるものだから。
だから、あいつがお前から花なんて受け取るはずないんだ。誰かに渡すことはできても…自分のものにすることはできない」
「ははおや…?」
「花が大好きだった母親と花が被るんだよ。
俺もあいつも。だから…」

花が嫌いなんだ。
花を見ると、切ない思いにさせられるから。
大嫌いなんだ。
利弥の言葉に、香月が口にしていた言葉が脳裏に浮かんだ。


『花を見ると、切なくなるからさ。思うだけでいいんだ。
綺麗だな、って遠くから見るだけでいい。俺は、それだけでいいんだ』
『好きなものをすきっていう、そんな勇気もないんだ。俺は。欲しいとも言えないんだよ』
『俺が好きだと嫌がる人もいるからさ。
だから好きになっちゃいけないの』

香月のあの言葉は、本当は花の事ではなく、花を通じてみた母親のことだったのだとしたら?
母親を思い出してしまうから、頑なに花を受け取ってくれなかった?

(お母さんのことを思って、花を受け取れなかった?本当は花が好きなのに、好きだと言えないのはお母さんと花を重ねて?
花が好きと言えなかったのは、お母さんが好きだと言えなかったから?)

 ピピピピ。
ふいに部屋に電子音が鳴り響いた。
音の出どころは利弥の胸ポケットにしまってあったスマホである。
利弥は菜月の身体に乗り上げたままスマホを取り出して、画面に映し出された表示に、顔をしかめた。


「小牧か…なんのようだ?」

不機嫌な様子を隠すことなく、利弥は電話にでた。
電話をかけてきたのは小牧らしい。
なんというタイミングの悪さだろう。

「余計なこと、お前がいったのか。なんのつもりだ…」

電話口の小牧を責めたてる利弥の言葉。
「ーーーーー、ーーーー」
「なに…?」
「ーーーーーーーーー!ーーーー」

小牧の声が電話口のからぼそぼそと聞こえるが、何を言っているか菜月の耳からははっきりとは聞こえてこない。
だが、利弥にとっていい返しではなかったのだろう。
小牧の返事に、利弥の顔はどんどんと険しくなっていった。


「俺は、一生、香月を想ったまま生きていく。
こいつに復讐して…こいつに消えない傷を負わせて…それが、俺の人生なんだ。今更邪魔はさせない。」

利弥はそう宣言すると、ソファにスマホを放り出した。
利弥?と、スピーカー機能にしたのか、小牧の声がはっきりと聞こえた。
電話は切れていないようだった。


「小牧に色々聞いたんだろう?じゃあ、お前も聞かせてやれよ。俺にどう抱かれているかって」
「どういう?」
「だから、聞かせてやるんだよ。俺たちのセックスを…」
「な…やだ…。そんなの…」

ただでさえ、無理矢理抱かれて悩んでいるというのに。
こんな欲望をぶつけるだけの行為、親しくしてくれる小牧に聞かせたくない。惨めになるだけだ。

「いいじゃないか、散々、相談にのってもらったんだろう?」

侮蔑めいた言葉を吐き捨てると、利弥はゆるゆると菜月の陰茎を愛撫していく。
軽い愛撫でも、散々男同士のセックスをしてきた菜月はすぐに身体が反応してしまう。
利弥の手を喜ぶように菜月の陰茎は、既に天をむきはじめていた。


「やさしさなんてちっともないのに、尻を振っている淫乱だって、小牧に聞いて貰えよ」
「やめてよ…利弥さん…!!こんなの、きかせたくない…。お願いだから…」

菜月の静止の言葉も聞かずに、利弥は菜月のズボンを剥いで、性急に菜月の中へ己のモノを挿入した。

「ん…あぅ・う…」
「口、閉じるなよ」

声を小牧に聞かれたくなくて、手で口を塞ごうとしたのだが、それは利弥の手に阻まれて。
思い切り奥を付かれるたびに、菜月は、女のような嬌声をあげた。
激しいキスと行為に、息があがり身体が火照っていく。


『馬鹿だね、兄貴…』

不意に聞こえた言葉は小牧の物真似だったのか。
はたまた、香月の幻聴だったのか…


「香月…」
「んああ…」
「香月…香月…、香月…」

とても大切なもののように呟かれる言葉。
その言葉は、とても残酷な言葉で。
耳を塞ごうにも、拘束された手では、耳を塞ぐこともできない。
視線に、破られ散らばった香月の写真が映った。

「んやぁ…やだぁ…。やだよ…やだぁ…。
聞かないで。こんなの…聞かないで…。いやぁぁ…ごほ…ごほ…っ」

激しく咳き込んでしまった菜月に対し、利弥は一瞬動きを止めた。

「ごほ…利弥さん…ごほ…」
「香月とそんなところまで似るのか。お前は…」
「利弥さん…?んっ…」

顎を掬われ、くちびるを塞がれる。
まるで、思考をも奪うようなキスに、反論する言葉も小さくなっていく。

「…利弥さん」

目元を赤らめ、ぼんやりと見上げる菜月に、利弥は目元にそっと口づけを落とす。じん…と、目元が緩む。
これが、本当だったらよかったのに。
これが、本当に愛されたうえでの行為だったらよかったのに。

「優しく…してください…」
そう望んでいる菜月の思いをばっさりと斬ってしまうように

「愛してる。お前を…、香月」
利弥は、望んでいない言葉を紡いだ。


「香月、香月…」

再開された抽挿。
菜月は、シーツを強く握りしめて行為が終わるのを待った。
どれだけ歩み寄ろうとしても、自分たちの関係は変えることはできないのか。
変えようと考えるだけ無駄なのか。
菜月は、利弥に貫かれながら、変わることのない現状にひっそりと涙を零した。





  
百万回の愛してるを君に