「ううん。わかいねぇ。すっごく若い…。
可愛いよね、君」
「は?」
「羨ましいよ。
その若さ。俺ってばもうそんな若さ、ないからね。
石橋叩いて叩いて、渡らずに橋が壊れるのを怖がっている臆病者だからね。
ほんと…羨ましいよ。若い君が。
それから…憎らしい、かな…」
「憎らしい?」
「うん。そう。とっても、憎らしい…」

小牧はにっこりと微笑むと、ぎゅっとタバコの先端を灰皿に押しつぶした。


「ね、君ってさ、知らず知らずのうちに誰かに憎まれているって経験、ある?
自分が何もしてないのに、相手にすごく憎まれているって経験。

俺はね、あるよ。
憎んだことも、憎まれたことも…裏切られたことも、裏切ったことも…ね。
だから、君みたいな可愛い子みるとつい、憎らしく感じちゃうんだよね」


脈絡ない小牧の話に、菜月は「なんの話です?」と返す。
小牧は、ただの独り言だから、気にしないで…とシニカルな笑いを口元に浮かべた。


「ねぇ、どうして君、利弥のところにいるの?
あいつの世話になっているの?」
「どうして…?
あの、利弥さんから聞いてないんですか?」

「ああ…うん。まぁ、大まかには聞いているよ。利弥からはね。
ただ君がどうして、彼の側にいるのかな…って思ってね」

「俺が?」

「そう、君が。
よく知りもしない人のところに世話になろうと思ったね。この世の中、誰もかれもがいいひとなんかじゃないんだよ。ううん、むしろ悪い人だらけ。
いい人なんてほとんど、いやしないよ。
なんの利益もなく優しくしてくれるのは、お人好しのバカだけだね」
「お人好しのバカって…、そんな言い方ないんじゃ…」
「ないんじゃないかって?
ふうん。じゃあ、君はなにを知っているのかな?
君は、あいつの…利弥のなにをしっているの?
あいつがそんないい人に見える?」

机に肘をつき両手を組みながら、小牧は菜月に投げかける。
顔は菜月に笑いかけていても、その目はちっとも笑っていなかった。

(俺が利弥さんについてしっていること…?そんなの…)
利弥は優しい。
身体の自由が利かなかった時は献身的に介護してくれた。
自分はなにも返せないのに、利弥は無償で家におき、世話をしてくれた。
それが、菜月が知る利弥。

「俺は、君よりあいつを知っているよ。
あいつも、俺を知っている。
おれたちは、あいしあっているからね。
たぶん、今、一番、ね。
お互いに俺たちはお互いの存在を‘あいしあっている’互いの存在がないと情緒不安定になるほどに、ね」
「あいしあっている?」
「そう。愛し合っている、の意味しらないわけじゃないよね?セックスしているの。身体の関係があるの。
大人の関係なんだよ。
だからさぁ、君みたいな子、お呼びでないんだよ。俺も、あいつも。
‘俺たち’全員、君なんておよびじゃないんだ。

俺たちはずっと、もう何年もこうやってきたんだから。
この関係は変わらないんだよ、永遠に」

小牧からの電話に、そういう関係なのか、と勘ぐりはしていたが、本人から直接言われるとそのショックは大きくて。
酷く胸が疼き、菜月はぎゅっと唇をかみしめうつむいた。


「ねぇ君は、どうして利弥が君を保護してくれたか、考えたこと、ある?」
「それは…、その利弥さんが寂しいって…。世話をさせてほしいっていうから…」
「そう。じゃあ、君はなにも知らないんだ。何も知らないのに、あいつを信じているんだ。馬鹿な子供だね。ほんと、かわいそう」

小牧はそう、言い捨てると軽く菜月を一瞥し、頼んでいたアイスコーヒに口をつけた。

利弥のことを好きだ。
けれど、利弥が親友だという小牧より、菜月と利弥が一緒にいた時間は少なくて。
君はなにを知らないと言われれば、それ以上菜月はなにもいえなくて。
うつむいたまま、刻々と時間が過ぎていった。

「こんな弱いお子様なら…、俺が直接会うまでもなかったかな…」
「……」
「じゃあ、俺帰るから…。
あ、そうだ。これ、俺の名刺」

小牧はおもむろにズボンから一枚の名刺を取り出し菜月の前に名刺をおいた。
そこには、小牧華月という名前と電話番号が記載されていた。


「こまきかつき…?かつきって…」
「じゃあ、またね。中川…なつきくん?
またね、マスター」

そういって、ひらひらと手を振って小牧は店を出た。

まるで嵐のように突然現れた小牧は去るときも突然であった。
小牧の姿が見えなくなっても、菜月の凪いだ心は荒れたままだった。



  
百万回の愛してるを君に