『許さないんだよ…、許せないんだよ…』
悲しく落とされた言葉は、悲痛に濡れていた。
両手で顔を隠し、膝を抱えながら、泣いていた。
フルフルと小刻みに震えながら、嗚咽を交えて。

小さく身体を丸まったその姿は、まるですべてを拒絶している様でもあった。

『かっちゃん…』
『菜月、俺は、オマエガ…−嫌いだよ…。
お前なんて、ほんとは、嫌いなんだよ。

だって、お前は…オマエハ…、

おまえは…ーーーーおまえは…』

おまえは。



ーーーーー

クリスマスが明けた次の日。
菜月は、憂鬱な気持ちで目覚めた。
昨夜みた夢。
断片しか思い出せないのだが、けしていい夢ではなかった。悪夢をみた後の、なんともいえない目覚めの悪さが、ある。
苦々しく思いながら、ベッドから起き上がった。


(俺、きのう、告白…しちゃったんだよな。クリスマスが終わったら、出ていきますともいった。そんな日に、変な夢を見るなんて…)

憂鬱な気持ちのまま、菜月は時計に視線を移す。
時計は朝の八時を指しており、カーテンからは、冬らしい、淡い日の光が差し込んでいた。

利弥はクリスマスまで仕事…、と言っていたから、利弥の言葉通りだとすれば今日は休みで家にいるはずである。

(自分から出ていくべき?でも、利弥さん気持ち悪くないって言ってくれたし。だったら、家にいてもいいのかな…。それとも、あの言葉は利弥さんの優しさだから、黙って家を出るほうがいいのかな…。ああ、どんな顔してあったらいいんだよ)

うんうんと一人唸りながら、自室を出て利弥を探す。
恐る恐る利弥の部屋を覗くと、そこはもぬけの殻だった。
リビングも、昨日のパーティの形跡は残っているし、クリスマスツリーもまだそこにおいたまま。
利弥の姿だけがない。

また仕事なのだろうか…。
出て行けと言われなくて、少しほっとしたが、かといって利弥に黙ってこの家から出ていくこともできない。
どうしようかと、リビングをうろうろとしていたところで、いつものようにリビングに置かれた利弥のメモを見つけた。

「昨日はありがとう、楽しかったよ。
昨日の菜月の告白にはびっくりしたが…、気持ち悪いだなんて思っていないし、菜月の気持ちを素直にうれしく思う。
今日は急用が入ったのでしばらくいなくなるが…帰ったら色々と話し合おう」

どうやら、利弥は急用が入ってしまったらしい。
メモには、いつになったら帰ってくるとは一切、書かれていなかった。


(帰ったら話し合うってことは…まだここにいてもいいのかな。
年が明けるまでには戻ってくれるかな)

 利弥が、突然仕事で出張にいくことは、これまでにも度々あったことなので、また急な仕事が入ったんだな…と思いながら、菜月はリビングにあったクリスマスツリーを片付け始めた。


 きっとすぐに帰ってくる。
 そのときに、今後について話し合おう。
 小牧さんのことも、利弥さんが思っていることも、俺が思っていることも、全部話し合おう。

菜月の予想を裏切り、5日たっても利弥は家に帰ってこなかった。
いつもだったら、ここまで帰ってこないとなると、電話の一つや二つ入れてくれたのに、それもなかった。
連絡する暇もないくらい、忙しいのだろうか。
こまめに菜月を気遣ってくれた利弥らしくない。
まさか、仕事先でなにかあったのだろうか。
でなければ、何故、5日もたつのに連絡がないのか。日に日に、不安が大きくなっていく。

(ラインしてみようかな…。仕事大丈夫?って…)

 スマホのラインアプリを開き、利弥とのやりとりを開く。
案の定、利弥からの連絡はなく、最後は菜月のスタンプで終わっていた。

「利弥さん、お仕事平気ですか?
無理していませんか?
利弥さん、ここのところクマ、酷かったから、心配です。もしかして俺が…」

 俺が、貴方の不安になっていますか?
貴方の家を、平穏を奪ってはいませんか?
俺が負担になっていたりしませんか?
書きかけて、指を止める。

(俺の告白が、負担になってて…
だから帰ってこないって可能性もあるんだよな…)

くしくも、利弥が家を出たのは、あのクリスマスの翌日であった。
あの時は気持ち悪くないといっていたけれど、本当は菜月の為の嘘だったのだとしたら?
身寄りもなく、家もない子供を悲しませないための嘘で、菜月の告白に困っているから、家に帰らないんだとしたら…?

(利弥さんが帰ってこない原因は…俺、だったとしたら…。
あの告白が負担になっていたのだとしたら…。俺のせいだ…。
利弥さんが帰ってこない理由は。
いつもこまめに連絡くれていた利弥さんが、俺に黙って消えたのは…。
俺のせいだ。俺が好きなんていったから。

俺と、顔合わせずらいから…)

リビングの机の上には、利弥が買ってくれたリンドウのパズルがある。

クリスマスの日は楽しかったのに。
あの日が遠い昔のように思えてしまう。
 利弥も菜月同様に楽しそうに笑っていたと思うのは、菜月の都合のいい幻想だったのだろうか。

「利弥さん、もしかして、帰ってこないのって、俺のせい?
…利弥さん。会いたいよ…。どんな返事、してもいいから…。だから…」

ピンポン。
玄関のインターホンが鳴り響いた。
利弥が帰ってきたのだろうか。

急いで玄関へかけだし、ドアを開けて出迎える。

「利弥さん…!」
「悪いね、利弥じゃなくて」
  そこにいたのは、利弥ではなくて、利弥の親友の小牧だった。



  
百万回の愛してるを君に