降谷は、腹に煮え滾る思いを隠しながらも〈安室透〉として完璧な仕事をした。ゆえに、提供したオムライスやカラスミパスタ、ハムサンド、カツカレーに憎しみを込めることもなかった。
 降谷の視線の先では、世那たち四人が談笑しながら料理を食べている。そんな世那の笑顔に、恨みにも似た念を送っていると天啓のように携帯の着信音が響いた。
 四人が一様に自身の携帯を確認する。

「夜蛾さん、どうしました?」

 携帯に出たのは世那だった。
 いくつかのやり取りを電話口で交わす彼女の表情は、どんどん険しくなっていく。

「――はぁ? 何で私がっ!?」

 世那が驚いたような声を上げた。
 彼女のその様子に、降谷は人知れず口元が緩んだ。

「先方からの指名? 悟でいいでしょ。いや、まぁ悟はあれすぎるけど、硝子は? え、面倒だから嫌だって?」

 世那の険しい表情を、虎杖たちは不思議そうに見ている。

「あ、七海がいるじゃん。すごい適任。え、時間外労働? 何言ってんの七海は……ちょっと本気でムリなの?」

 世那が次々と人物の名前を挙げているが、なかなか話はまとまらないようだ。
 彼女は携帯を持っていない方の手で自身の眉間を触り、捻り出すように名を挙げていく。
 
「パンダは……無理か。棘も……無理だね。よし、真希にしよう! え、術式を見せたい? そこまでしなくていいでしょ。……あー、もう憂太で決まり! 早く日本に呼び寄せて。悟使えば簡単でしょ。ん? 呪具の回収が終わってない? ミゲルで十分でしょ!」

 ついに世那が声を荒げた。
 携帯を握りしめながら、電話の相手に反論をしている。
 
「私だって忙しいの! え、何で今日の任務が速攻で終わったの知ってるの? まさか、伊地知か。許さん」

 その言葉の後、世那は肩を落として項垂れた。
 そして、あまりにも長くて深いため息をついた。

「…………。はぁ〜〜……」

 その様子は、怒りを必死に抑え込んで冷静さを取り戻そうとしているように見える。
 軽い言葉を交わして通話を切った世那は、勢いよく携帯をテーブルに叩きつけた。その反動でガチャンッと、お皿やコップが跳ねた。

「あんたねぇ! よくもやってくれたわね!」

 まったくもって冷静さを取り戻せていなかった世那は、憤怒の形相で降谷を睨みつけた。
 
「正式なルートであれば、僕とお話してくださるんですよね?」
「ムカつく! 真人の情報教えてあげたでしょ!」
「あれだけでは何の情報にもなってませんよ?」

 降谷のにこやかな笑顔に、世那は苛立ちを隠さない。
 そもそも、最初に裏理事官を引っ張り出して捜査停止命令を出したのは世那だ。降谷が、彼女の上の立場の人を引きずり込んで何が悪い。
 世那にオムライスを提供してすぐに警察庁の上層部へ連絡を入れていた降谷は、予想以上に早く話が通ったことに内心満足していた。彼女のこの反応を見る限り、効果は抜群だったようだ。

「……世那先生、やり込められた感じ?」
「やっぱ五条先生と似てるわね」
「世那さんは何だかんだ、五条先生に遊ばれてること多いからな」
「ちょっとそこ! 聞こえてるわよ!」
 
 虎杖たち三人はコソコソと話していたが、世那から指摘されると「やべっ!」と言って食事を再開した。
 世那は、腹立たしい気持ちを抑えるように深呼吸をしている。降谷はそんな彼女に飲み物のサービスをしてあげた。今回はこちらが主導権を握っているのだ。その事実は、降谷を寛容な気持ちにさせた。
 
 世那が、降谷にじとりとした視線を送る。
 不機嫌な態度は隠しもしないのに、彼女は律儀にもお礼を言うと飲み物を一気に呷った。
 
「……恵たちはこの後任務だったよね? 場所どこ?」
「……これです」

 伏黒が自身の携帯を操作し、画面を世那に提示する。
 それを受け取った世那は、指先で画面をなぞって上から下へと視線を流した。

「ふーん。これ、私と安室さんで行ってくるわ」
「「「はぁ?」」」

 伏黒たち三人の声がきれいに重なった。

「安室さんも、わざわざ私を指名してきたんだから任務に付き合ってもらいますよ。説明するより実際見た方が早いでしょ」
「おや、世那さんの方からお誘いいただけるなんて嬉しいですね」

 降谷がしたり顔でそう言うと、世那から『白々しい』とでも言いたげな視線を送られる。

「え、さっきの電話って店員さんが関係してんの?」
「……大丈夫なんすか?」
「本人が上に許可取って職場体験したいって言ってるんだし、大丈夫でしょ」
「でも、この人……非術師なんですよね?」
「誰に言ってんのよ、恵。私がいるのに一級呪霊ごときに指一本触れさせるわけないでしょ」
「ははっ、さすが世那先生! カッケェ!」
「そうよ、伏黒。誰に言ってんのよ」
「はぁ……。言い出したら聞かない人だからな」

 非術師――伏黒が発した言葉に、降谷は眉根を寄せる。
 今、明確に線引きされたのを感じた。
 世那だけではなく、高校生の彼らまでもが降谷を守る対象として見ている。彼らは事情を知らないとはいえ、降谷は公安警察だ。
 命を張って国を守ってきた。その自負もあるし、例え呪術や呪霊といった非科学的なものの前であっても、それを曲げるつもりはない。

 降谷が密かに抱いた対抗心を知らぬ世那は、伏黒の携帯の画面を見ながら自身の携帯で電話をかけた。

「伊地知〜? 恵たちの任務、真人の調査で会った金髪の人と私で行くから。夜蛾さんから事情聞いてるんでしょ? だから真希のメガネの予備を借りてきてくれない? 真希には私から言っておくから。うん、位置情報は恵の携帯で今送ったから。よろしくね」

 通話を切った世那は、降谷に向き直ると不敵な笑みを浮かべた。

「さて、もう安室・・さんとしてのお仕事は終わりなんですよね? 今から呪霊の巣窟に行くわけですけど、せいぜい腰を抜かさないように頑張って下さいね?」

 相変わらずの物言いに、降谷のこめかみに青筋が立ちそうになった。
 だが、一筋縄ではいかない彼女との未知の任務――心のどこかで、それを楽しみにしている自分もいた。

 呪術への懐疑心が少しずつ薄れ始めていることに、降谷はまだ気付いていなかった。

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