緑の目はわたしに似なかった。開いた巨大な円い金庫扉の縁から、差し出されたイルミさん──その頃はまだ名前を知らなかった──の手を頼りに向こうへ降り立つ。幼い頃に二、三回だけ許された外の世界は記憶と違わず天井の低い暗い部屋だった。扉から伸びる灯りの下で見たのは黒い模様じみたしみの中に横たわるパパの姿だった。まるで死んでいるみたいだと思った。この人はどうしてこんなところで寝ているのですか。そう聞くと、黒髪の男は少し呆れたように教えてくれた。彼は死んでいる、それは死体だと。そのあと男はパパと世話係以外の誰も侵入を許されることがなかったわたしのなかを踏み躙った。


動悸と短い叫びで目が覚めた。頭上にいつもの悪趣味な天蓋があることをみとめて安堵する。布団をそっとめくり、薄く黒いカーテンを除けてベッドを出た。
汗で湿った髪を整える。テーブルにある水差しからグラスに少しだけ水を注ぎ、口に含んだ。部屋の中は真っ暗だったけれど、ぼんやりと窓や家具や花の輪郭を感じることができた。
もはやあの日ではないのに何度もあの日の夢を見る。そこに紐づくさまざまな記憶、予告なくやってきては戯れにわたしを可愛がるパパの輝く緑の目と優しい声と大きな手を思い出す。十歳の頃だろうか、外は春だと聞かされて色とりどりの花々があしらわれたドレスを贈られ、背中のジッパーを上げてくれたときの音、わたしを見つめて母に似ていると呟く真顔を。
本当の春が見たいと欲望したのはその贈り物のせいだった。わたしのなかに収められた本や映画の中には季節があった。もっと美しいドレスも、美しい友情も、美しい恋も、美しい結婚もあった。芸術があった。わたしはその全てを知りながら手に入れられないことに焦れたけれど、それ以上に自分が何かを収めるために産まれてきた存在だということ、そのために連綿と続いた一族の末裔だということを知っていた。だから求めないことにした。求めることを罪だと思うようになった。

すべてはパパの財産を護るために。
それだけがわたしの存在理由だったのに、わたしは無理矢理に開かれて、金庫の鍵は侵入した男によって壊されてしまった。その日からわたしの主人は替わった。その人に手を引かれ、どこかおとぎ話めいた山のおぞましい屋敷に来て、ひと月もたった頃だろうか。
わたしは美しい結婚をした。
そしてすぐにそんなものは存在しないのだと知った。厭な夢と誰もいない部屋にただ自分の息の音だけが響いた。今はそれだけが現実だった。

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