憂いていたい朝のため息


 近侍を始めとした全員のお願い(強制)により、急遽本丸にてお泊りすることとなって早二日目の朝。そう、本日は日曜日。そして明日は月曜日。出社はしないが仕事はある。出来たら夕方前には自宅へ帰りたいところだが、さてどう話を切り出すべきか。布団を畳み、身支度を整えつつ思考を巡らせる。
 勝手に変えるのはご法度だろう。そんな事をしたら確実に二次創作展開になってしまう神隠しされてしまう。正直に正面切って話すべきか。しかし嫌だとごねられたら、どうやって丸め込もう。うんうん、と頭を悩ませていたら、準備に少し時間がかかってしまったようで、襖の外から近侍である山鳥毛の声が聞こえてきた。

 「小鳥。起きているか。」
 「起きているよ。おはよう。」
 「ああ、おはよう。本日の朝餉は、小鳥の意向で西洋風になると聞いたが、何を作るんだ?」
 「昨晩の内にパンの準備はしておいたから、それを焼いて…卵はオムレツにしようかな。後はサラダと…お肉はベーコンとソーセージ、どっちがいい?」
 「ふむ…そーせーじの方が私は好みだな。あのパリッとした歯触りが良い。」
 「じゃあ、そうしようか。」

 襖を開け、朝の挨拶を交わしつつ一階へと降りれば、大きな洗濯籠に山盛りのシーツや服などの布類を乗せた堀川と、手伝いなのだろう堀川の分よりも更に高い山を築き上げている切国と鉢合わせた。
 主さん、おはようございます!今日もいい天気ですね、と朝から爽やかな笑みを見せてくれた堀川へ同じく挨拶を返し、今日の朝餉も楽しみしている、と既にお腹を鳴らしている切国へは苦笑を返す。肥前と言い、ウチの本丸は割と大食漢が多いのだろうか。そこで思い出されるのは昨日のこと。余剰になることも踏まえて大量に作った筈の餃子をペロリと平らげ、その数時間後の夕飯も米粒一つ残さず完食した面々のこと。肥前や切国に限らず、ウチの子達は総じてみんな大食いなのか?
 そんなことを考えつつ、向かった先の厨に三つの影がある事に気付き、誰かいるのかと顔を覗かせれば、姫鶴を覗いた一文字組が勢揃いしていた。事情を聴けば、山鳥毛が朝食作りの手伝いをしているのに自分達が何もしないのは気が引ける、とのこと。宗則は興味本位、という方の理由が強いらしいが。

 「気を遣わせちゃったかな。」
 「違う。俺達がしたくてしていることだ。」
 「お頭が…っていうのは半分言い訳で、本当はオレも主の手伝いがしたかったから…にゃ。」
 「僕は君の料理する姿が見たかったからだ。あわよくば摘まみもしたい。」

 わははは、と手元のセンスを扇ぎながら実に欲望に忠実な理由を述べる宗則に、しかしそれが実は気遣いに溢れた冗談である事を悟り、これ以上の遠慮は逆に失礼か、と有難くチーム一文字と一緒に朝食作りをスタートする。因みに姫鶴がいないのは、まだ寝ている、という日光からの簡素な答えだった。



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 昨晩の内に手捏ねや発酵なんかを済ませて寝かせていたパンを取り出し、等間隔に切り分けてバターと一緒にクルクルと包んでいく。普段は面倒ですべてホームベーカリーで済ませてしまうのだが、人数が多いためホームベーカリーでは間に合わず、久し振りに手捏ねで作ってみたが、今のところ発酵も上手くできていて問題はなさそうだ。後は焼き上げた時に、きちんと膨らんでくれるかだが、この分だと問題はなさそうだと、黙々と作業を進めていく。

 「御前、そのままだと指を切り落とします。」
 「うん?」
 「にゃぁぁぁっ!あぶねぇんで、御前はレタスを千切ってくれにゃ!!」
 「そうか?ならばこちらは若いのに任せるとしようか。」
 「お頭、そーせーじを焼くのは、俺に任せて下さい。」
 「ああ、頼んだ。」

 大柄な子が多い一文字一家が、狭くは無いがそう広々ともしていない厨に集まって、みんなでエプロンを付けてわちゃわちゃしている姿の何と可愛い事か。審神者だったらこのワンシーンだけで命が助かるだろうし、そうじゃない人たちも顔面偏差値がバカ高いイケメンたちが仲良く料理している姿なんて、目の保養以外の何物でもないだろう。
 一部戦力外通知を出されている子もいるが、それぞれの役割分担で作業する姿が、仲良し家族みたいで本当に可愛い。両手が塞がっていなかったら、調理中じゃなかったら写真や動画に収めていたのに。勿体ない事をした。

 「ん?主よ、ぱん、とはこんなにも小さかったか?僕が政府に居た頃に見たものとは、色も大きさも違う気がするが。」
 「まだ焼く前だからね。焼いている内に膨らむよ。」
 「ほう。ぱん、とは餅のようなものなのか。」
 「まあ構造は近しいのかな。餅米か小麦かの差で。」

 お代わりも考慮して、かなりの量のパンを作ったが、これも昨日の餃子同様、綺麗に完食されるのだろうな。私の好みだからという理由だけで塩パンとなったのだが、好き嫌いのないいい子の集まりだから問題は無いだろう、と最後に岩塩を振りかけて業務用にも負けない大型のオーブンへと入れていく。後は焼きあがるのを待つだけだから、今のうちに他のおかずの準備も済ませてしまおう、と今度は大量の卵を手に取る。これから人数分のオムレツ作りが始まるのだ。
 バターを引いて、溶いた卵液を適量流し、弱火で火を通しながら頃合いを見てヘラで返していく。玉子焼きと似ているようで少し違うその工程。トントンと手首を叩く振動で卵を返せば、ふんわりトロっとしたプレーンオムレツの完成である。これを百回近く。今度こそ腱鞘炎になるんじゃないかと思いつつも、根気よく作り上げて、何とか朝食の時間に間に合わせる事が出来た。

 「小鳥よ。片付けは我々に任せて少し休むと良い。腕が疲れただろう。」
 「ありがとう…。スープを任せっきりにしちゃってごめんね。とっても助かった。日光も、ソーセージありがとう。」
 「なに。大したことはしていないさ。」
 「ただ焼いただけだ。問題は無い。」
 「宗則と南泉もありがとね。」
 「わはは。僕が一番何もしていなかったがな!」
 「これくらいどうってことねぇ、にゃ。」

 パン作りとオムレツ作りにかかりっきりになってしまったので、他の付け合わせであるソーセージやサラダ、スープ類は一文字一家に任せっきりになってしまった。最初こそ気を遣わせてしまったかと申し訳なく思っていたが、私と山鳥毛の二人では到底間に合わなかっただろうから、今となっては彼等の協力に有難く感謝した。
 お言葉に甘えて片付けは託し、配膳は昨日同様、短刀たちに任せて、私は昨日買ってきた珈琲豆へと手を伸ばした。封を切れば、焙煎した豆の芳ばしい香りが漂い、自然と腕の疲れも和らいでくる。ミルに珈琲豆を一杯分入れ、手回しでゴリゴリと挽いていき、ケースに溜まった珈琲粉末をドリッパーへと落とす。沸かした湯を注ぎ入れ、少し蒸らしてから円を描くようにゆっくりと抽出していけば、深煎り豆の香り高い珈琲の出来上がりである。

 「はぁ…美味しい。疲れた身体に染み渡る…」
 「随分と芳ばしい香りだな。南蛮の飲み物か?」
 「珈琲。豆を焙煎して粉末状にしたものを抽出した飲み物だよ。」
 「ふむ。一口いただいても?」
 「どうぞ。ちょっと苦みがあるから気を付けてね。」
 「…うっ、ちょっとどころではないぞ。これは…」
 「御前、水飲むにゃ?」
 「ああ、ありがとう。」

 これまた新しい飲み物に興味を示した宗則に、淹れたての珈琲を一口恵んでみたが、珈琲独特の苦みが苦手だったようで、舌を出して顔を顰める様子に、慌てて南泉が水を差しだす。君はよくそんなものが飲めるなぁ、と感心した声音で言われたが、そんなたいそうな事でも無いと思うのだけれど。
 同じく味に興味を示していた山鳥毛だったが、宗則の反応を見て思い留まったらしく、気まずそうに視線を逸らす姿に、仕方ないなぁ、と可愛い子達のために新たに珈琲を淹れ直す。マグカップに半分程淹れた珈琲に牛乳をもう半分、スプーン二杯の砂糖を入れて混ぜて出来た珈琲ミルクを差し出せば、砂糖を入れたことで甘みが増したのだろうと察した宗則が、再度恐る恐ると口を付けた。

 「…ん。まだ少し苦いが、先程よりも飲みやすくなったな。」
 「え、まだ苦い?宗則って結構甘党さん?」
 「甘いものはいいぞ。疲れも取れるし、何より美味い。」
 「そう…じゃあ、もう一杯砂糖入れる?」
 「いや、もう二杯くれ。」
 「それは甘すぎでは??」

 止める間もなく、二杯分の砂糖を追加してクルクルとかき混ぜ、コクンともう一口飲んだ彼は、ようやく満足いった甘さになったらしく、珈琲とは中々に美味なものだな、とニコニコと笑っていた。それはもう珈琲というか、砂糖牛乳の珈琲風味では?と思わなくも無かったが、本人が満足気なので何も言うまい。最終的に何にしても美味しく飲むのが一番だ。
 山鳥毛にも砂糖と牛乳を渡して、好きな配分で飲んでみたら、と進めれば、宗則と同じく半分の牛乳と、砂糖一杯で満足いったようで、口許を綻ばせていた。南泉は牛乳オンリー、日光は砂糖二杯で牛乳無しが好みの塩梅だったらしい。
 各々好みの甘さになった珈琲を楽しむ姿に、調理中は適わなかったスマホを取り出して、可愛らしいその姿を何枚か写真に収める。まさか御伴機能以外で自分の刀剣男士達の姿を写真に収める事になろうとは。猫舌らしい南泉が一生懸命熱を冷ましている姿が映されている写真を眺めて、自然と頬が緩んでいく。ウチの子達がこんなにも可愛い。

 「おーい、旦那方。全員涎を垂らさん勢いで待っているぜ。」
 「あ、ごめん。」

 一服している間にとうに配膳も済んでいたようで、痺れを切らして呼びに来てくれた薬研へ謝りつつ、マグを持って定位置へと腰を降ろす。昨日同様、隣には山鳥毛が腰を降ろした。待ちくたびれたぜ、と上がる声に再度謝罪を伝え、食前の挨拶もそこそこに、皆一様に朝食へと手を伸ばし始めた。
 久しぶりの手捏ねで上手くいくか不安だった塩パンも、バターと岩塩の良いバランスの取れたふんわりさっくりとした食感で、我ながらいい出来だと自画自賛しつつ珈琲をお伴にゆっくりと味わう。不意に対面から視線を感じ、顔を上げればじっとマグカップに視線を注ぐ大倶利伽羅の姿が。どうしたの、と声を掛ければ、私が飲んでいた珈琲に彼も興味を持ったらしく、それは美味いのか、と尋ねられたので、百聞は一見に如かずならぬ、百聞は一口に如かずだと、マグを手渡せば大人しく一口ゴクリと嚥下した。

 「…。」
 「ちょもくん、君の分を一口譲ってあげて。」
 「ああ。」

 言葉にする事は無く、表情もあまり変わらなかったが、僅かに寄った眉間の皺に、恐らく一文字一家と同じ反応だろうと、私の分よりも甘みが強い山鳥毛の分を渡せば、同じように一口飲んでから満足したようにマグを返してきた。なるほど、今度は少し甘すぎたらしい。ならば間の南泉の分くらいだろうか。私の考えを察してくれたらしい南泉が、今度はこっちを飲んでみろにゃ、と南泉の分のマグを渡す。それも大人しく一口含んだ大倶利伽羅は、ようやく納得のいく加減だったらしく、少し口許を綻ばせていた。可愛い。
 ご所望なら淹れようか?という問いかけには、ああ、と短い返事が来たので食事の手を一旦止めてよっこらせと立ち上がる。大倶利伽羅は砂糖なしの牛乳オンリーが好みか、と各々の好みリストを覚えようと脳内で復唱していると、背後から、狡い、という声がチラホラと。振り返れば、一緒に珈琲豆を買いに行った清光を始め、何口かの子達が羨まし気に此方を見てきたので、慌てて全員分の珈琲を用意する事となった。
 因みに一番好まれたのが牛乳半分と砂糖一杯の山鳥毛と同じ塩梅の珈琲。ブラックで飲める子は残念ながら弊本丸にはいなかった。短刀たちは砂糖を多めに入れても微妙な反応を示されてしまったので、代わりにホットミルクを作ってあげたら大層喜ばれた。今度ココアとかホットチョコレートとか作ってあげよう、と密かに思ったのは秘密である。