欠落したペーパーナイフの使い方


 こんのすけからもらった助言を参考に、改めて今後についての意向をみんなへ伝えたところ、不満を隠すことなく顔を顰める子も数口いたが、全体的な意見として、私の心身の不調やそれに伴う本丸の不具合を押してでも、強引に私をここに留める気はないということで一致した。
 そうして一旦自宅への帰還の許可は得ることが出来たが、いくら本丸と地続きで結界があるとはいえ、万能ではないことも鑑みて、護衛も兼ねた数口も同伴すべきだという意見が上がり、現在百分の三という狭き門をかけたくじ引き大会が開催されている。
 はじめこそ初期刀こそ、近侍こそ、と名乗りを挙げていたが、公平性に欠けると当然ながら異議申し立てが頻発したため、こんのすけが作製したくじにて選出することで納得し、現在。こんのすけの足型が捺されたくじを引いた三口が御伴の権利を獲得できる。既に半分ばかり引いたが、みな祈るような面持ちで四つ折りされた紙を開いては、絶望に打ちひしがれている。百分の三の確立なので、未だ当選者は一口も出ていない。

 「まって、これ本当に当たりある?」
 「ありますよう!外れた方々は大人しく待機してください!」
 「今思ったけど、これって幸運を運べる物吉がめちゃくちゃ有利じゃねぇの?」
 「その物吉だが、あそこで沈んでいるよ。」
 「あれ!?はずれたの!?」
 「自分のことに関しては、幸運を運べないのかもな。」

 我先にと引いては沈んでいく刀たちを眺めながら、出来たら短刀とか小柄な子がいいなぁ、と内心でつぶやく。言葉にしようものなら途端に大きい刀たちが詰め寄ってくるだろうから。どこかの短刀くんのように小さい子、と念じながらくじの行く末を眺めていれば、ようやく当たりが出たようで、途端に周囲が騒がしくなる。
 シャアッ!と聞こえた声は、今回の一端を担っている打刀で、確かに大きくはないけど小さくもない、となんとも言えない微妙な気分になってしまった。バレたらまた方々から色々言われるから顔には出さないようぐっと堪えたけれど。
 続いてあたりを引いたのは、三番目に顕現した打刀。馴れ合いをあまり好まないコンビが揃ってあたりを引いたせいか、馴れ合いたい子たちが代われと騒ぎ始めている。こうなると残り一口が重要になってくる。うまく場を収めてくれる大人な子がいいな、と期待しながら待った結果。

 「おめでとうございます。あたりですね!」
 「兄ちゃんすげぇ!」
 「最後は長曽祢さんか〜」
 「運がなかったな・・・」

 結果、誰も小さくなかった。思わずガックリと肩を落としてしまったのを見逃さなかった長谷部や清光から、やり直ししようか?指名制ならば喜んで、などという期待の声が聞こえてきたけれど、今更指名制とかしたらそれこそこちらの身が危うくなるので、スルーの方向で。
 三口とも打刀なら、護衛としては申し分ないですね、と無邪気に笑うこんのすけをそっとモフる。悔しそうにあからさまな舌打ちをこぼす脇差と、表にこそ出していないけれど、明らかに不満を持っている様子の近侍からはそっと目を逸らした。恨むならくじ運のない自分を恨んでほしい。
 まあ、せいぜい逃げ出そうとか考えねぇことだな。おやつ時と同じように、玉蜀黍色の双眸がまたギラリと光ったような気がした。


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 もともと両親が暮らしていた家とはいえ、その私物のほとんどは新居に持っていったり捨てたりしてしまったため、成人男性(あるいはそれ以上)が着られる衣類は置いていない。ということで、今度は護衛の三口に簡単なお泊りセットの準備をしてもらって、現代でも通用しそうな私服類を数点、万屋オンラインで即時購入し、淋しそうに眉根を下げるお見送りの短刀たちの頭を撫でつつ、アプリを起動した状態で改めて審神者部屋の襖を開ければ、あっという間に二日ぶりの我が家。そういえばこの土日にしようと思っていた洗濯とか掃除とか買い出しとかまったく出来ていない。
 ここが主の住まいか。物珍しい様子で家具や窓からの風景を眺める三口を他所に、冷蔵庫の中のストックを確認し、向こうで着用した衣類を洗濯機へと放っていく。洗濯している間に買い物に行って、そのあと軽く掃除をしてから夕飯の支度かな。予定をざっと組み立てつつ、エコバックと財布、ハンカチを入れたショルダーを手にしたところで、大人しく今に立ったままの三口に気付いた。

 「買い物行ってくるから、お留守番お願い。」
 「万屋街か?」
 「こっちにそんなものはございません。近所のスーパー。」
 「すー・・・?」
 「八百屋とか肉屋とか魚屋とかくっついた複合商店。」
 「俺も行く。」
 「いつもの通り、慣れ合うつもりはない、でいいよ。」
 「行く。」

 頑なに着いていくと主張する大倶利伽羅に、この顔面は絶対に目立つ、とお留守番を強調してみたけれど、悲しきかな。許可いしない限り行かせねぇぞと言わんばかりに腕をつかまれてしまったので、しぶしぶ了承すれば、当然もう二口も黙っていない。俺も行くぞ、荷物持ちなら任せてくれ、ともう着いてくる気しかない三口へ、とりあえずジャージとはいえ、内番服は何かと目立つだろうと、来る直前で購入しておいた服を手渡す。
 向こうで着替えておいで、と伝えるも、その間に一人で行くんじゃねぇだろうな、と無骨の子に訝しげに睨まれてしまったため、致し方なくリビングで私が背を向けて待機する羽目になった。あれ、私の方が上司じゃなかったか?

 「これはこれで目立ちそう・・・」
 「どこか変だったか?」
 「ううん。ただ君たちの顔がいいねって話」

 着替え終えた三口を見遣り、改めて刀剣男子のポテンシャルの高さを痛感した。急ごしらえで買った安いメーカー品の服も、彼等が着用すれば高級ブランドの逸品に様変わりする。夕方時のスーパーなんて女性客ばかりだから、確実に注目を集めることとなるだろうが、それを理由に改めてお留守番交渉なんてしてもらえるわけがない。
 大人しくしていてね。思わず落ちそうになった溜息をグッと堪え、徒歩十数分の距離にあるスーパーへと歩きはじめた。


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 ざわざわと騒がしい店内に、なるべく聞こえないふり、見えないふりを押し通して店頭に置かれていたチラシへと目を落とす。マダムたちの黄色い悲鳴とか、若ママさんたちの色目とか見えないし聞こえない。私に突き刺さる白い目とか嫉みとか妬みとか知らないったらしらない。
 この二日間で刀剣男子は大食漢であることを学んだので、夕飯もボリュームのあるものがいいだろうか。ボリュームを重視するならば魚よりお肉か。両面印刷されているチラシを裏返せば、デカデカと赤色のポップ字体で、日曜は焼肉、というフレーズが目に入る。広告の品として掲載されているお肉の部位や産地、値段などを確認してから、これまた物珍し気に店内を見遣る三口へと振り返る。

 「今日の夕飯、焼肉でもいい?」
 「最高か。」
 「牛タンが食べたい。売っているか。」
 「あるよ。アメリカ産でよければ。」
 「あめ…?」
 「外つ国だな。今はめりけんとも流通があるのか。」
 「旨ければどこでもいい。」

 いっぱい食べる子は焼肉とお寿司が大好き、というステレオタイプもあながち間違いではないらしい。目に見えてテンションが上がった三口に、微笑ましい気分になりながらも早速精肉コーナーへ。狭くはないがそう広くもない店内に、大柄の男性三人というのは意外と圧があるようで、顔面の高さも相まって自然と人が避けていく。なるほど神様パワーか、なんて現実逃避しつつ、マダムや若ママに加え、女性店員の熱い視線も見えないふり。
 伽羅の要望通り、牛タンを持っていたカゴに入れれば、左腕に加わっていたはずの重みがスッと軽くなる。荷物持ちなら任せてくれと言っただろう、と買い物カゴを持ってくれた曽祢さんにお礼を言いつつ、興味津々でピッタリとくっついてお肉を眺める伽羅や正国へ、ほかに食べたい部位などはないか振り返れば、二口越しにカチリと店員さんの一人と目が合ってしまった。
 この好機を逃してなるものかという勢いで突進してきた女性店員は、私と目があったけれど私は存在しないかのように伽羅と正国へ、お探しのものはございますかぁ?と猫撫で声でさりげなく擦り寄ってくる。あからさますぎるその態度に、うわぁ、と一歩引けば、どこからか湧いてきたもう一人の女性店員がその隙間に割り込むように入り込んできた。

 「本日はお肉がとぉってもお買い得なんです。よろしければ試食もできますよぉ?」
 「…あー…焼き肉用の、」
 「焼肉なら、カルビやハラミなんてどうですかぁ?お兄さんたちいっぱい食べそうだから、こちらとかおすすめですぅ!」
 「…」

 突然割って入ってきた女性店員に顔を顰めつつも、素直故に店員の質問に答えてしまった正国に反し、我関せずと聞こえないふりどころか視界からも早々に排除し、おすすめを完全無視でお肉を選ぶ伽羅。性格がよく出ている反応に引き攣りそうになる頬を堪えながら、まだまだ増えそうな予感がする店員が次なるターゲットとして曽祢さんを捕らえる前に、彼へと視線を向けた。
 二口にグイグイと迫る店員の圧の強さに、同じく気圧されていた曽祢さんへ食べたいものはあるか尋ねれば、暫し思案した後、肉だけでなく魚介も食べられたら食べたいとの返答。ホットプレートで焼く予定だったから、鉄板焼きのようにエビやホタテなんかも見てみようか、と隣の鮮魚コーナーを指させば、ああ、という返事と共に腰へ腕を回された。

 「曽祢さん?」
 「人が多いから、はぐれないようにな。」
 「いや、むしろ人が避けて通る勢いだけど…」
 「ははは、まあ気にするな。」
 「いや、視線に殺気が混じり始めたから出来たら止めてほしい…」

 なんで急に腰に腕を回すの。なんで抱き寄せるの。やめて、あなたもたいがい声と顔がいいのだから。回った腕を外そうと手を握ってみるけれど、刀剣男子相手に腕力で敵うわけもなく。主に若ママたちを中心に殺気交じりの鋭い視線をグサグサと背中に浴びながら、いっそ開き直って全部スルーするかと遠い目になったところで、バシッと叩く音共に曽祢さんの腕から解放される。
 何勝手なことしてんだテメェ、という低いうなり声と共に、背後から伸びてきた筋肉質な腕が今度は首元に回ってくる。待って、死んじゃうから。君の腕力だと私の首など一捻りだから。降参の意味を込めて首元に回った腕を軽く叩けば、力が弛められて胸の下へと下がっていく。鳩尾あたりのその辺も、力を籠められるとうぇってなるからやめてもらいたいのだけれど。

 「正国、そこも力入れないで。」
 「…あんた、どこもかしこも柔すぎるだろ。どうやって生きてきたんだ。」
 「普通に生きてきたよ。とにかく離して。」
 「贋作は良くって俺はダメってかァ?」
 「真贋関係ないし、そのセリフはどっちかっていうと蜂くんのだから。」

 身長差的に耳元少し下あたりから聞こえてくる楽し気な声に、さっきまで女性店員にしどろもどろになっていた素直くんはどこに行ったんだ、とツッコミたくなる。正国までくっついてくるものだから、周囲の視線に殺気が三倍増しになってしまった。特に背後から刺さる視線の痛いのなんの。絶対にさっきまで正国に擦り寄っていた店員さんじゃん。
 やっぱり無理にでもお留守番にさせておくんだったな。後悔先に立たずとはまさにこのこと。とうとう堪え切れなくなった溜息が、肺の奥底から零れ落ちた。