ある罪を桜の下に埋めました


 結局スーパーを後にする瞬間まで、殺気が勝った視線を全身にビシビシ浴びることとなった。何がそんなに楽しいのか、あるいは疑わしいのか、始終三口からベッタリとくっつかれてしまったために、何とか仕事と称して近寄ろうとした店員からも、単純にイケメンを侍らせていることへ嫌味の念を込めた女性客からも睨まれることになってしまったのだ。もうあのスーパーに買い物に行けない。
 お買い得だったお肉をほぼ端から端までというリッチな買い方をしたので、支払金額も凄いことになってしまったが、これまでの審神者としての給料が手付かずの状態で預金されていたことがこの度判明したため、特に懐も痛まなかったことだけが唯一の喜びである。
 ヘトヘトになりながらさっさと帰宅し、そのままソファに倒れこみたくなる衝動をグッと堪えて、買ってきたお肉類を冷蔵庫へ入れていく。焼肉といえばご飯もたくさん食べるだろうということで、自分だけではまず炊くことが無い量のご飯の準備を進める。浸水している間に部屋の掃除を済ませようと、自動掃除機のスイッチをオンにしたところで、勝手に動き出したそれにものすごく驚いたらしい正国が飛び跳ねた。猫ちゃんみたいな驚き方をしていた。ちょっとかわいい。

 「なん、なんだこれ!?」
 「自動お掃除ロボット。ぶつかりそうになったら勝手に避けてくれるから、そっとしておいて。」
 「陸奥守が見たら嬉々として解体しそうな絡繰りだな。」
 「むっちゃんは絶対にもうこっちに連れてこないと今決めました。」

 警戒心マックスでお掃除ロボットを睨む姿に、もう完全に猫ちゃんじゃん、と先程までの疲弊感が癒されていくのを感じながら、洗濯も済ませてしまおうと洗面所へと向かえば、何故か後をついてくる三口に、好きに過ごしていて良いよ、と伝えるも、見慣れないものばかりで落ち着かないらしい。
 落ち着かないならアプリを起動したままにしているから、一旦本丸に戻るかと尋ねれば、それは絶対に嫌だと首を横に振られてしまったので、とりあえずソファを整え、いつぞやに土佐組にも貸したワンちゃん猫ちゃんクッションも置いておいた。猫ちゃんクッションに伽羅が釣れた。

 「主、何か手伝うことはないか?」
 「ご飯の時にちょっと手伝ってもらおうと思うけど、今はゆっくりしていて良いよ。洗濯ものを干すだけだし。」
 「もう日が沈んでいるのに、干すのか?」
 「室内干しするの。女性の独り暮らしだと、外に干すのは色々とアレだからさ。」
 「確かに、女の独り暮らしは何かと危険だろう。これからは、こちらに戻るときは必ず俺たちの誰かを同伴してくれ。」
 「うん。」

 何なら俺がその役を賜っても良いんだがな、と笑う曽祢さんには、背後の二口の説得が出来たらね、と返し、また勝手なことしてんじゃねぇぞ、と賑やかになり始めた声を聞き流しつつ、室内干し用に使っている二階へと洗濯籠を運んだ。


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 あれだけ大量に大人買いしたお肉も、面白いくらいに消えていく様を眺めながら楽しんだ夕飯も終わり、ちょっと熟しすぎてしまったイチゴをデザートに、ソファに沈んでぼんやりとテレビを眺める。ファミリー向けのバラエティ番組は、動物の赤ちゃん特集のようで、伽羅が熱心に視線を送っていた。そういえば本丸でも五虎退の虎くんとか、こんのすけとよく一緒にいたもんな。
 明日はまず会社に連絡を取って、退職と引継ぎの話をしなければ。こんのすけから既に政府の方へも話が言っているとのことだから、そちらからも連絡が入ってくるかもしれない。次に本丸に行くのは、また週末二日間にして、あらかた引継ぎ業務等が片付いたら、少しずつ滞在日数を増やしていこう。
 手帳を開いて予定を確認していれば、隣に腰を下ろしていた伽羅が覗き込んできた。どうやら動物の赤ちゃん特集が終わったらしい。週末二日間に本丸と書いた予定欄を見たようで、少し不満そうに、期間を延ばすんじゃないのか、と言われてしまったが、これからの予定の事情を話せば、一応は納得してくれた。今の仕事を辞めて審神者業に専念する、という点が大きかったのかもしれない。

 「とりあえず、今週は三口に護衛を任せるけど、来週以降もまた改めて決めないとだよね。」
 「別に来週もこのままでも構わない。」
 「それはダメ。出陣のローテーションもあるし。近々、大阪城がまた開くみたいだから、五虎たちはそっちに出てもらうけど、室内で過ごすことも考えて、短刀くんたちに頼もうかなぁ。」
 「…室内戦を考慮するなら、打刀でもいいだろ。」
 「んー。短刀くんだと楽なんだよね。でも大阪城なら博多くんはメンバー入り必須だし、耐久力とか考慮したらあっくんも向こうだよなぁ。秋くんや前田くんあたりに護衛頼んでみようかな。」
 「なんで粟田口ばかり。」
 「女性の護衛を担っていただけあって、短刀くんだと痒いところに手が届く、みたいな。」
 「何が必要だ?手伝うことがあるなら、言えばいい。」
 「とりあえず大きい子たちだと、お買い物時はお留守番必須だなって今回強く思いました。」
 「…あれは、同田貫と長曽祢のせいだろ。」
 「いや、きみもだいぶ目立っていたし、色目使われていたからね。」

 好色の眼を向けられていた自覚はあったらしく、舌打ちと共に、慣れ合うつもりはない、といつものセリフを呟いていたが、そもそも慣れ合うつもりがない子は、お買い物についてこないと思う。そういってやろうかとも思ったけれど、こちらに寄りかかってグリグリと頭を擦り寄せてくる姿を見てしまったら、正論も言えなくなるもので。彼の中の慣れ合うつもりはない、というのは頭文字に主以外とがつくのだろうか。そう考えると、ちょっとかわいい。私には慣れ合ってくれるのだから。
 ニヤけた顔になってしまっていたようで、何を笑っている、というツッコミをいただいてしまったが、正直に理由を話したら私にも慣れ合ってくれなくなりそうだから、なんでもないよ、と誤魔化してから指通りのいい栗色の髪を撫ぜる。ゲームだった時と、だいぶ雰囲気が違うけれど、これがいまここに在るものと、データシステムだったものとの差なのだろうな。ぼんやりとそう思った。


******


 いったいどんな話をしたのだろう。そう思うほど、勤め先の退職手続きがスムーズに進んだ。すぐにでも退職できるよう、引継ぎも必要最低限。直属の上司があれこれと先回りして準備してくれたおかげで、今週いっぱいはかかるだろうと思っていた業務がたったの二日で終了してしまった。
 そんなこんなで現在水曜日。有休が結構余っていたので、現在有休消化中である。こんのすけを通じてリモートにてお話しした政府の担当さんは、これからもどうぞよろしくお願いいたし数少ない審神者を絶対に逃す訳ねぇ ますねからな、と非常に爽やかな笑みでご挨拶してくれた。ちょっと震えた。

 「お昼ご飯なにたべたい?」
 「肉。」
 「もうちょっと具体的に。」
 「丼がいい。米多めで。」
 「…お肉はひき肉でもいい?」
 「ん。旨ければなんでもいい。」

 暇を持て余しているのか、床に寝転んで腹筋している正国へお昼ご飯のリクエストを尋ねれば、実に簡潔な回答をいただいた。背中を痛めるだろうからヨガマットを貸してあげれば、今度はその上で背筋を始めた。身体動かしたいなら、出陣でもする?という問いかけには、護衛だからしない、と即答された。
 チラシを眺めれば、ひき肉と鶏腿肉が安売りしているようだったので、炒り卵も作って肉丼?三色丼?にでもしようかな。エコバックやお財布やらお買い物のための準備を始めれば、お出かけすると察したらしく、筋トレしていた正国が、どっか行くのか、と尋ねてきた。お買い物行ってくるね、と遠回しにお留守番を提案するも、当然ながら答えはノー。

 「一応、伽羅たちにも声をかけてくる。」
 「言ったら、あいつ等もついてくるぞ。」
 「そうなったら、じゃんけんで一人に決めて。」

 現代の文化などに触れてみたいというリクエストをいただいたので、父が残していった本がたくさん詰まった書斎を教えてあげたところ、伽羅と曽祢さんは朝からそこに籠っていたのだ。軽くノックして部屋を覗けば、一人掛けソファに悠々と座って読書を楽しむ曽祢さんの姿が。伽羅は?と尋ねれば、隣の部屋だ、とのことで、そちらを覗けばテレビゲームを楽しんでいる伽羅の姿。母が置いていったテトリスをやっていたようだ。
 お買い物行ってくるのでお留守番していて、と伝えようと思ったのに、お出かけの四文字を伝えただけで本を閉じ、ゲームを終了し立ち上がる二口に、やはりお留守番は念頭にないのだな、と下で待っている正国とじゃんけんしてもらうしかないかと、内心溜息をこぼした。


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 じゃんけんして勝った子一口が御伴してオーケーです、と伝えたところ、あからさまに不満そうな視線を食らったが、日曜日の再来は何としても避けたいので、こちらも頑なにノーを貫き通した。そうして始まったじゃんけん大会は、何度かのあいこを経て、曽祢さんの独り勝ちで勝敗がついた。
 じゃあお留守番よろしくね、と敗者二口へ笑顔で伝えれば、仲良く舌打ちが二つ返ってくる。舌打ちしようが不貞腐れようが駄目なものはダメ。さっさとお出かけ用のバッグを持って靴を履き替える。不貞腐れてもお見送りはしてくれるらしい二口に、訪問や電話があっても出なくていいからね、とだけ伝えてからスーパーへと歩き始めた。

 「今日は何を買うんだ?」
 「お昼用の挽肉と鶏腿肉。あと夕飯用に安いのがあればって感じかな。」
 「ふむ。今晩は少し冷えるようだから、温かいものがいいな。」
 「あったかいのかぁ・・・おでん、お鍋、シチューあたりかな。希望はある?」
 「おでんと熱燗でもあれば最高だ。」
 「ふふ。いいよ。みんなで晩酌しようか。」

 あまり高いお酒はスーパーに取り扱っていないが、そこそこの質で量のあるお酒ならいくつかあるだろう。こだわりがあれば、少し足を延ばしてリカーショップまで行ってもいいし。おでんにするなら、具材を何種類か見繕うか。定番の大根や練り物をはじめ、蛸や牛スジなんかも見てみるのもありかも。
 そうして曽祢さんとあれこれ会話を楽しみながら、あっという間に辿り着いたスーパー。前日同様、買い物カゴを持ってくれた曽祢さんへお礼を伝えつつ、自動開閉ドアを潜れば、途端に襲ってくる視線の嵐。三口一緒の時と比べたら優しいものだが、やはり一口でも顔面がいい男がいれば視線は集まるのか。
 昨日に引き続き本日も出勤しているらしい店員さんもチラホラいたようで、途端に一部から色めき立つ声が上がったせいで、気付いていなかったお客さんからもチラチラと視線をいただくこととなってしまった。

 「一口でもやっぱり注目集めるか…」
 「真作に比べれば劣るが、俺も一応は虎徹の名を冠しているからなぁ。」
 「ちなみに刀剣男子って、人の想いから生まれた存在だから、人に好かれやすい容姿になりやすいって本当?」
 「さてな。見目に関しては、俺たちもよくわからんが、それもあながち間違いではないかもしれん。」

 俺は見目よりも、働きを見てもらいたいものだが。苦笑混じりだったはずの曽祢さんは、それでも主のお眼鏡に適うものならば、この見目も悪くないと思う、と今度は悪戯気に笑って続けた。そういうことを平然と言うから、周囲から悲鳴は上がるし私に突き刺さる視線に殺気が含まれるのだと思う。
 次回以降の御伴は、やっぱり短刀くんがいいなぁ、としみじみ思いながら、若ママさんたちを中心にグザグサと刺さる視線をスルーしつつ、買い物カゴへ次々に商品を入れていった。