幸せな運命からは逃れられないの


 朝食づくりのお手伝いをしていたら、随分とご機嫌な光忠がいて、良いことでもあったの、と尋ねてみれば、これからあるんだ、とご回答いただいた。鼻唄交じりに洗い物をする姿に、可愛いなぁ、とほのぼのとした気持ちで眺めていたら、隣で盛り付けのお手伝いをしてくれていた歌仙が、少し呆れ混じりの溜息を溢した。
 演練に行くのだろう?光忠がご機嫌な理由はそれだと言わん様子で、肩を竦めた藤色の彼に、なるほどそれでか、と納得する。そういえば、昨夜鶴丸からも明日が楽しみで眠れないといったような話を聞いた気がする。お布団に入るなり即入眠していたけれど。

 「今日の演練は、燭台切、鶴丸、大倶利伽羅、太鼓鐘、長谷部と博多か。くれぐれも羽目を外し過ぎないように。」
 「演練で羽目を外すことってあるの?」
 「長谷部を暴走させないように。」
 「暴走。」

 暴走とは?と思わなくもなかったけれど、くれぐれも良いね、と念押しされてしまったので黙ってうなずくことにした。


******


 事前に椎名さん担当さんから教わっていた演練の手続き手順を思い出しつつ、受付窓口に並んでいると、段々方々から視線が向けられているような気がして、何となく振り返ってみれば、同じように並んでいる審神者さん達をはじめ、周囲にいる審神者、刀剣男士関係なく多くの眼がこちらを向いていることに気付いてしまった。咄嗟に上背のある光忠の後ろに隠れてしまった私は悪くない。どうしたの?と心配そうに声を掛けてくれた光忠には大変申し訳ないけれど、もう少し壁役になってもらおうと思う。
 あれが黎明本丸の、という小声———聞こえている時点で小声ではないんだけれど———が聞こえてきて、改めて我が家の知名度を痛感する。普通、数多くある本丸なんて意識しないだろうに、何故ここまで注目を集めることになるのか、と疑問であったが、今回演練に参加してみて何となく納得してしまった。
 今回の演練メンバーは所謂レアリティというやつが然程高くない。それこそ同位体という意味では、既に何口も見かけている。以前は大阪城でしか持ち帰ることが出来なかった博多も、通常鍛刀でも顕現できるようになってからは、難民と呼ばれるレベルの本丸は少なくなっただろう。
 しかしここに、極という肩書が出てくると話は変わってくる。今まで同位体関係なく何十口という刀剣男士とすれ違ったり見かけたりしたが、修行後の極の姿になった男士はあまり見かけなかった。それこそ、片手で数えられるくらいだった気がする。

 「こんちゃんや椎名さんが、あれほど騒いでいた理由が少し解ったかも。」
 「恐れながら、主は少々ご自身に対して過小評価かと。」
 「向こう現代にいた頃は、極の姿なんて見慣れたものだったし、演練で見かける本丸だって、一部隊みんな極とかも珍しくなかったから。」
 「え、でもそういう本丸はあまり見かけないけど…?」
 「こんちゃんが言っていたでしょう。ほとんど仮想空間の本丸ゲームプレイでしかないって。私は違いを知らなかったから。」
 「そっか。確か、過去の時代の審神者適正を探すために、そうした取り組みをしているって言っていたっけ。」

 僕も、こんのすけくんや加州くんからそんな話をきいたかも。そう言って過去を振り返る光忠は、恐らく顕現当時のことを思い出しているのだろう。もう関係ない話だろ?と肩を竦めたのは鶴丸。確かに、もうほとんどの時間をこちらで過ごしているから、ここももう主がいない本丸とは呼べなくなってきているだろう。
 それより早いところ手続きを済ませちまおうぜ。鶴丸が指さした方へ振り返れば、いつの間にか列が進んでいたようで、次の順番まで回っていた。受付スタッフさんから声を掛けられて、慌てて窓口へと向かう。

 「こんにちは。本丸コードと参加される刀剣男子様のご入力をお願いいたします。」
 「はい。えっと、」

 ディスプレイに表示された入力画面に、指示された通りコードと参加メンバーを入力していく。ホログラムのように表示されるそれに、まるでSF映画のワンシーンのようだと感動を覚える。つい忘れがちになってしまうが、一応ここは生まれ育った現代よりも二百年近く先の未来なのだ。
 間違いが無いか確認をしてから、登録ボタンを押せば、しばらく読み込みモードになってから、承認完了、の文字が現れる。と、同時に、え、という声も聞こえてきて、何かミスでもあったかとディスプレイから顔を上げれば、驚いた様子でこちらを凝視してくるスタッフさんと目が合った。

 「このコード、黎明本丸の・・・!?」
 「ああ、はい。そうです。お世話になっています。」
 「こちらこそ!お越しいただきありがとうございます!」

 ここで本丸コードと部隊メンバーを登録すると、練度などから自動的に対戦相手が振り分けられるらしい。案内された会場と対戦相手の一覧表を見て、どの本丸も特カンストしている男士は散見されても、極の高練度は見当たらなかった。
 一会場五組ずつ振り分けられるこの仕様は、ゲームプレイ時と変わらない。念のため対戦相手となる他四組について細かに確認してみたが、ウチだけ突出して練度が高い。いや、数字だけで見たら、ほとんど特カンストが多いので少し低く見えるのだが。
 そんな中、四組中一組だけ、ウチと同じく極男士で部隊を組んでいる本丸があった。詳細を確認すれば、恐らく初期刀なのだろう蜂須賀虎徹を部隊長に、バラバラの刀種で部隊が組まれている。万遍なく色々な刀種を育てる本丸なのだろうか。

 「極男士がいるのは、この本丸だけか・・・。」
 「ああ、ここの本丸とはよく当たるぜ。極で揃えているのが、ここらじゃウチと此処だけなんだろう。」
 「この間まで、短刀の極はいなかったから、最近修行から帰ったんじゃねぇかな。」

 演練中に貸し出される端末から対戦票を確認していると、鶴丸と貞ちゃんが横から覗き込んでくる。鶴丸の背中にへばり付いて覗き込んでくる貞ちゃん可愛い。思わず頭を撫でてしまったら、白花色の頭が順番待ちするように並ぶ。腰を少し曲げ、頭を下げて撫で待ちの鶴丸の可愛さよ。指通りのいい丸い頭をこれでもかとわしゃわしゃ撫でてやった。桜が舞ったので、嬉しかったと判断した。
 言葉にすることはなかったけれど、少し羨ましそうにしていた長谷部と博多の頭も同じように撫でてあげ、光忠と(表向きには)馴れ合いを好まない伽羅へは、セットが崩れない程度に軽く撫ぜてみた。程度に差はあれ、みんな桜が舞ったから良しとする。足元またちょっと桜で埋まりかけているけれど。


******


 顕現されてから数年。へし切長谷部は例え演練であろうとも一切の手を抜くことなく、その刀身を振るってきた。すべては主のため。主が勝てと命じるならば何が何でも勝利を掴み、誉を賜ってきた。それは、主がいない時期顕現当初から変わらない。
 しかし、と頭を振る。主という存在を知ってしまった。やわらかい声音を、穏やかな笑みを、触れるぬくもりを、知ってしまった。知ってしまった、から。

 「全戦全勝おつかれさま。誉は長谷部が一番多かったね。おめでとう。」
 「ありがたき幸せ。」

 彼女にとっては何気ない一言であっても、へし切長谷部にとっては、極上の誉である。功績を称えられることは栄誉であり、当然のことだと頭で分かっていても、それは彼———否、彼等にとって無意識化にずっと求めてやらないものだった。
 他所の本丸の同位体を見かける度、その同位体がたった一人の主と共にある姿を見る度、己は己だと言い聞かせながらも、やはりどこかで手が伸びるほど、求めてしまったもの。それでもああ、やはり。

———待てというなら、いつまでも。貴女は必ず迎えに来てくださるから。

 過去の憂いもトラウマも、へし切長谷部貴女の刀には、不要なのだ。


******


 演練に同伴する審神者は、どこで待機するのかと思っていたら、競技場のようにベンチが置いてあった。ここに座っていればいいのか。向かいのベンチを見遣れば、既に相手方の本丸も入場していたようで、刀剣男子が七口と審神者らしき着物姿の女性がベンチに座っていた。

 「あれ、七口?」
 「一口は護衛たい。」
 「あ、なるほど。ウチも連れてきた方がよかったかな。」
 「おれらがおるけん。必要なかと。」

 演練中の有事に対応するための護衛なんだから、必要なのでは?と思ったけれど、エッヘンと胸を張る博多が可愛かったので、そうだね、と頭を撫でておいた。可愛いは正義。
 まもなく開戦しますというアナウンスが流れ、舞台へと進む六口の背を見送って大人しくベンチに腰を下ろす。コロシアム形式の会場だから、舞台を中心にぐるりと観客席が囲まれているのだが、想像よりも観戦客が多くて驚いた。刀剣男士だけの観客もいれば、審神者さんらしき方や恐らく政府関係者だろう人もいる。
 両本丸の刀剣男士が開始場所に並び立ったと同時、舞台を覆うように透明なバリアが張られ、上部にホログラムディスプレイが現れる。両部隊の部隊長を先頭に六口ずつの名前と練度、生存値が表示されたそれは、ゲーム画面でも見覚えのあるものだった。

 「すご・・・SF映画みたい。」

 圧倒されている私を他所に、バリア内の舞台上は瞬く間に天候や地形を変えていく。あれも仮想空間だというのだから、この時代の技術の発展に驚きが隠せない。一言で表すならば正にSF映画。
 地形や天候はランダム生成らしく、今回は夜の市街地を模した空間だった。光忠や鶴には不得手な環境であるが、それは相手方も同じ条件。向こうは太刀が二口と打刀が三口、そして脇差が一口。いずれも特カンストしているようだ。
 両部隊も部隊長の指示に沿って配置につき、索敵しつつ陣形を整えていく。相手に察知されないようにしつつも、相手の情報は抜き取らなければならないのだから、偵察と隠蔽って重要なんだなと、戦闘状況を生で見るからこそ痛感する。陣形一つで勝敗が決まるという言葉もあながち大袈裟ではないのかもしれない。
 しかしそこは、圧倒的な練度差。極カンストしている博多と貞ちゃんが特カンストの部隊を見抜けないわけがなく。反対に、いくら隠蔽が苦手な太刀がいようと、相手方の脇差がこちらの動きを見抜けるわけもなく。
 相手側は、こちらのメンツを見て機動では勝てないと判断したのか、打撃と二刀開眼を狙って横隊陣を形成していた。当然こちらは鶴翼。特カンストなので脇差や一部の打刀には負けるかもしれないが、練度差が十分あるから、ある程度機動が劣っても太刀二口でも十分対応出来るはず。
 結果は予想通り。銃兵の刀装をどちらも装備していなかったので、遠戦はほぼ無しに等しい結果だったが、いの一番に飛び出した博多が行き着く間もなく、相手方の脇差を仕留めた。早過ぎて気付けば相手が戦闘不能になっていた。続く貞ちゃんが打刀を一口、少し遅れて長谷部と伽羅が一口ずつ落としたので、残るは太刀対決。当然ながらウチが圧勝した。
 勝敗が決すると、仮想空間が解かれ、それぞれが開始地点へと自動転送されるシステムらしい。致命傷を負っていた筈の相手の男子達も、自動転送されると同時に手入れが行われ、傷一つない綺麗な姿へと戻っている。

 「・・・これは、掲示板で騒がれるのも無理ないか。」

 こんなにも圧倒的実力差を見せつけられては、攻略法や戦術について共有されてもおかしくない。例えるならば、ゲームの強敵の攻略法を共有するそれ。私だってゲームプレイ時にイベントの攻略法とかめちゃくちゃ掲示板や攻略サイト漁ったわ。つまり我が本丸はゲームで言うところのボスクラスということか。何を言っているのかわからなくなってきた。
 とにもかくにも残る四戦もそんな感じで、圧勝し、初めての演練参加はこうして幕を閉じたのだった。勝利するたびにざわつく観客席にはそっと目を逸らしておいた。