花びらと亡霊の偶像


 特別報酬が出るという話は事前に聞いていたが、いざ口座を確認すれば予想よりも多額の報酬が入っていて、今度は心の中ではなくガッツポーズをしてしまった。思ったより大きい声だったらしく、隣でお昼寝していたこんのすけが飛び起きてしまった。申し訳ない。
 予想よりも多くの特別報酬だったので、せっかくだし緊急事態でも柔軟に適応してくれた四口へ臨時ボーナスという形で評価しようと、早速万屋街のオンラインホームページにアクセスする。Sanizonという店舗名は、確実に現代の世界的有名なオンラインショップからあやかっているのだろう。
 刀剣男士に人気な商品となれば、必然的にお酒がメインになるようで、なるほどお神酒かと納得しつつショップのおすすめ欄をスクロールするが、お酒といっても千差万別。清酒に絞っても精米方法や味の好み、度数など様々だ。はて、彼等の好みはどれなのだろうか、と首を傾げつつ、すっかり目が醒めてしまったらしいこんのすけへと視線を落とした。

 「こんちゃんは、彼等のお酒の好みとかって知っている?」
 「短刀様方は、一部を除きお酒よりもお菓子の方が好まれるそうです。」
 「個人の好みとかは?」
 「うーん…洋酒より清酒の方が好まれる、くらいしか・・・。」
 「そうだよねぇ。」
 「あるじ様からの贈り物となれば、なんでも喜ばれると思いますよ?」
 「それはそうなんだろうけど、せっかくなら好みのものを渡したいじゃん。」

 直接聞きに行くのが無難かなぁ、とぼんやりと考えていれば、外から声がかかる。この声は鶯かな、と予想を立てながら入室を許可すれば、案の定その名の色を纏った鶯丸が顔を覗かせた。
 茶でもどうだ、という彼からのお茶のお誘いは、こちらにいる時間が長くなってから随分と増えたと思う。主と茶を飲んでみたかったのだ、と初めて一緒にお茶を飲んだ時は、感慨深そうにそう呟いていた。この本丸は、他所の本丸ならば普通に出来ることが、出来なかったところだから余計に。
 鶯丸といえばお茶なんだけれど、私が珈琲の方が好みだということを知ってからは、お茶だけでなく珈琲もよく淹れてくれるようになった。独特の苦みがあまり好かれていない珈琲だけれど、じわじわと本丸内にも広まりつつあるようで、珈琲好きとしてはちょっとうれしい。今回は抹茶ラテらしい。

 「鶯って、意外と目新しいもの好きだよね。」
 「茶であればなおさらな。」
 「抹茶ラテ、とっても美味しい。ありがとう。」
 「喜んでいただけたようで、何よりだ。」

 茶菓子は長船から分けてもらったぞ、という彼の言葉通り、盆の上に乗せられていたのは、可愛らしい和菓子だった。一口サイズの様々なお花や模様をあしらったそれは、きっと現代であれば高級和菓子屋の逸品ものと称されるレベルだろう。
 大変美味なそれらに舌鼓を打ちつつ、鶯丸とポツポツと世間話に近い会話を続けていた折、ふと思い出した特別報酬について、せっかく同派の彼がここにいるのだからと尋ねてみることにした。

 「大包平って、お酒は辛口派?甘口派?」
 「随分と急だな。特に強いこだわりはなかったと思う。」
 「そっかぁ。ちなみに好んでいる銘柄とかある?」
 「さてな。酒であればなんでも好んで呑む男ではある。」

 再度、そっかぁ。と相槌を返せば、じっと向けられてくる視線。君からの問いに答えたのだから、次は俺の問いに答えてもらおう。そう続けて尋ねられた内容は、予想通り何故そんなことを聞くのか、という内容。ちょっと特別報酬、とさっくりと要約した内容を伝えれば、少し驚いた様子の後、静かに視線を逸らして、そうか、と一言だけ返してきた。
 それまで口許に緩やかな弧を描いていたというのに、今は真一文字という様子でお茶を飲む姿は、一見して近寄りがたいイメージを抱かせるが、流石にここしばらく彼等とより密に交流を深めている身としては、凡そ察するに値する。

 「今回は、偶然そういう機会があっただけ。もちろん、私は彼等だけじゃなくてきみたち全員を心から頼りにしているし、頼もしいと感じているし、誇らしく思っているよ。」
 「・・・君は、本当に俺たちの扱いを心得ているようだ。」

 ひらり、と薄桃色の一片が、可愛らしい和菓子の乗った盆の上へと舞い落ちる。少し季節外れではあるが、なるほど中々に風流なワンシーンと言えるのかな。澄まし顔の彼の耳元がほんのり赤くなっていることには敢えて触れることなく、またお茶しようね、と笑いかければ、口許だけでなく目許もゆるりと弧を描いた。


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 結局無難にお店がおすすめしていた銘柄を人数分購入し、即日どころか数時間で届いた箱を抱えて目当ての人物を探すために、広い本丸を練り歩く。途中、すれ違った数口から、手伝うか、というお声がけをいただいたけれど、手間をかけるわけにもいかないから大丈夫と断り続けたが、思えば一升瓶が二本と四合瓶が二本、加えてお菓子が数点ともなれば中々に重量がある。
 こういう時に限って、お目当ての男士が見つからないものだと、一旦縁側に荷物を置いて小休憩。少し痺れた手を休めつつ、吹き抜ける爽やかな風に自然と視線は縁側の外へと向かった。春から初夏へと移行する段階、芽吹きを終え、作物の新たな実りのための準備期間とも呼べる、そんな爽やかな季節。ゲームプレイ時は知らなかったが、この本丸にも広大な畑があったから、きっと今頃夏の収穫に向けた野菜類を植えているだろう。

 「主?いかがなされましたか。」
 「・・・あ、蜻蛉。ちょうどよかった。探していたの。」

 湯上りなのだろう、肩からタオルを掛けた姿に、そういえば今日の手合わせは彼と、彼の後ろにいる日本号であったと思い出した。道場にも顔を出したけれど、どうやらすれ違いになっていたらしい。
 自分に用事ということで居住まいを正す彼へ、そんな大層な用事というわけでもないけれど、と前置きをしたうえで、足元に置いていた箱から目当ての商品を取り出す———瞬間、それまで静観していた日本号が途端に顔色を変えて声を上げた。

 「そいつぁ、逸品物の純米大吟醸じゃねぇか!」
 「ああ、うん。おすすめって出ていたね。」
 「何でそんなもんを・・・いや、なんで蜻蛉切だけ!?」
 「まあ、臨時ボーナス的な。」
 「りんじぼーなす!?どうやったら賜れるんだ!」
 「・・・日本号、少し落ち着け。」

 これが落ち着いていられるか、という彼のよく通る声は、瞬く間に本丸内に通じてしまったようで、彼方此方からバタバタと慌ただしい物音が立ち始める。然程時間が空くこともなくスパン、と真後ろの障子が勢いよく開かれた。
 大将、今逸品物の純米大吟醸って言葉が聞こえたが?と叫びながら飛び出してきたのは、薬研藤四郎でした。なんてふざけて言っている場合ではない。何故なら飛び出してきた彼の眼が本気マジなのだ。俺っちにもその茄子だか棒だかを賜れる権利をあたえちゃくれねぇか、なんて言われてしまったのだ。

 「なぁ、たいしょー。」
 「今回は本当にたまたま。そうそうあるものじゃないよ。」
 「たまたまって、」
 「万屋街に敵が侵入してきて、現場に遭遇して処理した。こんなこと、何度もあったら不味いでしょ。」

 本当の緊急事態だったのを、迅速に処理してくれたからこその特別報酬。そう説明すれば、不承不承ではあるが一旦は納得してくれたらしい。だから頑張った子への臨時ボーナスです、と先程から驚いた様子で固まっている蜻蛉へ改めて一升瓶を贈呈する。前と横からの嫉妬の視線など、知ったことではない。
 自分は役目を果たしたまでです、と頭を下げる蜻蛉に相変わらず真面目っこだなぁ、と思いつつ、政府からのボーナスが多かったから気にしないで欲しいことを説明するも、中々受け取ってもらえない。ご褒美的なニュアンスだったけれど、逆に彼に過度な遠慮や萎縮を与えてしまうものだったかと、自分の浅慮具合に反省しつつ、受け取ってもらえなかった一升瓶を箱へと戻した。

 「無理に受け取ってほしいわけじゃないし、不要と言うならそれでいいよ。受け取らなかったからと言って評価を落とす訳でもないし。」
 「要らねぇなら俺にくれ!蜻蛉切の分まで大事に飲む!」
 「日本号の旦那だけずるいぜ、俺っちも飲む!」
 「きみたちは関係ないからダメです。」

 蜻蛉は真面目だったから受け取ってもらえなかったと思うけど、もしかしたら他の三口も同じかもしれない。思ったよりも多かった報酬額に自分一人で喜んじゃったな、と内心恥ずかしく感じながら箱を持ち上げる。一旦部屋に戻して改めて四口からそれぞれ報酬の希望について確認しよう。
 未だおねだりモードの二口へは、ダメです、ときっぱりお断りして部屋へ戻ろうと踵を返したところで、ズッシリと両腕に圧し掛かっていた重みが消える。お運びします、と手伝いを買って出てくれた蜻蛉へは、部屋に戻るだけだから大丈夫だと伝えたが、聞き入れてもらえずそのまま審神者部屋へと運ばれてしまった。

 「荷物持ちならばお任せを、と申し上げたはずです。」
 「天下の三名槍をそんなことにホイホイ使えないよ。」
 「・・・自分は、」
 「うん?」

 言い淀む蜻蛉切の言葉を待つため、上背のある彼を見上げるが、言うか言わないかでかなり迷っているようで、珍しく双眸を惑いに揺らませていた。言いたくないなら、別に良いよ、と気にしていないという意味で伝えてみたが、眉間にシワが寄ってしまったから、もしかしたら余計に気にさせてしまったかもしれない。
 確かに己は、三名槍が一振りです。数秒を置いて意を決したように口を開いた彼は、なれど今は、貴女の一番槍だと、そう自負しております、と続けた。つまり、世間的に認知されている三名槍蜻蛉切ではなく、私の蜻蛉切であると、彼はそう念押ししたのだ。

 「・・・私の蜻蛉切だと言うのなら、私が認めた評価を受け取ってくれたら良いのに。」
 「されど、敵を討つことは我らの本分。当たり前のことを特別評されるなど、」
 「私が、私の刀の功労を称えることは、無用のもの?」
 「、」
 「きみを顕現してから数年。いつも思っていることだよ。槍の特性きみの力は、刀装に関係なく一撃で貫くこと。何度も助けられてきた。」

 それは、特別評価に値することじゃないときみ自身が思っても、その力に助けられている者もいるって、知って欲しいな。目を見開いて立ち止まってしまった彼へ、そう伝えれば、ふわりと薄桃色の花弁が舞い上がる。今ならば受け取ってもらえるだろうかと、改めてお酒は渡していいのかな、と尋ねれば、羞恥から俯きがちでありながらも、拝領いたします、と答えてくれた。