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 サイエンス部は、サイコパス部やお料理部なんて呼称もされているが、部活動的には、よくあるそれと同じだった。ただ各部員の実験内容や取り扱う品々が、サイコパスだったり完全なお料理だったりするだけで。
 何故そんな一部活動の話を始めたかと言えば、偏に私がその部に所属しているためである。何故かクルーウェル先生の推薦を受けて。まあ、良識の範囲内で好きにしていいとお赦しを頂いているので、授業終わりに部が所有している温室の一角を、半ば自家農園としつつ収穫物で料理等を行う日々なだけ。すぐ隣のヤベー実験に比べたら、非常に可愛いものである。
 この世界の魔法とは、悪魔の実の能力以上に不思議に満ち溢れており、きちんと術式等の知識とそれに見合う魔力さえあれば、大抵の超常現象を起こす事が可能である。四季折々、寒暖差や季節、また土壌などによって育つ植物が違うのが自然の摂理であっても、そこに魔法という不思議パワーが加われば、あら不思議。トマトとキャベツと大根とネギが、同じ畑で同時並行に育てる事が出来たりしちゃうのだ。原理を突き詰めたら深淵を覗きかねないので、魔法ってスゲーの精神でスルーである。
 赴任先等の地元住民さんと交流を育む過程で、豆知識程度に得た農作物の育成に関する知識を、魔法に応用させながら暫く。自分でも驚くほどスムーズに、多種多様の農作物を生産することに成功した。最近ではフルーツ栽培にも手を出し始めた事で、同部の三年の先輩に目を付けられているが、基本スルー。

 「入学して僅か数週間でこの成果とは…。グッボーイ。今回の実験栽培も見事成功のようだな。」
 「トレビアン!因みに今回は何を育てたんだい?」
 「大豆です。」
 「だいず…ビーンズデーの由来のビーンかい?」
 「まあ、似たようなものですね。」
 「この茶色いパテ?クリームのような、これは何だ?」
 「この大豆を発行させて作った調味料です。味噌ですね。」
 「みそ…こちらの黒い液体は?」
 「同じく大豆を使った調味料です。醤油…ソイソースですね。」
 「極東の食文化でよく用いられる調味料だな。」
 「じゃあこの白いブロックみたいなのは?」
 「豆腐。大豆を使った健康食品です。」
 「ooh-la-la!どれもこのダイズというものを用いているんだね!」
 「トーフが健康食品である理由は?」
 「カロリー低くて高タンパク。」
 「仔犬、詳しく。」
 「この後予定が詰まっているのでまた今度。」

 あれはこれは、と好奇心旺盛な幼児の如く質問してくる顧問と先輩二名をあしらいつつ、購買で安く手に入れたひき肉と炒めた玉ねぎやその他調味料、出来立ての豆腐を共に混ぜ捏ねていく。その後整形してパン粉を付けて揚げていけば、豆腐が入ったことでボリュームを増しながらもカロリーを少し抑えたメンチカツの出来上がりである。
 一部を枝豆の状態で収穫したものは、ずんだにしようかと思ったが、今回は簡単に塩茹でするだけに留めた。今日の晩酌にしたいところだが、嗅覚に優れているサバナクロー寮では、なかなかアルコールを摂取出来ないのが痛い。事情を知っているユウちゃんに、和食を対価にまた一部屋提供してもらおうか。アルコール中毒というわけではないが、日々の疲れの癒しとして瓶ビールの一本や二本くらいは味わいたい大人なのである。
 メンチカツを揚げている傍らで茹で上がった枝豆に塩を振って粗熱を冷ましていれば、無許可に伸ばされた指が一つ、枝豆を搔っ攫っていく。まだ熱いそれを物ともせず、房から取り出した豆を一粒口に入れたその人は、みるみると表情を明るく変えながら、無言で此方を睨みつけてきた。

 「くそ…なんだこの豆は…!ただ茹でてソルトを振っただけというのに、めちゃくちゃ美味いし、めちゃくちゃエールが飲みたくなる…!!」
 「それを食べてエールを呑みたくなる、という感想に至る人は完全なアルコール中毒者ですね。」
 「くぅ…っ、手が止まらん…どうしてくれる…っ!」
 「こうします。」
 「痛い!」

 勝手につまみ食いをして、勝手に逆切れをする不届き物の顧問には、魔法ではなく物理で手を叩く事で止めさせる。ベチンと乾いた良い音が鳴って、流石に痛みから手を引っ込めたが、顧問———クルーウェル先生は恨めし気に未だ此方を睨んでいた。
 因みにこのメンチカツも出来立てと冷たいエールとの相性が抜群に良いです。要らない追加情報を敢えて付け加えてやれば、まだ業務中なのに何て事を言うんだバッボーイ、と謎のバッボーイを頂く羽目になったがスルー。物欲しげに爛々と目を輝かせる狩人と、もう貰う気でしかないメガネの先輩もいたが華麗にスルー。このメンチカツはマブ用なので、他の人の分はありません。


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 蛮族と化した先輩と顧問を追い払うために、致し方なく塩茹で枝豆の七割を献上して、三割を持参したタッパーに入れ、出来立てのメンチカツに冷めぬよう保温魔法を施してから、部室を後にする。保温は自身の魔法でどうにでもなるが、匂いに関しては人間の嗅覚までしか防ぎようがないので、その数十倍、下手をしたら数百倍優れている獣人や人魚を誤魔化す事は、自力では難しい。匂いも温度も鮮度も完全に遮断するマジックアイテムがあるらしいが、試しに購買部で値段を聞いたところ、ありえない金額であったので、今のところ購入予定はない。
 メンチカツの油と肉が混ざった芳しい香りは、放課後の特に部活動で汗水流す運動部員にはダイレクトアタックだったようで、陸上部が活動する運動場までの道程だけで、実に十数名の生徒から集られそうになったが、持ち前のポテンシャルとスルースキルで華麗に躱しつつ足を速める。道中に人影はそんななかったくせに、どこから湧いてきたんだ。

 「おい、草食動物。その手に持っているものをコッチに寄越しな。」
 「ニシシ。レオナさんに見つかったのが運の尽きッスね。」

 本当にどこから湧いてくるんだ。
 マジフト部の練習場から大分離れた場所だというのに、何故か箒に乗って頭上からやってきた我等が寮長様は、王族らしい太々しさを前面に出した笑みと態度でそう口を開いた。他の生徒と同様スルーしてもいいのだが、相棒のブッチ先輩のユニーク魔法が厄介なので、防衛魔法を増し増しに施しながら、急いでいるんで、と一言告げて脇に逸れる。当然の如くユニーク魔法をブッチ先輩が発動してきたが、防衛魔法を増し増しに、更には武装色の覇気で鉄塊をガン積みした私には届かない。驚きを露にする二人を他所に足を進めようとしたが、その二人の目付きが完全に捕食を目的とした、肉食獣の如く鋭くなったのを認識して、瞬時に方向転換。走っても単純な脚力には適わないだろうから、空中を蹴って、魔力による浮遊魔法と剃と月歩を掛け合わせた空中移動に変更した。単純に言えば剃の上位互換のようなもの。距離の短い瞬間移動を重ねていく感じ。魔法と向こうで培った覇気や六式を掛け合わせると、割と人間離れする事が出来る。まあ、人間やめるつもりはないが。

 「んなっ!?」
 「なんだテメェ…!」

 しかし、良くも悪くも魔法ありきのこの世界では、この方法が有効に使える。低難易度の魔法に、此方の基礎能力を掛け合わせただけのものであっても、向こうには高難易度魔法、あるいはそれに準ずる魔法、ないしはユニーク魔法というように捉えるからである。
 そして今回の相手は獣人。嗅覚も基礎能力も純人間より優れるが、警戒心や強者に対する危機管理能力、防衛本能も純人間より遥かに高い。つまるところ、ちょっと強者ムーブ(幻影)でも割と足を止めてくれるのだ。
 驚愕で固まる二人を他所に、さっさとその場を離れた私を追いかけようとする者は、獣人はおろか人魚もいるわけが無い。なんせ獣人の中でもかなりヒエラルキーが高い、かのレオナ・キングスカラーの足を止めた人間こそが私なのだから。


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 「つまるところ、そういうわけです。」
 「成程な!つまりリツは、人間をやめたってことか!」
 「スペードくんマイナス百二十点。全然違います。」
 「流石ケムリンの部下!そこに痺れる憧れない!」
 「そんなことよりもメンチカツうめーんだゾ!!」

 放課後に差し入れすると約束したとはいえ、大食堂で聞き耳を立てていた我等の寮長が絶対に逃がすわけもないから、ほんのちょっと、最悪メンチカツじゃなくても何か差し入れか、単純に応援があったらいいな、程度の考えでいたハウルくんだったらしく、私が無傷でしかも大量のメンチカツを持ってきた事に対して、文字通りひっくり返っていた。私を視認するや否や、爆速で駆けつけてくるスペードくんとユウちゃん、グリムくんは、ハウルくんのそんな姿に首を傾げていたが、ハウルくんの予想と実際の現実を見比べて、成程な、と納得した結果のコメントが先の通りだったのだ。
 剃や月歩ってCP9じゃなくても使えるんだねぇ。アツアツのメンチカツを、ハフハフと顔を上気させながら頬張るユウちゃんに、まあ海軍でも多少鍛錬するからね、と返しつつ一緒に持参した果実水を渡す。因みにレモンとオレンジを合わせたもの。脂っこくて熱いメンチカツをさっぱりと流してくれる手作りフルーツウォーターである。
 フルーツウォーターのついでに仕込んだハニーレモンも、運動後の二人には大好評で多めに作ったのでこちらは、他の陸上部員へもクラスメイトを中心にお裾分けしておいた。メンチカツも欲しい、とおねだりをもらったが、残念ながらあれはマブ用なので。

 「もう私りっちゃんのお嫁さんになる。毎日おいしいごはん作ってもらうんだ。」
 「私の嫁になるなら、元の世界捨てて海兵の嫁になるけど宜しいか?」
 「海兵さんの前でこんなこと言うの、どうかと思うけど…欲を言うなら、七武海と赤髪海賊団に逢いに行けるなら割と本気で検討する。」
 「…本当にとんでもない発言で驚きが隠せない。百歩譲って七武海はともかく、赤髪?え、海賊??逢いたいの??」
 「ベン・ベックマンは、永遠の初恋の人です。」
 「わぁ。」
 「その顔やめて!何が言いたいかわかるからやーめーてー!」
 「は、初恋…っ!?」

 ユウちゃんの爆弾発言に私はドン引き、初恋というワードに初心なスペードくんが固まり、遠くで聞き耳を立てていた、ユウちゃんに少なからず淡い期待と懸想を抱いていた十数名が放心した。端的に言ってカオス。微妙な空気を絶妙に読み取ったハウルくんだけが、面倒くさそうに此方を遠巻きにする眼で見てきた。グリムくんはメンチカツまっしぐらだった。
 赤髪海賊団の副船長が初恋の人となれば、七武海では鷹の目やサー・クロコダイル辺りが好みなんだろうね。私の指摘は大当たりだったようで、やっぱり推しには一度逢っておきたいっていうミーハー心が強いんです、と初恋兼最推しだというベン・ベックマンについて熱く語られたが、此方からしてみれば所詮荒くれ者の無法者、くらいの印象しかないため、へぇ、と一言で流しておいた。確かに一般的(?)な海賊団に比べ、赤髪海賊団は割と紳士的というか、良心的な一面も持っているが。

 「タイプ的にはうちの上司も好みな方かな。」
 「ケムリン…めっちゃいい男だよね…」
 「しみじみ言われても。」
 「ユウ、その辺にしてやれ。死体蹴りをしてやるな。」
 「え。」
 「モテる女の子は大変だ。」
 「え。」

 ユウちゃんが自称推しを語る度に、周囲に屍が増えていく。男子校の中に突如現れた紅一点。しかも基本誰に対しても朗らかで明るく、あの人懐こい笑みと、甘え上手な一面を見せてくるような可愛らしい女の子。恋に落ちないわけが無い、と熱く語ったクラスメイトの一人に同調する者は多かった。つまり彼女、とてもモテる。そんな彼女の恋バナともなれば、気になる反面、現実を突きつけられて屍が錬成されていくのだ。
 初心な反応を見せながらも、つまらなそうに不貞腐れる、その名を関したスートを目許に描いた純情ボーイもまた、その一人なのだろう。