オコリザルが率いるマンキーの群れを見送ってすぐ、イエローがグリーンと別れてレッドを探す旅を再開したいと切り出した。
 この地に来て数週間。彼女は確実に以前よりも実力をつけたが、四天王の背中はまだ遥か遠くだろう。それでも、いつまでも止まっているわけにはいかなかった。今もどこかで四天王は動いている。レッドの痕跡は一つ、また一つと消えていく。どこかで区切りをつけなくてはならない。それがいまだと、イエローは判断した。そしてグリーンもそれを受け入れた。

「本当はいろいろ教えていただきたかったんですけど……、なんだか、甘えすぎちゃう気がして……。だから行きます!ありがとうございました。グリーンさんのおっしゃっていた戦いの厳しさとかもちょっとだけわかった気がします」
「……。ここからならどこへ行くのでも海路のほうがいい。あそこに見える定期船を使え」
「ハイ!」

 グリーンはボクとイエローとは別の道からレッドを探すらしい。ボールからゴルダックを出すと、彼は迷わずその背に飛び乗った。一人でも四天王とやり合える、そんな頼もしさが滲んでいる背中だった。

「パープル、お前は手持ちのカメックスで海を渡れるな?」
「え?うん、渡れるけど……」
「お前は先行して安全を確保しろ。これまでの傾向からして四天王が船を奇襲してくる可能性は低いと思うが──念のためだ」

 四天王の目的は未だ不明ではあるが、今のところ彼らが一般人に危害を加えるつもりはないと見ていいだろう。襲われたのはレッド、イエロー、ボク、正義のジムリーダーたち、そしてグリーンと四天王に対して態々敵対したものか、元々実力が世間に知れ渡っているトレーナーだけだ。
 それに、固まって行動すればボク達は安全かもしれないけれど、もしもボクとイエロー二人揃っているからと船の上で四天王に襲撃されたら逃げ場がない一般人を危険に晒すことになる。あれだけの大型船なのだから、怪我人が出るだけでは済まないかもしれない。

「……分かった」
「道中トレーナーもいるだろうしな。もう海上でのバトルが怖いだなんだと四の五の言っていられる状況じゃない。少しでも手持ちを鍛えられそうなら鍛えておけ。……ただ、イエロー」
「ハイ」
「聞いての通り、パープルは暫くお前の傍にいない。船内で何かあった場合は自分一人で対処しろ。それくらいの実力は身に着けたはずだ。ただ、船外の危険は全てパープルに任せていい」
「……分かりました。パープルさん、よろしくお願いします」
「うん、任せてイエロー。でも、何があるか分からないから気を付けてね」
「ハイ!」

 グリーンから詳しく乗船の手続きのレクチャーを受けたイエローは、躊躇いなく一人で船に乗り込んだ。旅立ちは一人だったかもしれないが、その前にはブルーがいて、今まではボクとグリーンがいて。心細く感じているはずなのにそういった不安を全て振り払うかのように、彼女の足取りは力強かった。

「グリーンさーん!!またー!!」

 汽笛が鳴り響くのと同時に、イエローを乗せた船がゆっくりと動き始めた。甲板から身を乗り出してグリーンに手を振るイエローの声を受けてグリーンは柔らかな微笑みをこぼすも、やがて彼を乗せたゴルダックもまたなみのりを始めて海上を進み始める。

「油断するなよ、パープル」
「……!グリーンこそ、何かあったら連絡してよ!」

 グリーンは返事をすることも振り向くこともなかったけれど、ひらりと振られた手は優しかった。そうして、彼は修行の地を去っていった。

「……そろそろボク達も行かなくちゃね、カメカメ」
「ガメ!」

 グリーンとゴルダックの姿が見えなくなるのはあっという間だった。イエローが乗る船もどんどん進んでいて、このままでは置いてけぼりにされてしまう。追いかけるようになみのりを指示すれば、みるみるうちにボクと船の距離は詰まる。なるほど、多くのトレーナーがみずタイプのポケモンを捕まえてなみのりを覚えさせるわけだとボクは納得した。

「気を引き締めなくちゃね……」

 もう手を貸してくれるグリーンも、一緒に色々考えてくれるイエローも、傍にはいない。けれど、彼女がそうしたように、ボクも纏わりつく不安を振り払う。それに、二人がいないくてもボクは一人ではない。ボクの頼れる仲間たちがボールの中からボクを伺っているのが分かる。心配をかけるわけにはいかないな、とボクは五つのボールとカメカメの甲羅を撫でてから、両手で頬を叩いた。

「よし!気合は十分!気を付けて進もうね、皆!」
「ガメッ!」



 陸は遠く、食料の確保だってままならない海上にもトレーナーはたくさんいる。ポケモンの背に乗らず自分で泳いで海を漂うトレーナーの胆力には驚いたというか、呆れたというか。その状態でメノクラゲやドククラゲと出会ったらどうするつもりなんだろうと思い尋ねてみると「全力で泳いで逃げる!」となんともシンプルな答えが返ってきて、気が付いた時にはバッグからどくけしを渡していた。人間には効き目がないけれど。

「それにしても、海上でのバトルって危ないね、ハナナ」
「ハナ〜……」

 ハナナにボールから出てきてもらったものの、足場は不安定かつ狭いカメカメの甲羅の上しかない。進化して体が大きくなったばかりのハナナは戦いにくそうにしていた。ボクもハナナの頭の花がふわふわ揺れるものだから、しびれごなを指示するのは流石に恐ろしくてやめた。

「カメカメは泳ぎっぱなしだし、そろそろどこかで休憩したいよねえ……」

 日が沈んだら休もうと声をかけたのだけれどカメカメは張り切っているみたいで、昨日から昼は勿論、夜も朝も泳ぎっぱなしだ。そろそろ疲れてきたんじゃないのと聞いてみるも、カメカメは「ガメ〜!」と大丈夫だと言わんばかりに声をあげるばかり。それでも大切な手持ちポケモンを休ませるのはトレーナーの義務だ。どこか座れるような大きな岩でもあればいいのだけれど、とあたりを見回すも岩は一つも見つからない。

「……ごめんよ、カメカメ」
「ガ〜メ!」

 気にするなとでも言ってくれているのだろうか。相変わらずボクのポケモン達はみんな可愛くて優しくていい子ばかりだ。ご飯を食べて少しでも元気を出してね、と海に落ちないように気をつけながらカメカメの口元までご飯を運べば、カメカメは嬉しそうに鳴いてぱくりと口に含んだ。
 そのとき、凄まじい勢いで海上を渡る何者かが視界に入ってきた。ぱっと顔をあげてそちらを見やれば、細長く美しいポケモンとその頭上に人影が見える。

「あれは……ハクリュー!?」

 慌ててバッグから図鑑を取り出して向ければ、ボクの知識通りそのポケモンはミニリュウの進化系であるハクリューであるということを図鑑は教えてくれた。
 ハクリューは海を渡れるが、みずタイプのポケモンというわけではない。ハクリューはドラゴンタイプのポケモンだ。──ドラゴンタイプ。人影が誰かを確認したわけではないのに、胸の奥がざわざわする。

「カメカメ、ばれないように距離を取ってあのポケモンを追いかけて」
「ガメ!」

 数秒の逡巡の後に、ボクは自身の直感に従うことにした。カメカメに指示を出し、ハクリューとその人影を追いかけ始める。
 何年も母さんの顔色を窺って生きてきたからか、悲しかな危機察知能力は高い方だと自負している。二年前の一人旅でも己の直感は何度も危険を知らせていた。その危険を避けられていたかは別として。そんなボクの直感が、あのハクリューとトレーナーは危険だと言っている。凄まじい力を持ったトレーナーだと告げている。そもそも、遠目から見てもはっきり分かるほど高い実力を待つポケモンを従える凄腕のトレーナーなんて、そう何人もいるわけない。捕まえる機会が中々ないドラゴンタイプなら尚更。
 びりびりと肌に刺さるプレッシャーが、脳内で激しくなる警鐘が、ハクリューの頭上の人影をワタルだろうと言っている。狙いは何だ。イエローか、ピカか、それとも別の何かなのか。

「狙いがイエローとピカなら、ボクが食い止めなきゃ……!」

20210712