「グリーン、イエロー、ただい……ま……?」

 新しくラキキが入ったボールをベルトに引っかけて日暮れごろキャンプ地に戻ると、そこはグリーンの怒声が飛び交う修羅場と化していた。

「な、何……?」

 よくよくグリーンの言葉を聞いてみると、グリーンは手持ちを鍛えるのを中止してイエローの隣に並び、彼女の一挙手一投足にあれこれとアドバイスしているようだった。でも、そんな大声を出す必要はあるのか?離れたところで聞いているボクでさえ怖いと感じるのだから、至近距離で浴びているイエローはもっと怖いのでは?そう思ったところで、イエローが必死にボールを投げている先が昨日の朝から全く変わっていないことに気付き、グリーンの様子に合点がいく。

「キャタピーの捕獲に……そっかあ……」

 キャタピーに傷や泥は全くないのに、イエローと相棒のラッちゃんはやたらと泥にまみれていることもグリーンの怒りを煽ったのだろう。ボクはどう考えてもイエロー側の人間なので強いポケモントレーナーの世界は厳しいなあと感じてしまうだけで、悲しいかなグリーンに共感することはできなかった。

「おーい、グリーン」
「もっとキャタピーをよく見てボールを──ん?」
「おっ、気づいた。ただいまグリーン、イエロー」
「あ……パープルさん!お帰りなさい!」

 キャタピーを掠めることもなかったモンスターボールがからんと虚しい音を立てて地面を転がるのも気に留めることなく、イエローとグリーンはボクの方を振り向いた。
 額に流れる汗を服の袖あたりで拭うイエローにはバッグからタオルを取り出してその汗を拭ってあげると、照れくさそうな笑顔がタオルの下から見える。一生懸命やっていたことをボクはしっかり分かっているよ、とどこ目線なのか自分でも疑問に思う感想が浮かんだ。
 なんというか今までレッド、グリーン、ブルーと錚々たる面々に囲まれていたことや初々しいわりにとんでもない無茶をするイエローの姿を目にしたせいで、イエローに対して謎に過保護になっているような気がする。まあ、思うのは勝手かもしれないけれど嫌がられない範囲でおさめないとな、とボクは心の中で自省した。

「戻ってきたってことはパープル、手持ちは増えたのか?」
「勿論ですとも!見て見て、ボクの新しい手持ちのラキキだよ」

 グリーンの問いに大きく頷いて見せる。そして証拠をつきつけるかのようにボールからラキキに出てきてもらうと、グリーンの鮮やかな緑色の瞳が僅かに見開かれた。

「ラッキーか……珍しいな」
「まあ色々あってね。可愛いでしょ」
「わあ……!ボク、ラッキーはポケモンセンターでしか見たことないです……!」
「ボクもそうだったよ!野生のラッキーは本当に珍しいんだ。ラキキ、こっちのツンツンしてるのがグリーンで、こっちの麦わら帽子の子がイエロー。ボクの友達だよ」
「ラッキ!」

 ニコ、とラキキがイエローとグリーンに微笑む。イエローの頬もつられて緩むのが見ていてとても愛らしかった。グリーンはボクの新たな仲間に満足したように頷くと、口を開いた。

「食事と十分な休息を取ったら修行を再開するぞ」
「了解です、師匠!」
「……師匠はやめろ」



 それから、ボクとイエローの激しい修行は再び幕を開けた。ほぼ間違いなく一番疲れているのはグリーンだと思うが、彼は疲労感を見せることはなく日々ボクとイエローを厳しく鍛え続けた。
 キャタピーを捕まえてすぐにイエローのラッちゃんがラッタに進化して、進化を知らなかったらしい彼女が大泣きするなど多少のハプニングはあったものの、様々な山を乗り越えたボクと彼女の手持ちたちはめきめきとレベルを上げていった。──レベルが上がったせいで、明確な強さの証であるジムバッジを持たないイエローにタケシさんとカスミが渡したポケモンが反抗し始めたけれど、それもいずれおさまるだろうとグリーンは睨んでいるらしい。
 そんなわけで今日のイエローの修行はレッドの図鑑を教科書として、ポケモンに対する知識を深めることだった。グリーンはイエローが手頃な岩に座り込んで図鑑、クレヨン、スケッチブックの三点セットを取り出し勉強を始めたのを確認すると、少し離れた場所で何かを思案し始めた。

「グリーン、ボクは何を……?」
「……」

 地面に触れたまま黙り込んでしまったグリーンに恐る恐る声をかけると、彼は少しの間を置いて立ち上がった。そして、ボクを見る。

「パープル、おまえの手持ちたちもそろそろ進化をするべきだ」
「進化って……ディディとハナナのこと……だよね」
「流石にそれは分かっていたか」
「グリーンの中のボクってどうなってるの?」

 グリーンはボクの質問を鮮やかに無視すると、エリカちゃんに渡された袋を取り出せとボクに指示した。本当にそういうところだよ、と思いつつバッグの中から袋を取り出す。受け取ったときと変わらず、ごつごつとした感覚が手のひらに伝わってきた。
 袋開けば、赤々と輝く石と中に葉を閉じ込めた緑色の石が入っているのが見える。

「ほのおの石とリーフの石で間違いないな」
「うん……」
「──なんだ?お前も進化が嫌だと泣くつもりか?」
「いや……ボクはどんな姿になったって変わらず皆を愛してるよ。ただ…………石での進化って、ポケモンからしたらどういう気持ちなのかなって……。なんか、こう、強制的というか……ボクの押し付けに感じなくもないというか……ディディとハナナは本当に進化したいのかなあというか……」
「……」
「苛々してる……」

 見るからに苛々している。うじうじするな鬱陶しい──グリーンの背後からそんな声が聞こえてきたような気さえしてきて、分かった、分かりましたよ、とボクはディディとハナナのボールを宙に放った。

「ガウッ!」
「ハナ〜?」

 ボールから飛び出してきた二体は地面に降り立つと、じっとボクを見上げた。その姿は、ボクの言葉を待っているようだった。ボクは二体と視線を合わせるためにしゃがみこむ。何よりもキミたちの意思を優先したい。そう考えていることが伝わればいいと思って。

「ディディ、ハナナ。ここに、進化の石があるんだ。これを使えば、キミたちは強くなる代わりに今と違う姿になる。体が大きくなって、今と同じような生活は出来ないと思う。キミたちは、どうしたい?」
「…………ガウッ!」
「ハナ〜!」

 ディディとハナナは少しの躊躇いも見せなかった。二体は迷わずボクの手の中の石に触れ、進化を始める。
 ディディの体はあっという間にボクよりも大きくなった。ハナナも頭上で咲く花がぐんぐん成長していった。やがてその体を覆う光が治まると、二体の姿はすっかり変わっていた。

「……進化しても素敵だよ。ディディ、ハナナ」
「ガウ!」
「ハナ!」
「強くなる道を選んでくれてありがとう」

 二体を抱きしめる。ディディはガーディの頃のように全身を抱きしめることは出来なくなってしまったけれど、柔らかな毛が生える首回りに遠慮なく抱き着けばほのおタイプ特有の熱すぎる体温はちっとも変わらなくて、ボクの方が安心してしまった。ハナナもボクを安心させるようににこりと笑ってくれるから、こんなに優しくてかわいいポケモンはどこにもいない、と親ばかなことを考えてしまう。いやもう親ばかでも何でもいい。ボクの手持ちは世界で一番優しくてかわいくていいポケモンたちだ。

「!」
「!!」
「うわあ!!」

 ディディとハナナを抱きしめて撫で回していると、突然不穏な雰囲気を感じた。同じようにグリーンも何かに気が付いたようにはっと表情を引き締め、イエローが狼狽えた声をあげる。

「グリーンさん!!パープルさん!!大変です!!あ……あれ!!」
「!」
「ま、マンキー……ウッ……」

 怒り狂ったマンキーから逃げ回ったときの苦い記憶が蘇って、一瞬意識が遠のくところだった。しかし、現実から逃げることは許されない。ボク達は気づかぬ間にマンキーの群れに囲まれていたのだ。

「こいつらがこんなふうに殺気だっているときは……、たいがい腹をへらしているときだ」
「お腹!?」
「ああ、おそらくあの大群全体が……食料を求めて移動してきたんだろう……。この近辺、かなりの勢いで草木が減っているようだからな。住処を追われたり食いはぐれたりしたやつらが……」
「タマゴを配るラッキーが一体いたけれど、この数じゃとても……」
「いずれそのラッキーはここを去るだろうな。──お前がラッキーを捕まえたことを気に病む必要はないぜ、パープル」
「う、うん……」

 ラキキが野生だったら──一瞬そう考えたのは事実だ。だからといってボクはもうラキキと離れたくないし、これだけの数のマンキーを二体のラッキーで支えていくのにも限界がある。いずれ破滅するのは目に見えているのだ。ボクは悪くない、そう言い切るのは流石にないけど、過ぎてしまったことは変えられない。ボクにはどうか強く生きてくれ、とマンキーの群れに祈ることしかできない。

「これだけの数を相手にできりゃあ本物だ。イエロー、パープル、この包囲網を抜けるぜ!!」
「ハ、ハイ!」
「オッケー!」

 グリーンがボールからゴルダックとピジョットを出しながら、マンキーに向かって駆けだす。イエローとラッちゃん、ピカ、そしてボクとディディ、ハナナもそれに続いた。
 襲い掛かってくるマンキーに“ハイドロポンプ”、“つばさでうつ”、“かえんほうしゃ”、“はなびらのまい”、と強力なわざをぶつけて次々となぎ倒していく。
 イエローも同じように向かってくるマンキーを撃破しているが、しかしいつまでたっても包囲網に穴が開く兆しは見えない。このままではラチがあかない。どうにか突破する術を──そう思い周囲を見回したところで、こちらに向かってくるのではなく遠くからこちらを見ているだけのオコリザルがいることに気が付いた。

「グリーン!」
「分かっている!オイ、イエロー!見ろ!あの……遠くで一匹だけ戦いに加わらないやつがいるだろう、やつだけを群れから引き離せるか?」
「ええ!?」
「やつが群れの親玉だ。他のやつはオレとパープルが引き受ける!!十分離れたら……図鑑を開くんだ!!いいな!」
「イエロー、無理はしなくていいからね!」
「……は、ハイ!!ドドすけ!!」

 次々に押し寄せるマンキーを倒しながらもイエローにも意識を割いていると、イエローは覚悟を決めたのかドドすけを繰り出した。そのままドドすけに飛び乗り、一足飛びで包囲網から飛び出す。
 しかしあまりにも飛び上がり過ぎたのか包囲網を抜けたと同時に、イエローの心の準備が済むよりも早くにドドすけの嘴の先がオコリザルを軽くではあるが突いてしまった。その名に恥じぬ短気さで、怒り狂ったオコリザルがドドすけとイエローを追いかけまわし始める。

「うわああああ」

 悲鳴をあげて逃げ惑うドドすけとイエローとは正反対に、ボクとグリーンを囲んでいたマンキーはたちまちその勢いを失い、困ったように右往左往し始めた。
 グリーンは自由になった瞬間懐から図鑑を取り出し、イエローに向ける。

「やはりな……親玉の統率が乱れ、群れが混乱しはじめた。今だ!」

 そして手早く何かの操作をしたかと思うと、グリーンの図鑑から伸びた光がイエローが持つレッドの図鑑に繋がり、レッドの図鑑から見たことのないポケモンが飛び出して今まさにイエローを殴り飛ばそうとしていたオコリザルにトライアタックを浴びせた。

「“トライアタック”。初めてためしたがうまくいったぜ。ポリゴンの電子空間転送」
「ちょ、ちょっと。は、初めて試したの!?こんな危ない状況で!?」
「ポリゴンは体そのものがプログラムでできているからな。間違いなく転送できるだろうと確信があった」
「いやいや……そうはいっても怖過ぎる……イエローに謝りなよ……」
「い、いえ。パープルさん、ボクは大丈夫ですから……!」
「そう……?でも、危険な役目を押し付けちゃってごめんね。勇気を出してくれてありがとう、イエロー」
「そ、そんな……」

 ボクとイエローがそんな会話をしている間に、マンキーの群れはあっという間に四方八方に逃げ出してしまった。親玉であるオコリザルを残して。

「……なかなかの動きだった、実践はなによりの訓練……、!?」
「イエロー……?」

 イエローは意識を失って地面に倒れ伏したオコリザルに近寄ると、オコリザルに優しく触れた。柔らかい光がイエローの手のひらから溢れる。すると、驚くべきことにオコリザルの傷がみるみるうちに癒えていき、やがてオコリザルは意識を取り戻した。
 ──イエローが持つ不思議な能力。ブルーから聞いていた限りではポケモンの気持ちを読み取る力だと思っていたけれど、どうやらそれだけではないみたいだ。

「……おまえ……群れのみんなのために食べ物を探さなきゃいけなかったんだよね。怪我をさせてごめんよ」

 イエローの不思議な能力によって傷が完治し、元気になったオコリザルは岩陰からこちらを伺っていたマンキー達を率いて、この場を去っていった。

「おーい!あっちの方にはたくさんのポケモンがいたから、別の方に向かってみる方がいいと思うよー!」

20210614