プロローグ


 職業を聞かれて宮城リョータが「水族館で働いてますよ」と答えると大抵の人は「へえ」と感心したような声をあげた後こんな言葉を口にする。

『すごいですね!』
『楽しそう〜』
『夢がありますねっ!』
『面白そう!』

 「海が好きなんですか?」や宮城の過去の栄光時代を知っているコアな人間なら「バスケットはもうやめたんですか?」というのもたまにある。「海は好きですけど水族館には海だけじゃなくて川や池沼、湖の生物もいるんスよ」そんなふうに答えると、みんなちょっと変な顔をする。
 仕事の内容を説明している内にほとんどの人は途中でつまらなそうにするか、それとなく話題を変えようとする。バスケットの話をしている時もそうだった。ご丁寧にルールなんかを説明しはじめると決まって素人は皆、飽きてしまうか話題を変えようとするのだ。彼らが聞きたがっているのは水槽のガラス(本当はアクリル)の向こうから見える、ちょっときれいで神秘的な夢のある話や高々と空中を飛び豪快にボールをリングに叩きつける――!そんな話なのだ。しかし一歩裏側を覗くと水族館のバックヤードでの仕事や厳しい練習の土台の上に立っているバスケットは��現実�≠サのものだ。このあいだ入ってきたと思っていた新人が、ふと気づくといなくなっていた。そんな話も珍しくない。
 水族館の仕事やバスケなんかは世間的に見てもかなりハードな部類に入るだろう。だが宮城は、バスケットも自分の仕事も嫌だとか辛いと思ったことは一度もない。不平不満や泣き言を口にすることもなく黙々と仕事やバスケをやるその理由を問われたら結局はバスケと水族館の仕事が「好きだから」と、答えるに他ない。

 ここではいろんな場所から集められてきた本来なら一生出会わなかったかもしれない生き物たちが同じ水槽の中で毎日顔をつき合わせて暮らしている。
 水槽の中は、単なる弱肉強食の世界ではない。その点は本物の海の中と同じで、弱いものは弱いものなりにズル賢く生きているのだ。人間たちの『生命は平等』などという考え方はここでは通用しない。だが宮城は、それを悪いことだと思っているわけではなかった。そもそも自然界において生命が平等であることなどありえないと、知っているからだ。要はバランスの問題なのだ。人間の社会もまた、実にうまくバランスが取れている。宮城はいつもそう思う。
 そのバランスは言葉を換えれば『良い事と悪い事が等しく同じように起きる』という当たり前といえば当たり前すぎるくらいのこの世を貫くごく単純な事実なのだ。


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