私は湘北高校二年一組、名字名前。
もう自己紹介はいいかってレベルの登場。

我が校、湘北は至って普通の男女共学校だ。

それでも年々、整容には厳しくて(先生にもよるけど)生徒指導担当の先生の授業のときなんかはがっつり注意され、単位にも関わって来るという恐ろしさ。

クラスの評価にも響くからと、朝のホームルームの時間に担任のミッチーからの指導が入ることもしばしあって、今日はその不定期に行われる抜き打ちの整容検査の日だった。

いつもホームルームの時間は、楽し気な笑い声が聞こえると話題のミッチーのクラス、ここ、二年一組の教室内もきょうという日に限っては、シンと静まり返っている。

皆の机の上には、漫画をはじめ、ゲーム機、化粧品ポーチ、ペンライト(放課後にアイドルの追っかけに行く面々に限り)などなど……。

そんな私も例外ではなく、化粧ポーチを机の上にあげ足組をして、いま目の前に仁王立ちしている相手を睨み上げている最中なわけ。

生徒手帳に書かれた校則一覧に『スクールメイク厳禁』との文字を発見したとき、メイクって何歳からOKとされているんだとミッチーに反論した際、ミッチーは飄々と「大人になってからだ」と言い切った。

大人って、何歳からなん?
成人を越えてから?
それ、誰が決めたの?校則ってなに?

そんな揚げ足の取り合いになった延長でミッチーが言ったこと。

「スクールメイクを楽しむんじゃなくて、スクールライフを楽しめよ」

との言葉に、何故かクラス中に「おー」と感心の歓声があがったのは記憶に新しい。私はげんなりしたけど。

「まったツラにお絵描きして来たな。学校は遊びに来るところじゃねえって言ってんだろ」
「努力ね、遊びじゃない」

はじまりました。きょうもきょうとて私のミッチーへの『ドレミの歌言い訳大会』。

「練習しとかないと、やっぱり。」
「は?」
「社会人になったら絶対メイクしなきゃいけないじゃないですかぁー」

ミッチーはハアと溜め息を盛大に吐き散らかして私はギロッと見下ろす。

「じゃあそのカラコンは?なんて説明すんだ?」
「見えないもん、カラコンつけないと。目ぇ悪いから」
「コンタクトは原則OKなんだぞ、なんでわざわざ色ついたのつけてくんだよ」
「いや、カラコンしか持ってない」
「——、」

間髪入れずに返す私に、同じようにカラコン愛好者の仲間どもが小さくパチパチと声援を送って来る。

「……その、ツラは?」
「ファンデだけっすよ」

お願いされてもいないのに、しっかりとドレミの歌の順番に合わせて答える私の言い訳にミッチーはきょうも安定で呆れ顔を晒す。

「ファンデーションもダメなの、」
「あ、そうだったんすか?」
「……あのなあ。おまえの中の化粧厳禁の概念はいったい、どーなってんだよ」
「そんな濃いすか、今日」
「濃いとかそういう問題じゃなくてだな……」

言いよどんで負けそうなミッチーを見てアハハ、ガハハと静まり返っていた教室内に、いつものような笑い声が増えてくる。

「あとその、チカチカ光るのなんなんだよ、」

「目、痛てえわ」と大袈裟に眩しいみたいなジェスチャーするミッチーに、私はだらしなく背を預けていた姿勢から前のめり気味で言う。

「ライト当たるとキラキラするやつ!つけた!」

自分の顔を指差しながら「可愛い?」、「惚れちゃう?」と付け加えてもミッチーは溜め息を零すばかり。

「ミッチー、こういうの見て可愛いとか思わないタイプ? あ、気付かないタイプか。」
「ンなもんつけなくたって、すっぴんでも可愛いよ、俺の教え子はみんな」

呆れ口調にも、そんないい男発言をかますミッチーに私は押し黙ってしまうし、他の女子生徒は「じゃあ化粧しない」と簡単に引き下がる始末。

「しょうがないじゃん、お洒落に敏感な年ごろなんだもん」

動揺がバレないように、またも椅子に背をあずけて偉そうに言い置く私を一瞥したミッチーは、もういいやと言いたげに正面のほうに戻って行く。

教壇にあがった名簿になにか書き込むミッチーに目の前の生徒が「なに書いてんの?」と聞いた。

「あ? もうどんどん評価さげてくかんな」

その言葉に全員が「えー」だの「サイテー」だのと口々に漏らす。

それを聞き捨てて、バタン!と名簿を閉じた音に全員が一瞬で静まり返る。皆を見回したミッチーがもうひとつ溜め息を零した。

「生徒指導の担任を持ったクラスがこんなんで、恥ずかしいんだよ、俺は」

珍しく真面目くさったミッチーの声と言葉。それに驚いたり怯んだりする生徒の空気を感じる。

「なに言っても文句しか言わねえ、言うこときかねえってのを貫くなら、もう評価に反映するしかねえだろうが」

気まずそうにもじもじする生徒もいる中、私だけは至って冷静に、さきほどと変わらぬ、偉そうな態度のまま。

そんな私をミッチーはチラと一瞥したあと、また視線を教室全体に戻した。

「勉強しにくる場所なの、学校ってとこは。化粧したり、ゲームしたり、」
「……」
「授業中に菓子食ったり、スカート捲し上げたりンなもんは休みの日にやりゃいいだろうが」
「……」

珍しく激おこぷんぷん丸(死語)なミッチーに、生徒らはいつもの言い返しも出来ずに黙って聞いている。

それでもこのミッチー。かっこよくて根が優しいと有名だから、どうせ間もなく訪れるミッチーの優しさ溢れる説教の時間。

……はい、3、2、1……、


「あのな?」


——ほら、ね?

「学校がダリーってのもわかる。漫画の続き読みてえだろうし覚えたての化粧もしてえだろうよ」
「……」
「でもな? そんなんよりも、もっと楽しいことあんだろーが」
「……」
「学校ダリーなって言い合える友達と笑い合ったりだな、化粧なんてしても必死に部活すりゃ汗で落ちたりだな」
「……」
「家族よりも多く、大切な仲間といれる時間ってよ、今しかねえんだぞ?」
「……」

ミッチーがそうやって諭すから、生徒らは納得するように頷いたりしはじめる。ほんと教祖様。

「ミッチーの……、」

ややあった沈黙は、窓際の一番前の男子生徒の声で破られる。

「ミッチーの、青春時代って……どんなだったんだよ」

質問した生徒に視線が向けられたあと、すぐに、その全員の視線がミッチーに戻される。

「ああ? 俺の?」

質問した生徒がうんうんと頷くと、ミッチーは、ひとさし指で額をぽりぽりと掻いて思い出すように「あー」と、考え込む。

「……まあ、いま言ったようなのと同じだ」

素直にも自信なさげに答えたミッチーを見逃さなかった私たちは、「え?いま言ったって?」や「どんな青春?詳しく」なんて言葉がミッチーに一気に投げ掛けれる。

「ええ? あー……まあ、部活とか。ダチとか。まあ、勉強、とか」

歯切れの悪いミッチー。私がハッと浅く笑えば、ミッチー含む生徒らの視線が反射的に私に向く。

「ミッチー、嘘はだめだよ」

私のその言葉にやっぱり素直で隠せないミッチーはぎくっと顔を歪める。

「ミッチー、嘘ついてるとき、すーぐ分かるんだからね」

私がそう付け加えれば、ついに後頭部に手をあてて面食らったミッチーが、チラと掛け時計の時間を見た。

すぐに私たちに戻ってきた視線。それでもミッチーは気まずそうに目を左右に動かしている。

「……いまが、大事なんだよ」

ぽつりと言ったミッチーが不意に自分の腕の埃を払うみたいな仕草で言う。この話の落としどころがないのだろうと悟った。

「後悔しても、時間は戻ってこねえ。」
「……」
「お前らには、湘北の生徒でよかったって、そう思って卒業して欲しい」
「……」
「まだ一年以上あるけどな。それでも……」
「……」
「三年間、しっかりと湘北の生徒って看板背負しょって、毎日過ごしてほしいよ」
「……」
「顎が外れるくらい、仲間と笑い合ってな。」

そのとき、口裏合わせでもしたんかといいたくなるようなタイミングでチャイムが鳴った。

なんだかしんみりしたみたいになっていた空気もミッチーの「一時間目の授業の準備しろよー」の声に、一瞬でいつもの二年一組の雰囲気に戻る。

そのまま教室を出て行ったミッチーのあとを追うように、私も職員室に向かった。

ミッチーの足が速かったのか、私が職員室に向かう足取りが重かったのかは定かではないが、職員室に入ったら、もうミッチーは自席に腰をかけていた。

わりと静かな職員室内でも、ミッチーとその近くに座る先生らの話し声がここまで聞こえて来る。

「失礼しまーす」

やや間延びぎみに声を発したとき、ミッチー含む先生らが私のほう、職員室の入り口を見やる。

特にそれには反応せずに隙のない動作でミッチーの元まで向かえばミッチーが椅子に座ったまま私のほうを向くべくくるりと椅子を半回転させた。

「どうした? 問題児。」

にやりとほくそ笑むミッチーを一瞥して、フンと顔を背けて「ん」と私は右手を差し出した。

「あ?」
「メイク落とし。……もらいに来た」

チラとミッチーを見れば、目を見開いて数秒それをぱちくりとしたあと、ギィィという椅子の撓る音が聞こえたので、今度こそしっかりとミッチーのほうへ視線を向けてみる。

ミッチーは、驚いた顔を正常に戻して嬉しそうに口角を吊り上げている。椅子の撓ったような音はミッチーが背をあずけたからなのだと、このとき分かった。

腕と足を組んで私を見上げるミッチーの顔がよすぎて、思わず「かっこいいんだわ」と言いそうになる口を噤む。

「ちょっとは懲りたか?」
「……は?」
「俺の、愛の説教で。」

言って二ッと笑うミッチーに私は言わずもがな、赤面してしまう。それをミッチーはやっぱり楽し気に笑って見ている。

私のこの赤面する原因を、ミッチーはきっと照れてるとか、意地っ張り特有の恥ずかしさとしか思ってないんだろうなあ。

……本気でミッチーを好きだからなんて、夢にも思ってなさそうだ。

「ねえ! いいから早く、メイク落とし!」

「腕、疲れるんだから……」と言い置く私に片眉を吊り上げて返事をしたミッチーが、自分のデスクの引き出しを少々乱暴に開けた。

二番目の引き出し、そこに入っていたものをチラと盗み見たとき。

たぶん生徒から没収した漫画、誰のか分からない生徒手帳、メイク落とし……と——、ハチマキ?

「ミッチー」
「あ?」

返事と共に、ミッチーは拭き取り型のメイク落としを取って引き出しをバン!と閉める。

「そのハチマキ、なに?」
「ハチマキ?……ああ、」

「ん」とメイク落としを差し出されて、とりあえずそれを受け取る。

「体育祭でな、使ったやつだ。」
「え? ミッチーがここの生徒だったとき?」
「ああ。高三のときな。俺、三年の組長やったんだよ」

そのまさかの告白に、最初に反応したのは私ではなくミッチーの目の前に座っていたバレー部の顧問の男性教師だった。

「ああ。見ましたよ、三井先生」
「……?」
「このあいだ、今年の体育祭をどうしようかって話になったとき。昔の映像を探したんですよ」
「あー、そうだったんすか。いや、恥ずかしいですね」

言葉に反して、まったくもって恥ずかしそうじゃないミッチーの姿。なんならちょっと誇らしげ。あーあ、かっこい。……クソ。

「あの年は盛り上がったそうですねえ、三井先生もたくさん映ってましたよ」
「ああ、そうすか」
「借り物競走?でしたかね、女子生徒担いで…」
「———!? あー!!! ほら、一時間目はじまるぞ! ツラ落としてさっさと戻れっ!」

………。

ミッチーは、いまのいままで得意げに相づちを打っていたのにも関わらず、その先生の言葉をさえぎって、急に私を無遠慮にも手で払い退ける。

「えっ、ミッチーミッチー」
「うっせ!!なにも答える気はねえ! 早くツラ直して一時間目の授業を」
「借り物競走にっ!……女の子、借りたの?」
「なっ——!!?」

ミッチーが言い終えるのを待たずに、ミッチーの肩をぽんぽんと叩いて問えば、ミッチーはもっと顔を赤らめさせる。

「そうなんだよ名字、三井先生、女子をこう……横抱きにしてな」

バレー部の顧問は飄々とジェスチャー付きで説明しはじめる。先生の言う『横抱き』というのは、もう今も昔も、お姫様抱っこのそれであって。

「……ッ」
「……。」
「……怪我、してたんだよ、確か」

じーっとミッチーを見つめる私の視線から逃れるように正面に椅子を向き直して返して来たミッチーの言葉は、苦し紛れにも程があった。

「へえ、怪我ねえ。ふーん、怪我。」
「……なンだよ」
「お姫様抱っこねえ、あ!違うか。横抱き≠ヒ、横抱き。」
「……! てンめ、」

まだほんのりと顔を赤らめているミッチーが私を横目にギロリと睨みつける。

「三井先生の年は、特攻服を羽織ってやったんですよね?」
「……、」

ミッチーはちらりとバレー部の顧問を一瞥するだけで何も答えない。なので私が代わりに質問返しをした。

「……特攻服ぅ?」
「そう、知ってるか?あの、なんだ。お前たちの親世代にもいただろうが、暴走族が羽織っているやつだ」
「ああっ!東京卍リベ〇ジャーズみたいな!?」
「まあ、そうだそうだ。今の時代はそれか。」

ミッチーは勝手に説明すんなと言いたげにずっと押し黙って気まずそうにしているが、私とバレー部の顧問は淡々と会話し続ける。

「三井先生が参年組って刺繍をした特攻服を羽織ってだな」
「へえ〜、それで、それでっ?」
「……あの、もういいすかね。恥ずかしいんで」
「うっさい、ミッチー!黙ってて!」
「ンなっ……、」

さすがに待ったをかけてきたミッチーが私のその気迫で、またすぐに押し黙る。

「……あー、三井先生?」
「……、はい、」
「三井先生が抱えていた生徒、三井先生の特攻服着てましたよね?」
「——!!」
「えっ!! 先生、なにそれっ!!」

ミッチーは目の前の先生に「もうやめてくれ」と視線を必死に送って顔を歪めているが、先生はそれにまったく気付いておらず、ミッチーの顔だけがどんどん赤くなって今にも噴火しそうだ。

「その女子生徒、背中に『寿仁一途』だか何だかって書いたやつ背負ってたからなあ」
「え……」
「……ッ」

「寿って漢字、珍しいですもんねえ」と先生は、ハハハなんて軽やかに笑いながら授業に行くべく席を立った。

さすがに私もぎょっとしてミッチーを見るしか、いまは出来そうにない。

デスクの机の上、ミッチー両肘をつき頭をうな垂れさせて、髪をガシガシと掻きむしっていた。

「ミッチー……」
「あン!?」

私はそんなミッチーの耳元にくちびるを寄せて、ニヤリとほくそ笑みながら囁いた。

「ちゃーんと、青春してたんですねっ♡」
「……テメエ、!!」

「今朝の説教の意味わかりました〜!」と、私はミッチーのデコピンを食らう前に、ぴゅーんと職員室の入り口めがけて走りながら大声でそう叫んだ。

「職員室の中走り回るんじゃねえ!!」という、ミッチーの怒鳴り声が聞こえた気もしたが、その声色にすさまじく照れが混ざっていることに、私はなんだか嬉しくなった。

プライベートはおろか自分の過去を一切わたしたちに話さないミッチーの、ちょっと昔の恋物語。

あまりの衝撃に、これは私とミッチーだけの秘密にしようと、私は誰にもこのネタは漏らさないことを、このとき決めた。


すでに一時間目がはじまったと知らせるチャイムを聞き捨てて、一階の女子トイレの中、ミッチーから受け取ったメイク落としで化粧を落とす。

鏡から視線を何の気なしにトイレに向けたとき、やたらと一個だけ新しめな一番奥のトイレの扉。

いままでは気にもしていなかったけど、あれも、もしかしたら過去の生徒らの何か、物語が詰まっているのかも知れない。

この学校は、ミッチー含む、過去ここに通っていた高校生の思い出の全てが綴られているのだと置き換えれば。

ミッチーが今朝言った通り、残りすくない高校生活を死ぬほどエンジョイしてみても悪くないかもなあー、なんて柄にもなく思った。










 ありふれてる 大切 なこと。



(参ったぜ、体育祭の話されるなんてよ)
(えー!懐かしいね、まだあるよ?あの特攻服)
(え、マジかよ?)
(うん、実家にね。大切に保管してるよ)
(へえ……じゃあ、着るか)
(えっ? いつ?)
(ええ?……俺と名前の結婚式に。)
(……バカ。)


※現役女子高生と先生。
 ヒロインと復縁してからのお話。

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