私は湘北高校二年一組、名字名前。
ふたたび、ふたたび、ふたたび…… ああ、もうめんどくさ。とりあえず、また登場の巻。
いま私は担任のミッチーからスマホを没収されかけて逆切れしている真っ最中なわけ。
不貞腐れて足と腕を組んで椅子に背を預ける私の目の前、ミッチーが顔面凶器みたいな顔を晒して右手を差し出している。
その手、しれっと握ってやろうかってんだ。
「早く出せ。一時間目のチャイムが鳴っちまう」
「……」
「おい名字、本気で怒るぞ」
「どうせ何言ってもずっと怒ってんじゃん」
私とミッチーの茶番を観覧しているオーディエンス、クラスメイトの誰かが「はじまった!名前のドレミの歌の言い訳ショータイム!」なんて楽し気に言い放つ。
それを聞き捨て「堂々といじりやがって」なんてため息交じりに言うミッチーを睨み上げる。
ミッチーも手慣れてきたもんだな。同じく『ド』で返してきやがった。へへっ☆
……てかさ、いつもわたし。いっつも何かあれば私のせい。悪かったわね、問題児で。
「連帯責任にすんぞ、早く出さねーと」
「は?」
「みんな道連れだな、名字、お前のせいで」
そう言ったミッチーの声に、数秒前まで楽し気に見物していた連中が「ええー!」と、一気に私の敵に成り代わる。
「ミッチーのほうがドレミの歌になってる」と、揶揄う男子生徒をチラと見たミッチーを見上げたまま私は言う。
「連帯責任とか意味わかんないんですけど、関係ないし」
「……ほんと、口だけは達者だな」
「みんな使ってますけどね、バレてないだけで」
組んでいた腕を解いて指を突き出し教室中に指先を巡らせてみせる。一気に敵に成り下がるアンタらに報復じゃ。
「だから連帯責任だっつってんだよっ!」
「んなっ!!」
私はキッとまたミッチーを睨んだあと、机の上に置きっぱなしになっていたスマホをスッと机の中に仕舞い込んだ。
「……っ」
「……あ、てンめっ。」
ミッチーがこんどはギロリを私を見下ろす。こっわ……、このヒト過去に人でも殺めたことあんじゃねーの。いや、ガチで。
「ファインプレー♪」
セーフセーフと言って、セーフの仕草で両手を真横に振って見せる私にクラスメイトがクスクスと笑う中、やっぱりミッチーは舌を打ち鳴らした。
「お前は何回目なんだよ、早く出さねえと今後、本当にもう放課後まで返してやんねーぞ」
「そっすか、はいはい」
それは困るとあっさり切り替えた私は、机の中にしまったスマホを取り出して、ミッチーに素直に差し出す。
「LINEくらい良くないスか?」
「あ?……よくねえ。校則だ校則。」
スマホを受け取ったミッチーが、サッと私に背を向けて歩き出したとき私が抑揚付けて言い放つ。
「ミッチーの時代は〜、携帯いじってもよかったって聞きましたぁー」
私のその言葉にミッチーは立ち止まり、ゆっくりと私のほうに向き直る。
「ガラケーとかいうやつですよねー?彼女とかと授業中に連絡取らなかったんですかー?」
「……」
「『お前、次はなんの授業だよ、愛してんよ』」
「……、」
「……、って♪」
なぜかヒューヒューという野次が飛び交う中、他の生徒を一瞥したミッチーが、もう一度わたしの席めがけて歩み寄って来る。
「メール、打ったんでしょ?お昼一緒に食わねえかーって♪」
ケラケラと笑う私の頭を、さっき私から奪い取ったスマホの角でコツっとミッチーが小突く。
わざと「痛った!体罰っ!」と頭に両手を乗せて叫べば、やっぱり案の定「うるせえ」と小さく返すミッチー。
「しょーもな、校則変えろよ」
「さあ歌いましょー、ってか」
「はあっ?」
「ほんとにしっかりドレミの歌じゃねえかよ」
ちゃんと安定に突っ込んでくれたミッチーの言葉に、教室内がアハハハと笑い声に包まれる。
「じゃあ聞くがな、名字」
「はい?」
「こんなに朝早くから、誰に連絡取る必要があるんだよ」
「その質問はセクハラでーす」
「お前、次はなんの授業だよ、愛してんよって」
「——!」
急に私とミッチーの会話を聞くべくして静かになった教室内に、ミッチーの声で「愛してんよ」なんて言葉が響き渡ったことで、わたし含む女子群がぐっと喉を鳴らす。
「お昼一緒に食わねえかーって、約束してえ相手がいんのか?この校内に」
「……。」
「水戸くんでしょ」なんて誰かの揶揄う声が聞こえてきて、ノーマークだった私の顔が一気に赤くなる。
それを見逃さなかったミッチーは一度、声のしたほうをチラと見たあとに「ははーん」と、口角をあげた。
「……へえ、一年の。水戸か、七組の?」
「ちっ、違うっつの!や、やめてよ!はは、なに言ってんの〜、超うける」
ミッチーはそんな私の否定を気にしない素振りで私の机の角に左手を置く。そして私の顔を覗き込んで不敵な笑みを零す。
「水戸が好きなのか? おう、名字。」
「だっ——! 違うってば、ヘンタイっ!」
「ハッ。どっちがだよ、なぁーに想像してんだ、バカヤロウ。」
ぐっと押し黙って赤面したままミッチーを見上げる私に、ミッチーは楽し気に笑顔を見せる。
「なるほど、片思いか。あーはいはい、そら悪かったな、」
「なっ——!?」
「気を惹きたくて連絡しなきゃなんねーもんな、悪ィ悪ィ、その大切な時間を奪っちまってよ?」
はっはっは、とミッチーは私の机から手を離して正面のほうへと向かう。
「ミッチー、水戸くん知ってる?」
「ああ?」
勝手に話し出すクラスメイトの言葉に反論も出来ずうつむく私をよそにミッチーは飄々と返す。
「たまにバスケ部見学くるぞ、赤坊主の応援で」
「へえ〜、かっこいいよね、水戸くん」
「さあー、俺はそーいうの、さっぱり分からねえからな」
「え〜、じゃあさ。ミッチーがかっこいいなって思う子いないの?湘北の生徒に。」
「あー?」
ミッチーは生徒らが今朝あたり落書きしたであろう汚れた黒板を消しながら浅く返事をしている。
黒板消しを置いて、パンパンと、軽く手を叩いたミッチーが私たちのほうに向き直って言う。
「俺。」
言い切るミッチーにドッと教室内に笑いが沸く。
……はは、まあ。そうでしょうね。
顔がいいってだけで、こんなだっさい台詞が笑いに変わる湘北高校は平和だよ、今日も。
が、しかし、私はそれどころではない。色んな意味で赤面した顔を抑えるのに、必死だったから。
キーンコーンカーンコーンと鳴る予鈴に助けられほっと胸を撫でおろしたときミッチーに「名字ー!」と名前を呼ばれて顔をあげた。
クイッ、と人差し指で、こっちに来いと命令され仕方なくそれに従う。
前の入り口から出て行くミッチーを見送って私も後ろの入り口から教室を出た。
廊下の隅で立つミッチーは、声をかけて来る他のクラスの生徒らに「おはよ」とか「一時間目遅れんなよ」とか爽やかに返している。
しぶしぶとミッチーのところへ歩み寄れば、片方の眉を吊り上げて私を見下ろすミッチーが「ん」と、さっき奪った私のスマホを差し出して来た。
私はきょとんとして、「え」と言葉を漏らす。
「あ? いらねーのか?」
「い、いや……、いいよ、いつもみたいに昼休み取りにいくよ」
もごもごと口籠る私に、ミッチーはフッと、浅く笑って言った。
「いいって、ホラよ」
「え……」
「今回だけな」と付け加えるミッチにーに、その場で目を瞬かせて固まっている私。
そのミッチーが私の右手をそっと持ち上げ、スマホを手のひらに乗せられたことで、ミッチーに掴まれた部分にじわっと熱が籠って来る。
それでも、私に添えられていたミッチーの手は、秒で離れていってしまうのだけれど。
「……ただな、」
「……ん?」
「もっとファインプレー見せてみろ」
「は?」
「得意なんだろ? ファインプレー」
中腰で私の顔を覗き込むミッチーに面食らって、さっと顔を背けたとき。
真横を通り過ぎて行った同じ学年のバスケ部員がミッチーのお尻を触っていったことに、ミッチーが勢いよく「コラ!」と振り返った。
その反動で風に乗って漂って来た、ミッチーの、シャンプーなんだか制汗剤なんだか柔軟剤なんだかの、ええ香りに酔いそうになる。
すぐに「オイ、待てっ!」とバスケ部員の男子を追い掛け、その肩に躊躇いなく腕を回して楽し気に笑っているミッチーの笑顔を見送りながら。
そうやって、ちょっと頬を赤らめた、一気に私たちと同じ年みたいになるその表情は、男子生徒にしか向けられないんだよなあ、って。
きっと、ミッチーの高校時代はバスケットと男友達で彩られてたのかな、なんて想像しちゃったくらいにして。
私も男子だったら、スマホを返してもらうまえに軽々と肩に腕を回されたのかなーとか呆然と考えてしまうくらいに。
「……。」
……あーあ、ダメだ。
やっぱ水戸くんより、何倍もかっこいいわ。
と、なぜか負けたような、諦めたような。
もはや観念したような溜め息が思わず口から零れ落ちてしまって、その場で笑うしかなかった。
この 恋 、きみ色。
(名前、おまえ連絡返せよ)
(水戸くんのお店行くって送ったよ)
(あ? 届いてねえぞ)
(……あ、リョータくんに送ってるわ)
(ったく。どこに目つけてんだよアホ。)
(てか学校で携帯いじっちゃダメよ、先生♪)
(バカ! 休み時間に送ってんの!)
(ハイハイ。)
※現役女子高生と先生。
ヒロインと復縁してからのお話。
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