旅立つあなたに恋文を(2/6)

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  • 「皆様、新郎新婦のご入場の準備が整ったようでございます。お二人のお顔が見えましたら、皆様どうぞ大きな拍手でお迎えください」

     ♪チャ〜チャララララ〜と、入場ソングが流れはじめた。司会者が前に出てきて段取りよく進行しはじめる。

    「お、いよいよか」

     ダンナのその声になぜか俺たちの卓に座ってる全員がしゃんと背筋を伸ばしたのが滑稽だった。条件反射だな、もはやダンナの声は……と小さく鼻で笑ってしまう。

    「また、カメラをお持ちの方はどうぞご準備くださいませ」

     花道に関してはまだ二人が登場もしてねえのに「いよっ!!」とか言ってて会場にまさかの謎の笑いに起きるという事態。三井サンが見ていたらきっと赤面していたに違いないなと先輩の心情を案じてみたりする。


     ♪今日の この佳き日
      迎えられたことを
      嬉しくて誇らしく思う
      わがままばかりで
      困らせてごめんね
      たくさんの愛をありがとう

      人生のプロポーズ
      始まるふたりの未来
      手を繋ぎ歩いてく
      かけがえのない愛を抱いて♪



    「それでは会場後方の扉にご注目ください。新郎新婦、ご入場です!」

     扉にこれでもかってくらいのライトが照らされて、その大きな扉が、スローモーションみたいにゆっくりと開かれる。うわぁ、やば……なんか、こっちまで緊張してきちゃったよ。


     ♪幸せを願うフォーエバー
      花びらが舞う
      光のウエディングロード

      幸せを共にフォーエバー
      永遠を誓う I Love You♪



     会場一体が拍手で二人を出迎える。入場ソングに合わせて会場に入って来た和装を装った三井サンと名前ちゃんが姿を見せ、二人が入口で一礼をすると会場内の拍手が更に大きくなった。
     歌詞の一節、 I Love Youのところで突如、「アイラブユゥ〜!」と堀田らの席一同の野郎の図太い歌声が響いて会場がまた笑いに包まれた。

    「新郎新婦は、皆様のお近くを通りながらメインテーブルへと、お進みになります。皆様どうぞ、お二人に更なる祝福をお送りください!」

     名前ちゃんの真っ赤な和装姿に花道が「ガハハハ!湘北のユニホームと同じ色じゃねーか!」と言ったことで俺らの席にどっと笑いが起きた。
     次いで花道を筆頭に「ミッチー!!!」と声を合わせて叫ぶ野郎軍団のヤジの正体は、もちろん元和光中メンバーだ。
     台本でも作ったんか、と言いたくなるほど息ぴったりで、もう花道と水戸たちを同じ席にしてやれよ、と思ったのはダンナも同じだったらしくダンナは「やれやれ」と一つ溜め息をついていた。
     彩ちゃんや晴子ちゃんの女子たちが座る席の前を二人が通るとカメラのフラッシュと共に「綺麗ですー!」や「おめでとうー!」という黄色い声が飛び交う。
     はたまたチラっと後ろを見やれば俺たちの席の斜め後ろが堀田らと水戸たちの座る席だったことに気付いた俺は「ここの間を通るとき三井サン、地獄なんじゃね?」と思ったのも束の間、二人がこちらに向かって歩いて来た。そして予想通り、新郎新婦の二人がそばを通るや否や……

    「ミッチー!!!」
    「顔引きつってんぞぉー!!!」
    「三っちゃーん!!!」
    「うおー!!三っちゃーんおめでとー!!」
    「ガハハハハ、ミッチー日本いちー!!!」

     という野郎のヤジが炸裂。会場も笑いが起きる。三井サンの青ざめた顔が物語っている「ああ、俺はなんでこの席次にしたんだ……」と。
     そんな先輩の青い顔を見て、俺もあたりまえに奴らに混じって大声で祝福≠ニ言う名のヤジを飛ばしまくってやった。


     *


    「新郎新婦様がメインテーブルへご到着でございます。皆様今一度大きな拍手をお願い致します」

     主人公の二人がメインテーブルに到着し、姿勢良く立ったまま、こちらに向かって一礼する。

    「ただいまより寿様・名前様の結婚お披露目パーティを開宴とさせて頂きます。開宴に先立ち新郎、寿様より皆様にご挨拶でございます」

     スタッフが三井サンのもとへマイクを持っていく。すまし顔で紳士にマイクを受け取ったかと思った瞬間、ガンッ!!と床にマイクを落っことして会場にキーーンという音が響くと花道含む和光中メンバーが品のない声で爆笑した。
     赤面しながらマイクを拾う三井サンをやれやれという効果音を放ちながら名前ちゃんが横目に見ていた。三井サンはコホンとひとつ咳払いをすると、姿勢を正して再度マイクを握り直し、真っ直ぐに前を見据えた。

    「本日はご多用の中、私達のために披露宴にお越しくださり心より感謝いたします。さきほど滞りなく挙式を行い、晴れて夫婦となりました」

     三井サンの緊張しながらもしっかりとウェルカムスピーチをやってのけるその様に、さっきまで騒いでいた花道たちも真剣な眼差しで三井サンを見ていて、なんだかぐっとくるもんがあった。

    「これより夫婦としての道を歩んで行ける喜びとともに、責任の重さに身が引き締まる思いでございます。このような佳き日を迎えられましたのはひとえに皆様のおかげでごさいます。心より感謝申し上げます」

     三井サンが頭をさげたことで会場に拍手が飛び交う。それを見様見真似で俺や花道もパチパチと小さく手を叩いた。

    「本日は皆様をお招きして感謝の気持ちをお伝えいたしたく、ささやかながらも宴席を設けさせていただきました。行き届かない点もあるかと存じますが、どうぞ楽しい時間をお過ごしいただければ幸いです」

     今度は三井サンと名前ちゃんが揃って頭を下げた。盛大な拍手と共に二人がようやく席に座る。
     気が付くと目の前にうまそうな料理が並べられていて、流川と反対側の俺の隣に座る花道が目敏く耳打ちをしてきた。

    「りょーちん、ビール頼んだから飲もうぜ」

     言ってるそばからビール瓶が運ばれてきたのでそれをしれっとコップに注いで花道と一足先に、こそっと一口飲んだ。
     ちらっと水戸らに視線を向ければ、同じようにさっさとビールを飲んでいて、オイオイてめぇらと同類かよ……と思って愕然とした。

    「それでは、ゲストの皆様を代表いただきましてご祝辞を頂戴したいと存じます。まずはじめに、寿様の恩師でいらっしゃいます、安西光義様よりお言葉をいただきます」

     こそこそと酒を飲んでいた花道が司会者のその言葉に「ぬ?」と顔をあげた。
     不意に俺の元へ友人代表スピーチ≠頼みに来たとき「やっぱ先生にしたんだ、挨拶」と言った俺に高校時代の先輩が「……しか、いねーだろ。どう考えても」という偉そうにも当たり前に返してきたあの言葉を思い出し俺は苦虫を潰したような顔をした。
    「いよっ!オヤジ!!」と言いそうになったのを寸でのとこで「花道!」と小声で言って抑え込むと、ふいに三井サンと目が合った。
     うんうん、よくやった、とでも言いたげに俺を見てうなずいていて俺は苦笑いを浮かべる。

     安西先生が前に出てきて、マイクの前に立つ。歳取ったなあ……と安西先生を感慨深く俺が見ていると、流川や木暮さんたちも先生に熱い視線を送っていてきっと同じようなことを考えているんだろうなって思ったら柄にもなくほっこりした。

    「それでは安西様どうぞ宜しくお願い致します」

     安西先生が慣れた手つきで懐から和紙みたいな分厚い用紙の手紙を取り出し、品よく紙をめくっている姿を見たとき、やはりスピーチ原稿は綺麗な用紙に書き直すべきだったかと考えあぐねたが今更どうすることも出来ないので、余計なことは考えないことにしようと、さっさと諦める。

    「三井君、名前さん、ならびに両家の皆様、本日は誠におめでとうございます。わたくし、ただ今ご紹介にあずかりました、三井君の高校時代のバスケットボール部の監督をしておりました、安西と申します。本日はこのような華やかな席にお招きいただきまして、ありがとうございます。はなはだ僭越ではございますが、ひと言、ご挨拶させていただきたいと思います」

     安西先生が小さく礼をしたことで会場内に拍手が起こる。しかし、俺たち元湘北メンバーの座る席だけはまるで試合中のタイムアウトの時みたいに、やけに緊張感に包まれていた。

    「バスケット≠ニ申しますと野球などの球技とは少し異なり華麗な印象を持たれるものですが、実際は他の体育会系と同じでありまして、学生は朝早くから夜まで体育館に入り厳しい練習をこなしながら部活だけではなく試験や中にはアルバイトなどをしながら生活を両立する非常にハードな日常を送ります」

     花道は手に持っていたコップをテーブルに置き姿勢を正して先生を見やる。その姿に、こいつももう完璧な安西先生信者だなって改めて思った。

    「三井君は現在、母校、湘北高校の教師としてはもちろんバスケットボール部の顧問としても活躍が期待されているエース教師とのことですが高校や大学を卒業してもプロのバスケットボール選手になれるのはごく一部です。その狭き門をくぐり今でもバスケットボールに携われるのは、本人の努力もありますが、その礼儀正しさや丈夫な身体はきっとご両親から受け継いだものではないかと思います」

     ちらっと流川を見てみれば彼もまた真っ直ぐに先生を見据え真剣に安西先生の言葉に耳を傾けている。

    「また、スポーツマンは周囲の理解や応援なくしてはとても成り立つものではありません。三井君には、ご家族や仲間への感謝を忘れてはいけないと伝えたいと思います」

     安西先生は手に持った祝辞の内容を書いているであろうその紙から一度、視線を三井サンに向ける。三井サンはそれに返すように、ひとつ大きくうなずいていた。

    「バスケットは一人ではできません。一緒にコートを走り抜ける仲間や応援してくださる人たちがあってこそ成り立つものです。コートに立つ者、ベンチで支える者、みんなで切磋琢磨していくことから感動が生まれます」

     俺は不意に、あの山王戦を思い出す——。安西先生に言われた「宮城くん、ここは君の舞台ですよ」という言葉が、鮮明に蘇った。

    「また、スポーツはその時の心の内が非常によく表れてしまうものですから健康で充実した日々を送らなくては良いプレイを導き出すことはできません」

     ダンナと木暮さんは反射的なのか、先生のその言葉に大きく頷く。そんな二人の姿が高校時代のキャプテン、副キャプテンの面影を思わせた。

    「スポーツマンはとかく非常識だと言われがちですので三井君のご家族やお友達に迷惑をかけないよう、生徒の司令塔として、また一家の大黒柱としてしっかり務めてください」

     通常なら年配者の挨拶や堅苦しいスピーチなんかは飽きてしまうものなのに会場にいるのが安西先生と共に戦って来た戦友たちが多いからかその場がしんみりしたみたいな空気になっていた。


    「——三井君、」

     ややあってから、三井サンのほうを見て言った安西先生のその呼びかけに、三井サンは思わず「はい……」と返事をしていたのが俺の位置からでも口の動きで、はっきりと見てとれた。

    「色んなことが、ありましたね——」

     俺はその言葉に、体育館に土足で入って来た、サラサラロン毛時代の彼の面影を思い出す。
     それに思わず小さく自嘲したら三井サンも同じことを思い出していたのかフッと目を伏せて浅く笑っていた。謎のシンクロに俺も笑えてくる。

    「どんな人間になってもかまいません。優しくても利口でも。なりたいものになれても、なれなくとも。どんなに落ちぶれても、私は怒りません」
    「……先生」
    「どんな人生でもかまいません。ただし、自分を好きと言える人間に」
    「……」
    「自分にだけは嘘をつかないで、誤魔化さないで信念を持って、真っ直ぐに——」
    「……っ」
    「洗脳、かも知れませんがね。私は、あなた方を信じている——。」

     安西先生の「あなた方・・・・」という言葉に俺らの席、元湘北バスケ部のスタメンメンバーの全員が息を呑んだのが静寂の中でも伝わってきた。
     きっと三井サンと名前ちゃんに向けての言葉であることは明確だった。けど……買いかぶりかも知れないけど、俺たちにも向けて言ってるような気がしたから——。

    「二十年後、なりたい自分を想像してください。未来を、想像してください、幸福な未来を——。それが私からの、最後の宿題です」

     名前ちゃんは優しげに安西先生を見ていて、こともあろうに三井サンは目を真っ赤にしていた。眉間に力いっぱい皺を寄せている姿を見ると、今にも泣き出してしまいそうなんだろうな、と思った。あの人、実は涙脆いし。

    「素晴らしいパートナーを得てこれからまた三井君が次のステージでどのようなシュートを魅せていくのか、楽しみにしていますよ」
    「先生……っ」
    「いつも朗らかで優しく思いやり溢れるお二人ですので、きっと温かい家庭を築きこれまで以上に仕事にも励んでくれる事を楽しみにしています」
    「………はい。」

     三井サンは一瞬うつむいてそう返事をしながら小さく何度も頷いていた。
     そんな三井サンを、やっぱり優しい眼差しで名前ちゃんが見つめていて、その二人の雰囲気は側から見ても、とても温かいものだった。

    「長くなりましたが、おふたりの輝かしい未来をお祈りしまして、私のお祝いの言葉とさせていただきます。どうか末永くお幸せに」

     安西先生が、マイクスタンドから横に移動して一礼したことで会場が拍手で包まれる。花道は、両手を高く挙げて拍手していた。うん、気持ちはめちゃくちゃわかるぜ、花道。

    「安西様、ありがとうございました。皆様を代表いただきまして、お祝いのお言葉を頂戴いたしました」

     ……代表どころじゃねーっしょ。これ、俺でも額に飾っておきてえ言葉だっつーの——。

     鳴り止まない拍手の中、安西先生が自分の席に着くと、先生と一緒の卓に座っていた現、湘北の先生らがぺこぺこと頭をさげていて、安西先生はそれに対しても謙虚に振舞っていた。その姿に、歳を取ろうともやっぱりその貫禄には、さすがだなって思った。

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